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MONSTER HUNTER*anecdote
運命を狩る者たち(後編)
アリス達がシュレイド城から抜け出すと、そこに一台の荷車が停めてあった。

荷台の上には何も乗っていない。だが、一匹のアイルーが前輪の辺りを、落ち着かない様子で右往左往していた。おそらく、このアイルーが荷車の運転手なのであろう。

もしかしたら、密猟者達の一味かもしれない。そう勘ぐったジェナは、念のために警戒心を強めていた。
一方、荷車の周りをうろついていたそのアイルーはアリス達の姿に気付くと、「ニャア!?」と叫び声を上げて跳びはねた。そして荷台の陰に身を寄せながら、恐る恐る口を開いたのである。

「あ、あの、何か用かニャ?僕はただ、お客さんを待っているだけニャ」

「お客さん?」

「目つきの悪いツンツン頭のお兄さんと、ぬいぐるみを抱えたお姉さんニャ」

エースと姫さん…だよね。と、アリスは心の中で呟く。どうやらこのネコタクは、彼ら二人をここまで乗せて来たものらしい。

「僕達はその二人の仲間ニャ。だからそんニャに怯えなくていいニャ」

ヨモギが一歩前に歩み出て、得意げに胸を張る。すると同種族のヨモギの言葉に安心したのか、荷台に隠れていたアイルーはトコトコとこちらに近付いてきた。

「それはそれは失礼致しましたニャ。そろそろお帰りですかニャ?」

「……いや、この者達をミナガルデまで運んで行ってくれないか?負傷しているから早急に頼む」

ジェナがそう告げると、小さなアイルーはラビとベルザスの顔を交互に覗き込んだ。

「了解しましたニャ。そちらの隻眼のお客さんはかなり重傷みたいニャので、応急手当てをしてから出発しますニャ。ささ、荷台に乗せて下さいニャ」

「ありがとう」

ジェナは重たいベルザスの身体をぐいと引っ張り上げ、荷台の上に横たえる。続いて運転手のアイルーも荷台に飛び乗ると、腰に巻いたポーチから様々な薬や包帯を取り出して処置を始めるていた。

手際の良いアイルーに安心しつつ、ジェナが荷台から降りようとしたその時。ちらりと視界に入った物に、彼女の足が止まった。
荷台の片隅に、懐かしい鎧が積まれている事に気が付いたのである。

それは彼女がミナガルデのハンターとして活躍していた頃に着ていた、覇竜・アカムトルムの鎧だった。篭手からクロムメタルコイルにブーツ、剣聖のピアスまで。驚く事に、当時活用していた防具が一式、きちんと揃っていたのであった。

「どうして私の装備がここに?……太刀まであるじゃないか」

「俺が……頼みました」

首を傾げるジェナの背後から、掠れた声が響く。
ジェナが振り返ると、アリスが支えていたラビの体が、僅かにゆらりと揺れていた。

「ラビ!気が付いたんだ、よかった!」

ホッと胸を撫で下ろすアリスに、彼は眉を寄せて弱々しい笑みを返す。
実のところ、ラビはエースや竜姫が到着した辺りから目を覚ましていたのだが。意識が朦朧として、身体を動かす事もままならなかったのであった。

「もしもの時に、必要になるんじゃないかと思って。エース宛ての手紙に、アリスの鍵を添えて出したんです。貴女の装備を用意するようにと……」

「……そうか。周到、だな」

ジェナはかつて愛用していた防具と太刀を手に取り、懐かしむ様に見つめていた。
アカムトルムの鎧……。それは、覇竜を討伐した時の喜びと達成感が具現化したもの。だがこれは、ベルザスの自尊心を傷付け、嫉妬心を駆り立てた要因でもある。

全ての事件の引き金になってしまったと言っても過言ではない。そう思えば、悪い思い出に塗り変えられてしまった鎧に袖を通すのも躊躇ってしまう。

しかし、今はこれが必要な時なのだ。

「……ありがとう。これならば、黒龍と渡り合える」

ジェナは用意された装備をしっかりと両腕に抱え、ラビに礼を言いながら荷台を降りた。彼女が今着用している鋼龍クシャルダオラの防具一式は、ミナガルデを出てからろくな手入れも出来なかったせいで、ガタがきはじめていたのだった。

ラビはまだ軽い目眩に悩まされる頭を押さえ、溜息をつく。薄れた意識の中でも、大体の状況は掴めていた。あれ程警戒していたのに、一番恐れていた事態になってしまった事が悔やんでも悔やみきれなかった。

「……迂闊だったな」

ラビは、ほんの数十分前の出来事を思い返す。それはジェナと見張りを交代した後、拠点に向かう通路の途中での事だった。

人の気配に気が付いて身構えた刹那、ベルザスを始めとした数名のハンターに取り囲まれた。襲い掛かって来る男達と格闘するも、多勢に無勢。取り押さえられ、殴る蹴るの暴行を受けるうちに意識が途切れてしまったのである。

「私だって、そう……」

アリスもまた、己の身に起きた事を思い出していた。
拠点にて、ヨモギと共にすっかり熟睡してしまっていた彼女は、ダイアナの悲鳴で目を覚ました。三人で必死に抵抗を試みるも、侵入してきた密猟者達にあっという間に拘束され、ジェナの元へと連れて行かれてしまったのであった。

「ぼ、僕たち、黒龍に勝てるかニャ?なんだかちょっぴり、怖いニャ」

ヨモギはしゅんと耳を後ろに倒して、小さな胸の内に渦巻く不安を口にする。

「……分からない。だがこうなってしまった以上、やるしかないだろうな」

漸く自力で立てるようになってきたラビは、そっとアリスの肩から離れた。そしてその背に担いだ老山龍砲を組み広げると、静かに弾を装填し始める。

「心配しないで、ヨモギ。皆が居るから怖くないよ。力を合わせれば、きっと勝てる!ねっ、ラビ?」

アリスは努めて普段通りの明るい口調でそう言ったが、俯いたままのラビから返ってきたのは「……そうだといいな」という心許ない言葉だった。

「そんな、弱気にならないでよ……。いつもみたいに、大丈夫だって言って?」

「彼は弱気になどなってはいないよ、アリス。黒龍と我々の力量の差がどれ程のものかを、冷静に見極めているだけだ」

話に割って入ったジェナは、すでに装備の着替えを済ませていた。重厚感のある漆黒の鎧。繊細に刻まれた金の模様は美しく、彼女の気高さをよりいっそう引き立たせている。

夜風にジェナの長い紫色の髪が揺れ、微かに花の香が漂う。深紅の瞳は凛と輝いて見えるが、どこか淋しげな影を落としているようにも思えた。

「黒龍の力は強大過ぎる。ミラボレアス……その名は“運命の戦い”。始まってしまった戦いは避けられない。黒龍を狩るか、私達が狩られるか。覚悟を決める時だ」

「……ジェナはいいの?ずっと一緒に過ごしてきた黒龍を、自分の手で狩るんだよ?」

アリスには分かっていた。ジェナの瞳に陰る思いの正体は、黒龍を守りきれなかった事への愁傷と、その手でカタをつけなくてはならない事への慨嘆であると。
だからこそ、彼女自身の“覚悟”を問うたのだった。

ジェナは長い睫毛の付いた瞼を少しだけ伏せて、視線を足元に落とした。しかしまたすぐにアリスを直視すると、思いを振り切る様に力強く頷いた。

「あいつを狩らなくて済む方法があるのなら、是非ともそうしたい。だが、私達の前に残された道は一つだ。準備が出来たのなら……行こう」

緊張に震える手でしっかりと小槌を握り締めるヨモギと、弾の装填が済んだヘビィボウガンを背中に担ぎ直したラビ。彼らを順に見回したジェナは、シュレイド城内へ向かって足早に歩き出していた。

「あのー、お客さん?貴方は乗らないのかニャ?」

ベルザスの応急処置を済ませたアイルーが、ラビに向かってそう尋ねる。
それに対して、ラビは彼の小さな頭を撫でながら、「俺は大丈夫だから行ってくれ」とだけ答えた。すると運転手のアイルーは張り切った様子で、荷車を引いて走り去って行ったのだった。

乾いた地面を走る車輪が、ガラガラと音を立てながら遠ざかる。その音を背景に、深更の闇の中に溶けて行ってしまいそうなジェナの後ろ姿を見つめながら、アリスはポツリと呟いた。

「“迷いは太刀筋を鈍らせる”。あなたはいつも、そう言っていたよ?ジェナ……」

ハンターとなって以来、アリスはずっと大剣を背負い続けてきた。どちらかと言えば自分は小柄な方だと理解した上で、身の丈まである巨大な剣を選んだ。
それは一体何の為だったのか。

その意味を再び見つめ直した時。桜花と見紛うほど鮮やかな淡紅色の大剣は、いつもよりずしりと重く彼女の背中にのしかかっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


――何なんだ、こいつは。

エースはさっと身を翻して黒龍との距離を充分に取ると、口元を覆うマスクをずり下げた。
普段の狩りと殆ど変わらぬ運動量のはずなのに、異様なくらいに息が上がる。おかげで疲労感ばかりが無駄に重なり、しっかり満たして来た腹の中もすっかり空っぽになっていた。

黒龍の側に近くだけで、ドロリとした憎悪が纏わり付いてくる。全身は恐怖に凍りつき、そしてそれとは反対に血は沸き立ち、ドクドクと激しく波打つ脈の音まで聞こえてくる。しまいには、自分の神経が阿鼻叫喚しているような錯覚に陥ってしまうのだ。

まるで悪魔に心臓を鷲掴みにされている様だ。エースはそんな事を考えながら息を呑み、額に滲んだ汗を拭った。

ざっと周囲を見渡せば、果敢に立ち向かう仲間達の姿が見える。隙を窺いながら慎重に一撃一撃を当てていく竜姫。それを援護するように矢を射るダイアナ。深手を負い、もはや気力だけで剣を振るっているメイファと、大盾を翳しながら懸命に銃槍を突き立てるフェイ。

彼女達の立ち回りは、一見常時と変わらぬように思える。だが、その顔色は決して良いものではなかった。皆、自分と同じく得体の知れない暗鬱なるものに脅かされているに違いない。

絶対的な存在としてこの場に君臨する黒龍。エースにはそれが恨めしくて仕方がなかった。

目の前を、火球が掠める。
はいずりながら、執拗に後を追って来る。
長い尾が、この身体を搦め捕ろうとする。

ふわりと浮かび上がった黒龍が、標的を物色するかのようにゆっくりと向きを変えていた。
狙われた者に待ち受けているのは、“死”だ。

――畜生っ!伝説だか何だか知らねぇが、調子に乗るんじゃねぇぞ!

エースは細心の注意を払いながら、飛来する小隕石を避け続けた。狙われる度に肝を冷やしていては、心臓が幾つあっても足りない。まさに寿命が縮まる思いである。

元々手負いである黒龍。それに加えて今ここに居るハンター全員が、それなりのダメージを与えてきている。なのになぜ、これ程までに龍は余裕を見せているのだろうか。

……答えはすぐに見つかった。
余裕を見せているのではなく、本当に余裕なのだ。自分達は弄ばれている。ちっぽけな人間が束になった所で敵うわけが無いのだと、思い知らされているのだ。

疲労が蓄積していく身体。
ちらちらと頭に過ぎる悪いイメージ。
手を着いて屈服してしまいたい衝動に駆られても、そこに生は無いという絶望的状況。

……やがてハンター達は、一人、また一人と、膝から崩れ落ちるようにして戦意を失ってしまったのだった。

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