[携帯モード] [URL送信]

MONSTER HUNTER*anecdote
打破への狼煙
冷たい空気が星々をよりいっそう輝かせ、見る者を引き付ける。激闘の音が鳴り響いていたシュレイド城は、まるで時が止まったかのようにしんと静まり返っていた。

――皆と一緒に居たいと願うなら、この手で道を切り開かなきゃ。

その中でただ一人、アリスは黒龍に向かって走り出す。勇気を出して行動すれば、必ず良い結果を導き出せる。未来を諦めてはいけないのだと、自分の心を奮い立たせて。

そんな彼女の後ろ姿を、ラビは立ち尽くしたまま漠然と眺めるていた。その手には、アリスから突き返された手帳が握り締められている。

「大丈夫か?」

背後からポンと肩を掴まれて振り返ると、そこには穏やかな表情のジェナが立っていた。つい先程まで、彼女の眉間に刻まれていた皺はもう無い。暗雲の晴れた空と同じように、ジェナは非常に落ち着いた様子であった。

「大丈夫……だと思います」

ラビの返事は、何とも曖昧なものだった。だが、それでもジェナは良しとして頷いている。

「私達は、黒龍の障気に飲まれて光を見失っていた様だな。……危うく敗北を受け入れる所だった。あの子が闇を晴らしてくれなければ、今頃は……」

ジェナの視線は、真っ直ぐにアリスへと注がれている。その瞳には、彼女の成長を嬉しく思う反面、それを見守る事ができなかった淋しさが滲んでいた。

「……まだ戦えるか?弾はあまり残っていないんだろう?」

ジェナの問い掛けに今度はラビは頷き、手帳を胸ポケットにしまい込んだ。もう、これを誰かに託す必要は無くなったのである。
生きて帰る。全員で。彼の眼にも、力強い意志が戻ってきていた。

「全て撃ちきっても倒せなければ、素手で殴りかかってみせますよ」

そう冗談めかすラビは、肩を竦めながら笑ってみせる。ジェナもまた口元に笑みを浮かべ、「それも悪くなさそうだ」と呟いていた。


グルルと唸る黒龍と視線がかち合う。その恐ろしい瞳に立ち竦みそうになる心を奮い起こし、アリスは大剣を振りかざした。

大きく息を吸い、狙いを定めて勢いのままに叩き斬る。その瞬間に剣から放たれた黒雷が、暗闇に龍の鮮血を浮かび上がらせたのだった。

後ろ脚で立つ黒龍の腹に一筋の傷痕を残し、アリスは地を蹴ってぐるりと体を捻る。反撃を喰らうわけにはいかないと、素早くそこから離脱したのだ。
しかし。退避した彼女へ向けて、黒龍はすでに鋭い爪を光らせた前脚を伸ばしていた。

――来るっ……!

この距離では回避が間に合わない。そう判断したアリスは、大剣の腹で防御姿勢をとろうとした。
するとその時。勇ましい鳴き声と共に、怒涛の速さで大地を駆け抜けて来る、一つの小さな影があった。

「ニャァァアッ!」

「ヨモギ!?」

黒龍の頭上まで高く飛び上がったヨモギは、小槌をぶんと振り回す。鈍い打撃音が鳴り響くその一撃は、大きく黒龍の体をのけ反らせ、アリスの身に迫っていた鋭爪を退けた。

「僕も皆と一緒がいいニャ!もっともっと、皆で狩りに行ったり、お昼寝したり、ご飯を食べたりしたいニャ!」

そう叫びながらアリスの元に降り立ったヨモギは、夜空の星を映した瞳でじっと彼女を見上げる。
小さなアイルーの勇敢な眼差しを受けて、アリスはにっこりと笑みを返していた。

「うん。皆で一緒に帰ろう。私も、ヨモギの作った美味しいご飯が食べたいな」

「ニャ!任せるニャ!」

ピンと伸びた髭を揺らしながら、得意げに胸を張るヨモギ。彼がこうして傍に居るだけで、どんなに心強い事か。
森丘で出会ったあの日から、いくつもの苦楽を共に乗り越えてきた。だから今回も、必ず上手くいく。二人はそう信じ合っていた。

「よし。じゃあ行くよ!」

ヨモギと共に、アリスは再び黒龍の方へと向き直った。

黒龍は地を這いずりながら、二人の方へと近付いて来る。攻撃対象として捉えられているのは、直前にダメージを与えたヨモギだろう。だとすれば、二手に別れて避けるべきではない。いくら彼が人間のハンターと同じ経験を積んだアイルーとはいえ、龍の気を一身に引き受けさせてしまうのはあまりにも危険である。

そう考えたアリスは大剣を背に担ぎ直し、ヨモギの手を引いて走り出した。黒龍は執拗に二人の後をつけてくる。出来る限り攻撃へ転じる体力を残しておきたい所だが、龍の追撃は止みそうになかった。

「アリスさん!こっちへ!」

声がする方へ目をやると、そこにはガンランスを構えたフェイが待ち受けていた。
真一文字に結んだ唇。力強く見開かれた瞳の上で、短い栗色の髪が夜風に揺れている。鉱石製の兜は先の戦いで割れてしまったらしく、ここから離れた所に脱ぎ捨てられていた。

少年が構える銀火竜のガンランス・ガンチャリオットの先端から、青白い焔が噴き出し始める。アリスは彼の言に頷くと、ヨモギと共にフェイの背後へと回り込んだ。

「いけっ!!」

紙一重にして絶妙なタイミング。黒龍が射程距離内に踏み込み、あと一歩で鼻先が少年の盾に触れようかという時に、竜撃砲が激しい唸り声を上げた。爆炎に飲み込まれた黒龍のおぞましい悲鳴が、シュレイド中に溶けていく。

反動で後ずさりつつも、なんとか両足で踏ん張ろうとするフェイ。それでもよろめいてしまう彼の背中を、両手を伸ばしたアリスが支えた。

「ガンランス……使いこなすには、まだまだ時間がかかりそうだね」

「でも、この前のように吹き飛びはしなかったでしょう?」

二人は目を合わせ、冗談混じりに笑う。
火薬の臭いが立ち込める中、フェイは熱を帯びたガンランスに視線を落とした。

「なんだか少し、吹っ切れました。色々考えたけど……まずはここから、皆が無事に生きて帰る事ですよね」

そう言い終えた後、ちらりと動いたフェイの瞳は、城壁の傍に居るメイファに向けられていた。遠慮がちに細められた目。口には出さないが、フェイは罪人である彼女も助けていいかと、アリスに問い掛けている様だった。

「生きてさえいれば、考える時間なんていくらでもあるよ。これから進むべき道は、ゆっくり見つければいい。……あの人も、きっとやり直せる」

「……はいっ!」

求めた以上の返答を得て、フェイは大きな声で応える。嬉しそうに微笑む少年の頬は、少しばかり赤らんでいた。

グァァァアアッ!!!

星空に、またしても黒龍の咆哮が鳴り渡る。
竜撃砲に焼かれた鱗から立ち上る蒸気。痛みを感じているはずなのに、黒龍はこちらに向かって再度にじり寄ろうとしていた。

「……ったく、本当にタフな野郎だな。そろそろ逝ってくれてもいいんじゃねーか?」

「あら、“面倒くせぇ”って言わないのね。良い事ですわ、これを機に下品な言葉遣いを改めなさい」

背後から、お馴染みのやり取りが聞こえてくる。
それを聞いて自然と笑みが零れたアリスが振り向くと、そこにはいつも通りの二人が立っていた。

聞き飽きた小言に眉をしかめるエースと、ツンと冷たい表情を浮かべた竜姫。二人の防具は傷だらけだが、佇む姿勢に迷いは無かった。

「エース!姫さん!」

二人の復帰を喜ぶアリスに竜姫は勝ち気な笑みを返し、エースはガシガシと自身の頭を掻いた。

「……夢とか目標とか、結局全く決まらねーけどよ。こんな俺にも、守りたいものはあるんだよな。もう少し、気張ってみるぜ」

エースはその背から引き抜いた双剣をくるりと一回転させ、黒龍を見据えて身構える。そして薄く開いた口から小さく息を吐くと、真っ直ぐに走り出していた。

「……数年前のわたくしには、失って悲しむものなど何も無かったわ。エースが声を掛けてくれるまで、わたくしはずっと独りだった」

「姫さん……?」

走り去るエースの後ろ姿を見つめながら、竜姫はポツリとそう呟いた。彼女が過去を語るなど、出会って以来初めての事である。

「ねぇアリス。人との繋がりを抱えれば抱えるほど、気苦労が絶えませんわね。でも……そうやって悩んでいる自分は、嫌いじゃないわ」

孤独を脱却した彼女が得たもの。それは、竜姫が気付かぬうちに、かけがえのないものになっていたのだろう。

「私も、嫌いじゃないよ」

アリスがそう答えると、竜姫は満足そうに頷いていた。


時は少し遡り、フェイの竜撃砲が黒龍に放たれた頃。
目に見えぬ重圧から解き放たれたダイアナは、漸く動くようになった体を起こしていた。

そっと立ち上がれば右足に激痛が走る。黒龍の火球を回避する際に、いつの間にか古傷を痛めてしまったようだ。

それでもダイアナは弓を手にする。矢を射る事さえできれば、多少の怪我など問題ではない。何より今は希望を持ち続け、仲間達と共に戦いたい気持ちで一杯だったのだ。

矢筒に残された矢の本数を確認し、温存しておいた薬液の入った瓶を取り出す。それは決して充分な量ではなかったが、必ずチャンスを作り出せると確信していた。

「……無駄よ。何度やっても同じ、敵うはずがないわ」

低いトーンで呟かれた声が、ダイアナの足を止める。振り向けば、城壁にもたれ掛かるように立っていたメイファが、卑屈な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「返り討ちにあうだけよ……。人間が伝説を狩ろうとする事自体……おこがましい、間違いだったんだわ」

メイファの言葉の合間に、掠れた吐息が混ざる。彼女の左腕はだらりとぶら下がり、肩から流れ出す血が忍び装束の袖を伝って、指先からポタポタと滴り落ちていた。

「……あなたには、守りたいものが無いの?」

ダイアナの問い掛けに対して、メイファは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「無いわ。そんなものは、邪魔になるだけよ……」

「やっぱりあなたは、嘘つきだわ。あなたが守ろうとしたもの、私には分かる。きっと彼も、気付いているはずよ」

間髪入れずにダイアナがそう反論すると、メイファの表情から笑みが消えた。眉間に皺を寄せ、視線を逸らす彼女にダイアナは淡々と告げる。

「しがらみに囚われて、自分の心に嘘をつくなんて……寂しいわね。もう、戦える体じゃないんでしょう?彼とまた一緒に生きて行きたいと願うなら、あなたはそこでじっとしていて」

弓に矢をつがえながら走り去る彼女を、メイファはもう引き止めようとはしなかった。ドサリと地面に腰を下ろし、脱力した体を城壁に預ける。

追い求めたもの。踏み外した道。背負った罪。守りたかった人……。大切なものは何だったのか。今となっては、よく思い出せない。

黒龍と戦う者達を眺める彼女の頭の中には、様々な思いが行き交っていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!