[携帯モード] [URL送信]

MONSTER HUNTER*anecdote
伝説を追う者
「やだなぁ、子供じゃないですよ。僕はもう15歳になりました。立派な大人です」

驚きの声を上げたアリスに対し、少年は眉をひそめてムッとしたように口を尖らせた。

とは言えども、彼の丸みを帯びた顎のラインや、ぱっちりとした赤茶の瞳、桃色に色付いた頬。そのどれもが充分に幼さを残しているうえに、彼はまだ声変わりさえしていない。
15歳という年齢に加えてこの外見では、いくら彼が立派な大人だと言い張っても、とてもじゃないがそうは思えなかった。

あまつさえ彼が少年だと気付いてしまえば、その身に纏うがっしりとした鉱石製の鎧も、厳めしいフルフェイス型の兜も、きわめて不釣り合いに見えてしまう。

返答に困り、言葉を詰まらせるアリス達。そんな彼女達の反応に不満げな少年は、尻についた土を払いながら立ち上がる。そしてアリスの隣に並んで立つと、これみよがしに手を頭上にかざした。

「ほら、身長だってこの人とちょっとしか変わらないじゃないですか。あなた、歳はいくつです?一応僕よりは上なんでしょう?」

「一応って何よ……。あのねぇ、私はもう18なの。一緒にしないでくれる?」

「なんだ、三つしか違わないんだ。あ、あなたのブーツ、少し厚底じゃないですか。だったら背は僕と同じかな〜?」

「う、うるさい!背の事はもういいでしょ!!」

今度はアリスが口を尖らせて、ぷいと少年から顔をそむけた。少年もまだ不機嫌そうにしかめっ面をしていたが、口元だけは勝ち誇った様に上を向いている。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。ごめんなさいね、驚いたりして」

何やら険悪な雰囲気になってしまった二人の仲を取り持とうと、ダイアナは手を伸ばして間に割って入る。

「私はダイアナよ。あなた、お名前は?」

少年はちらりとダイアナに目をやると、ふて腐れた表情のまま小さく口を開いた。

「……僕はフェイといいます」

「フェイ君ね、よろしく」

ダイアナは優しく微笑みながら、握手を求めて手を差し出す。フェイと名乗る少年は始めは戸惑っていたものの、彼女の笑顔に警戒心を解き、ひそめていた眉を緩めてニコリと愛想よく笑い返した。そして快くダイアナの白い手を握り返し、「こちらこそ!」と明るく応えたのだった。

「僕はヨモギだニャ!」

「俺はラビ。で、そこで拗ねている小さいのがアリスだ」

「拗ねてないし、小さくない!もうっ、ラビまでそんな事言ってヒドイ!」

元気良く跳びはねながら小さな手を伸ばし、自分もと握手を求めるヨモギ。

拗ねていないと言いながらも口をへの字に曲げるアリスと、それを面白がって悪戯に笑うラビ。

そんな彼らを見つめながら、何だかえらく賑やかなハンター達に出会ったなぁとフェイは心の中で独りごちる。そしてヨモギの握手に応じるフェイの横顔は、とても楽しそうに色付いていた。

「じゃあ改めて……助けていただきありがとうございます。僕、まだこの大陸に来て日が浅いから、この辺りのモンスターは不慣れで困っていたんです」

フェイはペこりとお辞儀をしたあと、傍らに倒れたままのゲリョスを見遣って肩を竦める。

「そうか、どうりで見た事の無い防具だと思ったんだよな。それは、君が住んでいた地方のものなのか?」

そう言いながら、ラビはフェイの防具を指差した。
「実は戦闘中からずっと気になっていたんだ」と付け加えた彼の瞳は、未知なる物への好奇心に満ち溢れている。

鉱石から作られる防具は数あれど、確かにラビの言う通り、フェイが着ている鎧はこの辺りの街や村では見た事が無い。言われて気付いたアリスとダイアナも、不思議そうに首を傾げながら少年の鎧をしげしげと見つめた。

「ああ、これはインゴットシリーズという防具です。僕が住んでいた大陸で採れる、数種類の鉱石をもとに作っていただきました。僕は砂漠の街・ロックラックの出身なんです」

「ロックラック?」

聞いた事の無い地名が登場し、アリスは無意識のうちにその街の名を繰り返す。そして「知ってる?」とヨモギに向かって目配せしてみたが、彼はフニャアと喉を鳴らしながら首を横に振るだけだった。
そんなアリス達をよそに、ラビとダイアナは「ああ成る程」と納得したように頷いている。どうやら二人は、少年の出身地であるロックラックという街を知っているようだ。

同じ仲間内でも、正反対な反応を示した二組。フェイはなんとなく、彼女達の人となりが分かったような気がしていた。

ロックラックとは、ここから遥か遠くの大陸にある、“大砂漠”と呼ばれる広大な砂漠の中に造られた街である。砂漠に棲むモンスターに襲われぬよう、街は巨大な一枚岩の上に乗っかる様にして建設されている。

砂漠地帯に位置しているためロックラックの平均気温は高く、一年を通して乾燥した気候が続く。豊かな自然に恵まれたドンドルマと比べれば、決して良い環境とは言えない。だがこの街は、交易の中継地点として非常に重要な役割を果たしているのだ。

ロックラックの空には飛行船が、砂の海には砂上船が常に行き交っており、これらは他の街との交通手段となっている。ハンターや商人以外にも、近年では観光客で賑わう交易都市として有名な街であった。

「それにしても、この大陸には面白いモンスターが沢山居ますね!今のゲリョスっていう奴もとても奇妙な動きだったし。それにこのガンランスという武器!ロックラックには無かったんですけど、こっちに来てからガンランスのハンターさんを見て一目惚れしちゃって!それから僕も使う事にしたんです。いやー、こっちのギルドの技術は凄いですね!」

目の前のハンター達にすっかり気を許したのか、フェイは嬉しそうに自身の事を話しだした。頬を赤く染めて興奮気味に語るその姿には、やはり子供らしさが滲み出ている。けれどそれを言ってしまえば、また彼の機嫌を損ねてしまうだろう。

無邪気にはしゃぐフェイが微笑ましくて、彼の話に目を細めながら相槌を打つラビとダイアナ。
また新たな人間と仲良くなれそうだと、期待に胸を膨らませるヨモギ。

すっかり打ち解けた様に見えた一行であったが、ただ一人だけ、少年に対して良い思いを抱いていない者がいた。

「ガンランスに一目惚れしたって言っても、全然使いこなせてないじゃん。竜撃砲の反動でいちいち吹っ飛んでちゃ、話にならないよね」

挑発気味に憎まれ口をたたいたのは、もちろんアリスだった。未だにご機嫌斜めであった彼女はぷんと顔を背けたまま、フェイに対して皮肉たっぷりにそう言い放ったのである。

これに対して、再びフェイが眉間に皺を寄せたのは言うまでもない。売り言葉に買い言葉。二人の間にまたもや険悪な空気が流れ始めた。

「うるさいなぁ。まだ使い慣れていないだけです。すぐに自分の物にしてみせますよ。……言わせてもらいますけど、あなただってまだまだ脇が甘いんじゃないですか?ロックラックの大剣使いはもっともっと凄いんだから」

「なっ……!なによ。あんたねぇ、さっきからすっごく生意気なんだけど!」

「あなたはすごく嫌味です!」

ウーッと唸りながら睨み合うアリスとフェイ。火花を散らし、今にも噛み付きかねない二人の間に、やれやれと呆れた調子で再びダイアナが割って入った。

「駄目よ、喧嘩は。二人とも仲良くしないと、私……許さないから」

表情は穏やかであるけれど、きつく言い聞かせる様に強められた語尾には得も言われぬ威圧感が漂っている。
これにはダイアナの恐ろしさを知っているアリスはもちろん、ラビやヨモギ、初対面のフェイまでもがゾッと背筋を凍りつかせた。彼女に逆らうべきではないと、瞬時に悟らせたのである。

「まぁ……立ち話もなんだし、先へ進もうか。俺達はシュレイド地方へ向かっているところなんだけど、君はどうするんだ?」

話題を変えよう。そう思ったのはラビだけではなかったが、1番に口を開いたのは彼であった。そのおかげで凍りついていた空気が、緩やかに動き始めていく。

「シュレイド地方へ?奇遇ですね!僕も今、ミナガルデへ向かう所なんです。あっちで仲間と合流する約束をしていまして」

「あら、調度良いわ。一緒に行きましょう!」

名案とばかりにパンと手を打つダイアナ。その横で「えー!?」と不満の言葉を漏らしそうになったアリスだったが、慌てて口を塞いだ。今は波風立てずに、彼と仲良くしておいた方が賢明である。

「同行させていただけるなら助かります!また見知らぬモンスターに襲われるかもしれないし、一人だと道も自信が無くて」

「お仲間さんとはバラバラになっちゃったのかニャ?」

「ううん、ちょっと別行動をしていただけです。実はですね……僕の仲間は、ある伝説を追いかけていまして。僕はそのお手伝いをする為にこの大陸までやって来たんですが、とうとうそこに辿り着けそうなんですよ!」

フェイはまた興奮気味に自身の事を語り出すと、キョロキョロと辺りを見回して自分達以外に誰も居ない事を確認し、「内緒ですよ」と小声で付け加えた。

内緒の話を出会って間もない自分達に打ち明けて良いものかなのかとアリスは疑問に思ったが、伝説という言葉の響きには興味がそそられる。どうやらそれは自分だけではなく、ラビ達も同じ様であった。四人は黙って息を呑み、彼の話に耳を傾ける。

フェイはキラキラと瞳を輝かせながら、まるで物語を読み聞かせるかのように身振り手振りを加えつつ、言葉に少々大袈裟な抑揚を付けて語り始めた。内緒の話といえども、誰かに言いたくて堪らなかったのかもしれない。

「僕達が追っているもの。それは、今から約千年前に、シュレイド王国を東西に分裂させた戦争の原因……。黒龍伝説の、ミラボレアスです」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


……その龍の名を聞いたアリス達の反応は、様々であった。

はて何の話だろうと、キョトンと目を丸くしたのはヨモギである。ダイアナはピクリと眉をひそめ、表情を強張らせた。そしてラビははっと目を見開き、驚いた様にフェイを見つめている。

そしてアリスはというと、暫く呆気にとられたのち、プッと吹き出し声を上げて笑っていた。

「やだもう!何を言い出すかと思えばミラボレアス?あれはお伽話に出てくる伝説の龍。昔話の一つであって、実際にはいないわよ」

「いますよ!黒龍は本当にいるんです!!」

追い求める龍が架空の存在だと言われてよほど悔しかったのか、フェイは声を張り上げてアリスに食いかかる。その真剣な眼差しに思わず彼女がたじろいでいると、横から手を伸ばしたラビがフェイの肩をしっかりと掴んだ。

「その話、詳しく聞かせてくれないか?」

「ラビ!?なんで……」

「アリス、確かにミラボレアスは伝承の中に登場する龍だけど、今のこの世界に実在する龍でもあるんだ」

「うそ……。そんな、冗談でしょ?だって、ミラボレアスは……」

どうせまた、ラビは自分をからかうつもりで冗談を言っているだけだろうとアリスは思っていた。だが、彼の瞳にはふざけた様子など微塵も無かったのである。

伝説の黒龍がこの世に存在するなんて、誰だって信じたくはない。なぜならその龍は、人間が生存を確認している全てのモンスターの中で、最も凶暴かつ強大であると云われているのだ。

この大陸に産まれた者達は皆、幼い頃からこの黒龍伝説を聞かされて育った。古くから伝わるミラボレアスのお伽話は、アリスもラビもダイアナも、子供の頃に眠りにつくまで何度も枕元で耳にしてきている。
それ故に、ミラボレアスが全てを超越した絶対的な龍である事を、彼女達は充分に知り得ているのだ。

だがそれは遠い遠い昔の話であり、現代の世には存在しない龍であると言う者もいる。それどころか、伝承しか残されていないミラボレアスが、本当に過去のこの地に生きていたのかさえ疑問視する声も上がっていた。

現代の多くの人々は、ミラボレアスが架空の存在ではないかと思っているだろう。伝説だけが人から人へと語り継がれ、実際に黒龍の姿を見た者は居ないのだ。

この大陸に暮らしていた先人達の作り話だと、結論付けてしまっても無理はない。現にアリスもそんな気がしていたのだった。

だがフェイの口から黒龍の名が飛び出し、モンスターの生態に詳しいラビが「実在する」と断言した今。彼女は動揺を隠しきる事などできなかった。

「こんなわらべ歌を知っていますか?『キョダイリュウノゼツメイニヨリ、デンセツハヨミガエル』。子供達の手鞠唄の節に載せて謡われる歌です」

フェイはラビの同意を得て満足そうに口角を吊り上げながら、アリスに向かって勝ち誇った様にフフンと鼻を鳴らす。

「知ってるわよ。私は滅亡したシュレイド王国に近い、ミナガルデの街で産まれ育ったんだから。その手鞠唄は小さい頃に教えて貰って、よくやっていたもの」

「なんだ。だったら実在しないなんて言わないで下さいよ。この唄に出て来るキョダイリュウとはつまり、ラオシャンロンです。先日、砦にてラオが討伐されたのをご存知ですか?きっとそれが引き金となって、黒龍が甦ったんですよ!」

「……知ってるもなにも、そのラオシャンロンを討伐したのは私達なんだけど」

アリスのその言葉を聞いて、フェイは「へ?」と間の抜けた声を上げた。
パチパチと瞬きを繰り返しながらラビにダイアナ、ヨモギへと順に視線を移す彼の表情は、「本当に?」と問い掛けている。

「私はその場に居なかったけれど、アリスちゃんとラビ君とヨモギ君、それに私の弟や他のハンター達によって、先日の老山龍は討伐されたのよ」

ダイアナがそう説明してやると、フェイは感嘆の声を漏らしながら更に瞳をキラキラと輝かせた。

「そうだったんですか!いいなぁ、僕も山の様に巨大だという老山龍を見てみたかったなぁ。僕、一週間ほど古塔に滞在していたから、老山龍が来てるなんてちっとも知らなかったんです。まあ、そのお陰でコレが作れたからいいんですけどね」

フェイは少し不満げに頬を膨らませながら、背中に担いだガンランスを指差す。ガンチャリオットと呼ばれるその武器は、太陽に比喩されるリオレウス稀少種の銀色に輝く甲殻を使って製造されたものである。そこから彼が古塔に滞在していた理由を察するに、リオレウス稀少種の狩猟目的であったのだろう。

「フェイ、君達の活動について話してもらえないか?黒龍について、どの辺りまで把握しているのかが知りたい」

「あ、いいですよー!でもここじゃ何だし、シュレイド地方へ向かう船の中でゆっくりお話ししますね!」

真剣な面持ちのラビに対して、フェイは明るい調子であっけらかんと答えた。伝説の黒龍が出現したかもしれないという重要な懸案であるというのに、やけに軽いノリである。

「あんた、ミラボレアスが怖くないの?それとも、あっちの大陸じゃもっと酷い奴が居るって言うの?」

アリスの問い掛けにフェイはうーんと唸った後、頭を掻きながら「どうでしょうねぇ」と曖昧な返事を返した。

「黒龍が怖いかどうかは、実際にこの目で見ないと分かりません。でも、僕の仲間がずっと追い求めていた龍だから……漸く辿り着けるのであれば、嬉しい限りですね。あ、僕の仲間はギルドの御役人さんなんですよ、凄いでしょ!メイファって言うんですけどね、片手剣を手に狩場を駆け抜ける姿はそりゃあもう格好良くて、僕の憧れなん――」

「メイファだって!?」

少年の言葉を遮り、突然ラビが大きな声を上げた。
嬉々として言葉を連ねていたフェイの肩はビクリと跳ね上がり、何かまずい事を言ってしまったかと目をぱちくりさせる。

思わず出た声が予想外に大きかった事にラビは慌てて謝りながら、咳ばらいを一つつく。そして胸ポケットから一枚のギルドカードを取り出すと、険しい顔でそれを見つめた。それは老山龍討伐のあの日、ベルザスを引き渡すようにと申し出てきた忍び装束の女から受け取ったものであった。

「君の仲間のメイファとは、この人の事か?」

ラビが差し出したギルドカードを手に取り、つぶさにそれを見つめたフェイはコクコクと何度も頷く。

「そうですそうです!僕の仲間はこの人です!あれ?でもなんでラビさんがメイファのギルドカードを持っているんですか?もしかして、お知り合いでした?」

「いや……老山龍討伐の日に、少し話をしただけさ。本当に……奇遇、だな」

“奇遇”。言葉ではそう言いつつも、ラビの心にはそれを疑う気持ちが生じ始めていた。

ロックラックからやって来た少年・フェイ。

その仲間であり、黒龍伝説を追い求めるギルドの役人・メイファ。

ここ数日間の二つの出会いに繋がりがあるなんて、世間は狭いと言ってもそんな奇遇が有り得るのだろうか?そう思えば思うほど、ラビは偶然以上の何かを感じていたのだった。

「ミラボレアスか。なんだか、嫌な予感がするよ……」

ざわめく胸騒ぎが息苦しくて、アリスはその肩をぶるりと震わせた。

老山龍討伐の日から、何かが動き出している。そしてそれは自分達を抗えない力で絡め捕り、飲み込んでしまうのではないだろうか。
そんな不安が、頭を過ぎっていった。

「さあ、行きましょう!ミナガルデまで、よろしくお願いしますね!」

アリス達の間に重苦しい空気が流れる中、やはりフェイだけが元気な声を張り上げる。

ちょうどその時、先程竜撃砲を撃ち放ったガンチャリオットの放熱が完了し、少年の背中でカシャンと音を立てて排熱口の蓋が閉じた。
それを確認したフェイは満足そうに頷くと、脱いでいたインゴットヘルムを再び被り直す。無機質な兜で彼のあどけない笑顔は覆い隠され、冷たい鉱石の輝きは少年の面影をすっかり消し去ってしまったのだった。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!