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MONSTER HUNTER*anecdote
狐の仮面
その日の夕刻。
太陽が水平線の彼方へゆっくりと沈んでいく中、西の地へ向かう最終便に乗り込んだアリス達は、船内の小さな客室に集まっていた。

天井から吊り下げられた柔らかな光を燈すランプが、穏やかな波に合わせて微かに左右に揺れ動く。
壁際には、ただ体を横たえる為だけに設置された簡素なベッドが四つ並んでいる。小さな丸テーブルを挟んだ反対側の壁には、大人が二人座れば窮屈そうなソファーが一つだけ置いてあった。

たったそれだけの、狭い部屋。客室と呼ぶには質素過ぎるかもしれないが、今、それを気にする者は一人も居なかった。

「じゃあフェイ、話してよ。黒龍と、あんた達の事」

アリスは担いでいた大剣を壁に立てかけると、入口に一番近いベッドにドサリと腰掛ける。それと同じ様に仲間達も各々が背負う武器を下ろし、順に席に着いていった。
ヨモギはアリスが座ったベッドへぴょんと飛び乗り、ダイアナは彼女の隣のベッドへ。ラビは一番奥のベッドへと腰を下ろし、これから語られる話に静かに耳を傾けようとしていた。

フェイは小振りなソファーに着席すると、兜を脱いで傍らに置き、汗で張り付いた前髪をかき上げた。そして相変わらずの無邪気な笑みをアリス達に振り撒くと、またも芝居がかった口調で語り始めたのである。

「じゃあ、最初からお話ししますね。僕の仲間のメイファはギルドの役人でありながら、稀少モンスターを捜し求めるハンターでもあります。僕は彼女に誘われて行動を共にするようになり、ロックラックを出てこの大陸にやって来たんです。この寒冷期が終わって次の繁殖期が来れば、ここに来てちょうど一年になりますね」

「……あんた、今15歳なんでしょ?一体いつからハンターやってるの?まさか、私よりハンター歴が長いとか言うんじゃないでしょうね」

思わずアリスがそう口を挟むと、ほんの一瞬、フェイの表情が陰った。キラキラと輝いていた瞳からふっと光が消え、言葉を失った口元が小さく閉じられたのだ。

「フェイ?」

「……やだなぁー!話の腰を折らないで下さいよ!次の台詞までちゃんと考えていたのに。ちゃんと説明しますから、最後まで黙って聞いて下さい!」

何かまずい事を言ってしまったのだろうかとアリスは心配になったが、フェイは再びニコリと屈託の無い笑みを浮かべていた。そして何事も無かったかのように、自ら話の流れを元に戻していったのである。

質問の余地を無くしたいのか、フェイは言葉を途切れさせる事なく話をつづけていく。しかしそれはこちらの大陸に来てから行った狩猟の話ばかりで、彼がロックラックに居た頃の話や、若くしてハンターになった理由などは語られなかった。
彼にとって、過去は触れて欲しくないものなのだろうか。

「僕らは、今までに様々な稀少種を狩って来ました。でもそれらは全てギルドが生存を確認しているものばかり。……メイファが本当に追い求めていたのは、伝説と謡われる黒龍・ミラボレアスでした。でも、皆さんご存知の通りその姿を見た者は無く、本当に伝承の中だけの存在なのかと諦めかけていたのです。それでも僕らは二人で、時には手分けをして、大陸中をくまなく探し回りました。そして先日。僕が古塔から帰って来たら、別行動をしていたメイファから一通の手紙が来ていたんです。なんとそこには、黒龍を見つけたから合流しよう、ミナガルデまで来るようにと書かれていたんですよ!ついに僕らは念願の黒龍に辿り着いたんです!」

そこまで話し終えたフェイはピンと胸を張りながら、得意げに鼻を鳴らす。その御満悦の笑みを見るかぎり、どうやら彼は自分が知る全てを語りきったらしい。

だがアリス達にとって、これだけではとても満足のいく解答ではなかった。確かにフェイは詳しく話をしてくれたが、言っている内容は密林地帯で聞いた話と殆ど同じである。肝心の「黒龍は本当に出現したのか」という問題や、「黒龍が今どこに居て、どんな状況であるのか。人々に危害を加える恐れはあるのか」という重要な情報が全く得られていないのだ。

「フェイ、もう少し黒龍について具体的な話はあるか?」

ラビの問い掛けに少年は不思議そうに目を丸くすると、困った様に肩を竦める。

「具体的にと言われましても、僕まだ黒龍を見ていませんから……。メイファなら詳しく把握してると思いますけどね」

「……そうか。分かった、ありがとう」

一気に緊張感が解れた一同に、溜息が漏れる。結局のところ、肝心な部分はメイファしか知らないらしい。これ以上、フェイからは有益な情報を得られそうにはなかった。

フェイの話次第では、何かしらの対策を取らなければいけないと考えていたのだが……今の話だけではどうにも動きようがない。何となく落ち着かない気持ちでいると、そこにふとダイアナが「あっ」と小さく声を上げた。

「そのメイファさんって人は、ギルドのお役人さんなのよね?なら、黒龍出現の事態は彼女からギルドに伝わっているはず。きっと今頃対応してくれているから、私達が心配するまでもなかったかもしれないわ」

……ダイアナの意見は、もっともであった。なぜ先にその事が思いつかなかったのだろうと言う程に。

「確かにそうだね。だったらギルドナイツが出動してるだろうし、大丈夫だよ!フェイが現場に着く頃には、黒龍はナイツに討伐されちゃってるかも」

「えー!僕、また参戦し損ねるんですか?勘弁して下さいよー!」

「もう解体されちゃってるかもしれないニャー」

それを聞いてすっかり安心しきったアリスとヨモギは、フェイと共に冗談を言いながら笑いあっていた。

だが、奥のベッドに一人腰掛けたラビだけは、少し俯きがちに浮かない顔をしている。先程からずっと胸に抱いている、メイファという女に対する違和感。それがどうしても拭いきれなかったのだ。

――あの人が一番始めに俺達と接触したのは、ドンドルマへ向かう船に乗るために寄った港町だ。

ラビはここに来るまでの道中、その日唯一メイファと会話を交わしたヨモギからどんな様子だったのかを聞いていた。

ヨモギの話によると、彼がアリスと買い物をしていた時のこと。ふと背後からメイファに呼び寄せられ、名はなんと言うのか、これからどこへ向かうのかなどと質問され、御礼にマタタビを貰ったそうだ。そして、船に乗る自分達の姿を見送ってくれたとも言っている。

次にメイファとの接触があったのは古塔へ向かった日、ドンドルマの工房と大老殿を結ぶ階段だ。あの時はただ擦れ違っただけであったが、今思えばなぜ彼女は工房への階段を降りて来ていたのだろうか。

大老殿にはちゃんと直接外に出る階段がある。工房に用が無ければ通る必要の無い道をメイファは通り、何もせずに過ぎて行ったのだ。

――彼女は階段の陰から、俺とアリスが話をしている所を見ていたのか?何の為に?

これまでの事を思い返せば、メイファへの不信感がつのっていく。“ギルドの任務で各地を回っていた所に偶然出くわした”というよりも、“自分達の後を追っていた”という理由の方がしっくり来るような気さえする。

――老山龍討伐後に現れたのも後者の理由だったら、彼女の目的は?一体何を嗅ぎ回っているんだ……。

「ラビ?どうしたの?暗い顔しちゃって」

「えっ?」

ふと我に返ると、こちらを見つめる仲間達の視線が待っていた。

ラビは今、自分が抱いているメイファへの疑心を打ち明けようと口を開く。だが、ニコリと無邪気に笑うフェイと目が合った時……彼は言葉を飲み込み、その思いを胸の内に収める事にしたのだった。

フェイにとって、メイファは同じ志を持つ大切な仲間だ。彼の前でその仲間を疑う話をし、不快な思いをさせる事など出来るはずがない。全てはまだ、憶測でしかないのだから。

「……少し、船酔いかな。やっぱり海は苦手みたいだ」

ラビはそう嘘をついて、苦笑いを作ってみせた。

「あら、大変!今日はもう休んだ方がいいわね。明日の朝にはシュレイド地方。体調は万全にしなきゃ」

ダイアナのその言葉に、アリスらからも賛成の声が上がった。

心配事から解き放たれたアリス達はすっかりフェイと打ち解け、和気あいあいに語り会っている。ラビの心は晴れぬままだったが、和やかな雰囲気を壊さぬよう、彼女らに合わせて笑顔でいる様につとめていた。

胸ポケットに入れたままのメイファのギルドカードが、酷く重たく感じる。
だが、疑惑の念と共に捨て去る事など、決してできやしなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


一方その頃。
ドンドルマに残った竜姫は未だ目を覚まさぬエースの傍で、何度も何度も溜息ばかりついていた。

自分に出来る事を探しても、ただこうして隣に座り、回復を祈る事しか出来ない。大切な人に何もしてあげられない現状が歯痒くて、苛立たしかったのだ。

ベッドの上では包帯に巻かれたエースの胸が、静かな吐息に合わせて小さく上下している。竜姫はこんなにも弱々しい姿にされてしまった彼を可哀相だと思う反面、身を呈してアリスを庇った事に大きな尊敬と少しの嫉妬を覚えていた。

眠り続けるエースをじっと見つめていると、竜姫はいてもたってもいられない衝動に駆られてしまう。彼をこんな目に合わせたベルザスという男が許せなくて、どんどん怒りが込み上げてくるのだ。

「確か、その男はギルドに拘束されているんでしたわね。充分な処罰を受けているはずだと言っていたけれど、やはり一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済みませんわ。……エース、貴方もそうでしょう?」

返事が返って来るはずの無いことは分かっている。だが、竜姫はそう彼に向かって問いかけていた。
そして意を決した様に立ち上がると、もはや鈍器として認知されつつあるクマのぬいぐるみを片手に、マイハウスを飛び出したのだった。


住宅が並ぶ区画の通りを抜け、中央広場には目もくれず、竜姫は大老殿へ続く長い石段を登って行く。途中で顔見知りのハンター数人と擦れ違ったが、その誰もが彼女から漂うただならぬ気迫に押されて声をかける事が出来なかった。

重厚な扉を押し開けば、目の前に広がるのは夜の帳が下りはじめた幽玄の間。等間隔に置かれた松明が、ぼんやりと辺りを照らしている。

竜姫は堂々とした足どりでギルドカウンターを横切り、ひたすら真っ直ぐに突き進む。彼女の目には、目前にドカリと腰を下ろしている巨大な大長老の姿しか映っていなかった。

「大長老様に何か用か?」

険しい顔をして竜姫の前に立ち塞がったのは、大長老の側近をしている初老の男であった。その険しい目つきは明らかに竜姫を不審者として見ていたが、それも無理はない。なぜなら、ここに来るまでに爆発しそうな怒りを溜め込んだ竜姫の方が、遥かに険しい顔をしていたのだ。

「先日の老山龍討伐戦にて拘束された、ベルザスというハンターに用がありますの。今すぐわたくしをその男が収容されている牢まで案内しなさい」

高圧的な物言いをする竜姫に対して、初老の側近は益々警戒心を高めた。彼女の性格を知らぬ者からすれば、一介のハンターがこの街の頂点に立つ大長老の御膝元で、何と言う無礼を働くのだろうといった所だ。

「そんな者は知らん!さっさと下がれ下がれ!」

シッシッと手を振りながら、初老の側近は竜姫を追い返そうとする。しかし、その程度で引き下がる彼女ではない。竜姫はキッと眉を吊り上げて、さらにその側近に食い下がった。

「しらばっくれるんじゃありませんわ!わたくしは、あの日に起きた事件の当事者から話を聞いておりますの!」

「あの日に起きた事件?何を訳の解らぬ事を!先日の老山龍は何事もなく無事に討伐されたではないか!」

「何ですって……!?ふざけるのは大概になさい!ギルドはハンター同士の不祥事を無かった事にするおつもり!?」

「ま、待て。本当に知らんのだ!一体おぬしは何の話をしておる!?」

両者の意見は食い違い、いっこうに話は噛み合わない。苛立つ竜姫のぬいぐるみを抱えた右腕が、わなわなと震え始めて今にも強烈な一撃を繰り出さんとしていた。

と、そこに。ウォッホン!と大きな咳ばらいが大老殿中に響き渡った。このような豪快な咳をする人物はただ一人。竜姫も、初老の側近も、騒ぎに見入っていたカウンターの受付嬢やハンター達までもが、殆ど同時にその巨大な人物を見上げていた。

「そこの若草色の髪をしたハンターよ、おぬしの名は?」

周囲の視線を一身に集めながら、今まで静かに成り行きを見守っていた大長老が、たくわえた長い髭を指で弄りながら口を開いた。

「わたくしは……サンドラという名でハンター登録させていただいておりますわ。ですがそれも仮の名前。本当の名は知りません」

「サンドラ……?ああそう言えばおぬしは確か、ジャンボ村の村長が連れて来た娘であったか。どうじゃ?何か思い出し――」

「わたくしの事はもうよろしいでしょう?今、話をしているのはベルザスという男の事ですの」

竜姫が鋭い口調で話を遮ると、大長老は一言「そうじゃったな」と呟き、もう一度咳ばらいを響かせた。

「本当に、あの日の事件を聞いておりませんの?わたくしの仲間がベルザスという男にランスで貫かれ、今も目を覚ましませんのよ?」

「ふむ、そのような話は伝わっておらぬ。サンドラよ、詳しく聞かせてくれぬか?」

「……全く、ギルドの管理体制を疑いますわ。メイファという役人を今すぐ連れて来なさいな。その女の報告ミスじゃなくって?」

「メイファじゃと!?」

その名を耳にした大長老の表情が、驚愕へと変わる。初老の側近も、カウンターにいる受付嬢も、明らかに動揺し息を飲んでいた。

「何か、問題でもおありかしら?」

周囲のざわめきを感じ取りながらも、唯一強気の姿勢を崩さぬまま竜姫は大長老に問いかけた。どうやらベルザスという男には心当たりが無くとも、ギルドの役人であるメイファの話はやはり通用するらしい。さっさと用を済ませてエースの元へ帰りたい竜姫は、そこから本題に入った方が手っ取り早そうだと考えていた。

……しかし、このあと大長老の口から語られるメイファの正体は、竜姫を予想外の事態に巻き込むものであったのだ。

「メイファ……。あの者は、ギルドの役人ではない」

「えっ?でも、わたくしの仲間がその女から貰ったギルドカードを拝見いたしましたわよ。ちゃんと役職と紋章が書かれた正規のギルドカードでしたわ」

「ああ、確かに昔はそうじゃった。三年前に解雇したんじゃよ。メイファは決して許されぬ罪を犯した。そして処罰を下すはずじゃった。じゃが、刑が下る前日に、忽然と姿を消したんじゃ」

「な……なんですって!?」

メイファはギルドの役人ではなく、罪人である。
その事実を知った瞬間、竜姫の背筋にゾクリと嫌な汗が流れた。

ギルドの役人として、罪を犯したベルザスをギルドに引き渡すと言ったメイファ。それは嘘だったという事だ。現にギルドには事件の報告も行っていないし、ベルザスは収容されていない。何の為かは分からないが、メイファが自分と同じ罪人となったベルザスを助けたのであったとしたら大問題である。

「大長老様。そのメイファという女は何の罪を犯したんですの?」

「あやつは密猟団体と手を結び、ギルドが抱える稀少モンスターの情報を横流ししていたんじゃ。密猟団体はメイファから得た情報を元に稀少モンスターを狩猟し、その素材を闇市に流して高額の取引をしておった」

「密猟……」

大長老はさらに話を続け、その密猟団体の大多数を取り押さえる事が出来た事、逃げた残党達はあくどい生業に今も手を染めているらしい事、そしてギルドは総力を挙げて一味の捜索にあたっている事を竜姫に告げた。

「もしもまたメイファが現れたら拘束し、ギルドに連絡して欲しいんじゃ。おぬしの仲間達にもそう伝えてくれぬか?」

「ええ、それは勿論ですわ。あっ……」

ハッと何かに気付いた竜姫は、咄嗟に両手で口を抑える。
メイファによって逃げおおせたベルザスが、再びアリスに危害を加えに行くのではないかという考えが頭を過ぎったのだった。

今、アリス達が向かっているミナガルデはベルザスの故郷でもあると聞いている。ベルザスは罪人として追われている訳ではない。ドンドルマにはもう戻れないとしても、何食わぬ顔で故郷に帰る事は出来るだろう。そうすると、向こうでアリス達が鉢合わせてしまう可能性が生じる。

もしもそうなったら今度は彼女本人か、それとも共に行動するラビやヨモギ、ダイアナがエースの様に……。

「大変ですわ。早くアリス達に知らせなければ!」

今から追いかけた所で間に合うはずがない。だが、すっかり動揺してしまった竜姫は、くるりと踵を返すと一目散に走り出していたのであった。

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