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◆死灰屠り(完/連)
第五話
◇◇◆◇


―駐車場―


――予定していた時間より少し遅れてしまっている。

春日達はもう病院に着いているのだろうか。

俺は車のキーをポケットに入れながら、数歩先の左京と山西の後を追う。

「あら、右京達もう来ているみたいね」

左京が視線を向ける先には、見覚えのある右京の車が見えた。

昨日のミーティングで、右京の仕事が終了したら、春日を学校まで拾いに行き、そのまま病院に行く予定になっていたはずだ。

と、いうことは春日も病院に到着しているという事だ。

「サエ、待ちくたびれているかもしれませんね。急ぎましょう」

俺は軽く小走りで、病院の入口に向かう。

「あらあら、そんなに急がなくても……」

左京の苦笑いを含んだ声を背後から聞きながら、病院の入口である自動ドアを目前にしようとした時、向かいから目深に帽子を被りサングラスを掛けた女性がこちらに走ってくる姿が見えた。

俺は思わずその場に立ち止まる。

女性は、自身の後を気にするようにチラチラと何度も確認しながらも、結構なスピードで走っているようだ。

その様子は、誰かに追われているように見える。

女性は口を紡ぎ、必死な様子で俺の脇を走り抜けて行った。

俺を含め、後ろにいた左京と山西もポカンと走り去る女性を見送る。

「――先程の彼女は、なんだったんでしょうね?」

「要!!今の人どっちに行った!?」

「へ?」

呼ばれた方を向くと、春日が、こちらに向かって走ってくる所だった。

その後ろには右京の姿も見える。

「さっきの女性なら駐車場の方へ向かったわよ」

左京の返答に春日は、「有難う」と言いながら、猛スピードで駆け抜けて行った。

直ぐその後を右京も付いて行く。

俺は右京の走る姿に軽く驚き、魅入ってしまった。

なぜなら、右京の走る姿を見たのは、これが初めてだったからだ。

普段の右京は、と、いうと、椅子に座って書類の束と睨めっこをしたり、分厚い本を読んでいたりと、とても物静かな人だ。

だか、そんな中にも常に凜然とした雰囲気をまとっていて、男の俺から見ても大人のドッシリとした貫禄を感じたりもする。

“右京さんでも、走る事はあるんだ”と、妙な関心をしていると、左京に肩を叩かれた。

「要君!私達も行くわよ!」

俺は、ハッと我に返り、既に走り出してる左京の後を慌てて追った。


◇◆◇◇


駐車場に着くと、春日と右京がこちらに背を向ける形で、立ち止まっていた。

そんな二人に左京が声を掛ける。

「右京、サエちゃん、何かあったの?」

春日は軽く肩で息をしながら左京に向き直る。

「……何か……と言うより不信人物って所……かな。逃げられちゃったけど」

右京は息が乱れた様子もなく腕を軽く組む。

「あの女性、どうやら杉田氏の病室に居たらしいのだが……俺達の姿を見た途端、逃げ出したんだ」

――逃げ出した?

「えっ、て……事は、今回の件に関係があるって事ですか?」

「断言は出来ないがその可能性もあるな」

確かに、逃げるという事は何か隠さなければいけない事がある、という事なんだろうが……。

しかし、何故あんなに目深に帽子を被ったり、サングラスをしていたのだろう?

単純に考えれば顔が、ばれるのを避ける為なのだろうが……

「……あの女性……どこかで……」

山西は考え込むように腕を組み目を閉じた。

「あら、さっきの女性、ご存知?」

左京の問いに、山西は「う〜ん」と唸る。

「なんか、ここまで出かかっているんですが……」

そう言うと、山西は自分の喉元を差し示し、頭をかく。

「……そうですか。――ま、とりあえず杉田さんの病室に行きましょう。山西さん、もし思い出したら直ぐに教えて下さいね」

左京は、腰に手をあてながら右京にそれで良いか?と言うように視線を送る。

右京は、その視線を受け首を縦に振った。


◇◆◇◇
―病院三階―


エレベーターホールに出ると正面にナースステーションが見えた。

白衣を着た看護士が、忙しそうにせかせかと働いている。

「あ、ちょっと待ってて〜」

左京はそう言うと、ナースステーションの方へ向かっていく。

俺達の居る場所からは話しの内容は聞こえないが、どうやら看護士に何かを聞いているようだ。

対応している看護士は、頬を染め何やらノートらしき物を左京に見せ、満面の笑顔で話しをしている。

恐らく、ルックスのよい左京に話しかけられ、嬉しいのだろう。

左京もだが、双子である右京共々、端正な顔立ちで、高身長。

立ち振る舞いや動作には気品を感じ、更には、仕事も出来るので、勿論、高収入。

―――少し……いや、かなりの不公平感を覚えるのは、俺が平凡なサラリーマンだからだろうか。

どうやら話しが終わったのか、左京は去り際に、にこやかに看護士の手を取ると、その手の甲に唇を落とす。

看護士は目を見開き驚きの表情を浮かべるが、口元は終始口角が上がっていて嬉しそうだ。

「――何をやっているんだ、アイツは……」

右京は呆れた風に呟くと、右手で眉間の辺りを押さえた。

「まぁ、左京は立派な獣だからね」

春日は、全くと言っていい程、表情を変えずサラリと言ってのける。

――実は、左京は自他共に認める女性好きだ。

左京曰く、女性は皆、花なのだそうだ。

芽が出ている時は、どんな花になるのか楽しみで、蕾になったら自分が咲かせてみたくなり、花が咲けばその美しさに酔いしれたいらしい。

――解るような、解らないような。

まあ、そんな左京ではあるのだが、普段からお姉言葉を操っている為かついつい中身が獣だという事を忘れてしまう。

そして、周りからも獣だとは思われない。

――時折、“それでよいのだろうか”とも思うのだが、節操無しという訳ではないようなので、今のところは野放しとなっている。

「お待たせ〜」

左京は何時もの微笑みで俺達の元へ帰って来た。

「で、名前はあった?」

春日が左京に問う。

――成る程。

どうやら、左京は訪問帳を見せてもらいに、行っていたらしい。

訪問帳とは、病院に、お見舞いに来た際、名前を記入するシステムなのだが……案外、書かない人も多かったりする。

徹底している病院もあるようだが、大概は任意だ。

そして、この病院でも例に漏れず、訪問帳の記入は、やはり任意だったようだ。

「やっぱり駄目ね。彼女書き込んでなかったみたい。でも、あの女性、杉田さんが入院してから、ちょくちょく来ていたみたいよ。何人かの看護士さんが杉田さんの部屋から彼女が出て来た所を何度か見ているようだし」

「……て、事は、間違いなく彼女は杉田さんに会いに来ている。って、訳ね」

「えぇ、そうなるわね。――とりあえず、この話しはここでおしまいにして、杉田さんの病室に行きましょうか」

一同は頷き、杉田氏の部屋に向かった。







◇◇◇◇


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