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◆死灰屠り(完/連)
第六話
◇◇◇◆◇


―病室―


一定のリズムで電子音が鳴り響く中、杉田 誠は静かに目を閉じていた。

一般の成人男性の身体からははるかに細い……と、言うよりは、“やつれている”という表現が正しいだろう。

真っ白な上掛け布団から、すっかり痩せ細ってしまった腕が管を繋げ俺達の目に映る。

「……杉田」

山西は杉田氏の眠るベッドの側に歩みより、壊れ物を扱うかの様に、そっとその手を握った。

俺はその光景を目の端に入れながら杉田氏を‘見る’。

「――なっっ!!」

‘見た’瞬間、飛び込んできた光景に、ゾワリと氷で背筋を撫でられたような感覚が体、全体に走った。

どす黒い気の塊がまるで巨大な大蛇のように杉田氏の身体に纏わり付いている。

‘見て’いるだけで、内臓を締め付けられているような気分になる……明らかに良いモノではないのは確かだ。

「――これ……本体じゃないわね」

春日は軽く眉間に皺をよせ怪訝そうに呟いた。

その呟きに右京が答える。

「そうだな、おそらく……何かの痕跡だな」

左京は右京の言葉に何かを思い出したのか、ポンと手を打ち、勢いよく俺に振り返った。

「そういえば、杉田さんのマンションでも、何かの痕跡が残っていたんだっけ?」

「え、えぇ、微かにですが……」

春日は「ふぅん」と頷くと、キョトンとしながら、こちらを見ている山西に話しかけた。

「――確か、杉田さんは眠れないって言っていたのですよね?」

「あ、はい。夢見が悪いって……あ、後、眠ると必ず太鼓のような音が聞こえるとも」

春日は、無言のまま右京に視線を向けその視線に右京が静かに頷く。

その頷きを受け、春日は落ち着いた声色で言葉を発した。

「……おそらく、杉田さんは‘呪詛’(じゅそ)を受けているのだと思います」

“呪詛”は所謂、呪いと呼ばれる代物だ。

相手の気を狂わせ、病や怪我、更には、術者本人に力や技術があれば殺す事もたやすい。

「えっ?……呪詛って、確か……呪いみたいなモノですよね?――まさかっ!?」

「そのまさかです。しかも、これは――死に至る程の強い呪詛です」

凛とした、春日の言葉に、山西は、混乱しそうな思考を抑えるように右腕で自分の頭を抱えた。

「ちょっ、ちょっと待って下さい。――じゃぁ、杉田は誰かに恨まれている……て、事ですか?」

「そうなりますね」

山西は淀みなく肯定した春日の顔を、目を見開いて見上げ、二拍程、間を置いて声を荒げた。

「ありえないっ!!こいつは誰かに好かれる事はあっても、恨まれるような人間じゃぁない!!それは友人である俺が断言出来ます!!」

山西はキッと睨む様に春日を見据える。

「山西さん!落ち着いて下さい!」

山西は、ゆっくりと俺の方を振り返る。

「――小泉君」

俺は出来うる限り、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。

「山西さん、今、杉田さんの回りには、あまり良くない‘気’が纏わり付いている状態なんです」

「……気?」

俺達には見えても山西さんには見えない。

そんなモノがあると言われてもピンとこないだろう。

だけど……

「“気”っていうのは、簡単に言えば、常に大気や生き物の中を巡っているモノです。“気”は自然の産物であって、空気と同じで、この世には、なくてはならない物。気が乱れる事によって、自然災害や……人間で言えば病気と呼ばれるものになってしまいます。ですが、いずれ自力で元の正常な流れに戻っていく。常に滞りなく流れているのが正常なんです。……こんな風に一カ所に留まるのは何らかの力が働いているとしか考えられません」

――信じろと強制は出来ない。

だけど、これは紛れも無い事実で、このまま放って置けば確実に杉田さんは死ぬ。

そう断言出来る程に、この呪詛は強いモノだ。

「――杉田さんに纏わり付いている“気”は明らかに穢れた気よ。私達は“瘴気”と呼んでいるけどね。これが人に纏わり付いているという事は、今までの経験上“呪詛”である事は間違いないわ」

山西は俺と左京の言葉に、信じられないといった表情で凝視すると、ゆっくりと杉田氏に視線を戻す。

病室内には相変わらず、一定のリズムで電子音が鳴り響き、窓からは微かに外の雑音が入ってくる。

暫くの時間を有し、山西はポツリと口を開いた。

「杉田は助かるのですか?」

「呪詛を払えば助かります。――ただ」

春日は制服に包まれた、しなやかな身体を白い壁に預けると軽く腕を組む。

「――今、ここで呪詛を払うのは簡単です。ですが、解決には、ならないかもしれません」

「……どういう……事ですか?」

その問いに右京が口を開いた。

「この呪詛を払っても、また新たに呪詛を掛けられる可能性が、あるという事です」

――右京の言う通り、杉田氏を殺す為に、これだけ強い呪詛を放った相手だ。

杉田氏が死ぬまで何度でも同じ事を繰り返す可能性は高いだろう。

「じゃぁ、どうすればいいんですか?」

山西は眉を八の字に歪め、うろたえながら右京を見上げた。

右京は、そんな山西の目を真っ直ぐ見つめ返す。

「呪詛をかけた相手を探し出しましょう」

「で、ですが、俺には杉田を恨んでいる奴なんて検討がつきませんよ?」

右京は、ベッドに横たわる杉田氏に視線を移し、直ぐに山西に向き直る。

「……恐らく、呪詛の本体が来る時間があるはずです。本体が来た時に後を追えば相手が判明するかと」

「そんな事が出来るのですか?!」

「そういう事なら、私に任せてちょうだい」

そう言うと、左京は華やかな笑顔を浮かべた。





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