◆短編
人工知能の子供達1
続き物です。
■1話 人工知能のため息
■2話 超合金の悩み事
雑草を毟る作業は憂鬱だ。
日頃から博士のために食事を調理している私に、命を奪う云々と綺麗事を言うつもりはない。ただひたすらに冬になるまで続く、雑草との戦いが憂鬱なのだ。
「ぐぐ…、ッ、滑る」
あとは純粋に私の無骨な指だと小さな雑草が摘まみづらい。
関節部を軋ませつつ小さな雑草と格闘していると、屋敷の門前へ一台の車が乱暴な運転で止まる。タイヤが軋んだ影響か、土埃が舞い上がるのが映画のようだ。
「セールス、かな?」
今日は客人の予定はないし、見覚えのない車に首を傾げつつも門へと向かう。新聞は読まないし、食材は決まった店から配達して貰っているし、博士が突然思い立って採算度外視の発明をしたりするので無駄に使えるお金はない。
セールスの撃退はお手の物だ。何せ自分の見た目だけで大体のセールスマンは逃げ帰るのだから。
「やあ、エース。私の可愛い子!」
「……、アケロン様」
門越しに胸を張り悠然とした笑顔で迎えられ、人間なら脱力して膝をついている場面だろうか? ロボットである私ですら頭痛がしそうだ。
アケロン=シャンドラー
大財閥の跡継ぎであり、いまだその財を増やしている辣腕経営者。国から貴族の位も与えられている為、社交界にも顔を知られている有名人だ。
博士にとっては幼馴染でありパトロン。私の製造も彼の助力が無ければ成し得なかっただろう事を考えると、私の事を『子供』というのもあながち間違いではないだろう。
だからこそ、彼がこうも唐突に供も連れずにやってきたことが恐ろしくて仕方がない。比較的平和なこの国であっても、暗殺や誘拐が皆無とは言えないのだから。
「今の運転は貴方が?」
「そうとも! 最近運転などする機会がなかったものでね、少々荒っぽくなってしまったが無事に辿り着いたよ!」
少々。
彼の言葉にチラリと車を見れば既にどこかにぶつけてきたのだろう凹みや擦り傷が多数みられ、なにがあったのか後部座席の窓は割れている。幸いタンパク質の反応は感知出来ていないので生き物を害している訳ではないのだろうが、無事の認識からは著しく外れていた。
「お抱えの運転手が居る筈でしょうに、なぜこんな無謀を……」
どうやら怪我はしていないようで元気ではあるものの、危険を冒した事は否定できない。横長のモノアイを手で覆って理解出来ないと示すように首を振るが、アケロン様はそんな事を気にした風もなく嬉しそうに語る。
「大丈夫だ、私有地しか走っていないから。私がこの研究所と自宅の間に地下道路を作った事は知っているだろう? ぜひ私自ら試走してみたくてねぇ!」
目を子供のように輝かせ、いかに素晴らしいドライブだったかを語るアケロン様に、良く知った顔が重なった。彼もよく研究成果をアケロン様と同じような顔をして語る。
(本当に、この人は博士の友達だなぁ)
帰り道には危なくて使えない車から視線をずらしつつ、彼を招き入れいるために門へ信号を送る。ゆっくりと開いていく門と存在そのものが面倒な客人にコッソリとため息を漏らした。
「げぇッ、アケロン!」
アケロン様の姿を確認した瞬間、博士の眉間に深い皺が出来た。難しい論文を書いている時ですら楽しそうな博士にしては珍しい表情だ。
「なんだい、その声は。歓迎ならもっと嬉しそうにしてくれたまえ」
対してアケロン様はあからさまな博士に気を悪くしたでもなく、軽く肩を竦めるとまるで博士が冗談でも言ったかのように受け流す。対応が実に上流階級らしい。
「嬉しくないんじゃないでしょうか?」
「そんな訳があるまい、なにせ私とバレーノは親友だぞ?」
「……そうですね」
久しぶりに聞いた博士の名前を懐かしく思いながら、アケロン様の言葉に適当に頷いた。面倒になったと言い変えてもいいだろう。
「早々に諦めるんじゃない、エース」
「私、無駄な燃料使いたくないんですよ。旧式だから燃料の減りも早くなってますし」
不機嫌そうな表情で私の背中をポコポコ叩き、八つ当たりする博士の方がまだ御しやすく言葉もちゃんと通じる。どんなネガティブな言葉でもポジティブに変換してしまう機能を持ったアケロン様には柳に風、攻撃が当たらない相手には勝てる訳もない。
「アケロン、エースにセクハラしてないだろうね?!」
「する訳がないだろう。君じゃあるまいし」
「わ、私はそんな事、し、しない!」
嘘の吐けない博士の声は裏返り、突っかかった言葉はあからさまに何かしましたと言わんばかり。実際セクハラに近い『何か』はあったのだけれども、合意だったしわざわざアケロン様に言う気もない。
だが、彼の言葉はその想像の上を行った。
「快楽機能、使っただろう?」
ピシリ、と空気が音を立てて凍る。
ギギギと軋む音を立てながら博士の方へ顔を向けると、顔色を真っ青にして口元をひくつかせていた。どうやらその態度からアケロン様に自分で話した訳ではないようだが、それならば何故彼は知っているのか。
「忘れていたな、バレーノ。アレは組み込む時に使ったら私に連絡が来る事を条件につけたんだぞ? 『もし私がエースの意志を無視して無体を働いたら止めてくれ』と殊勝な事を言っていたのに」
「あ……、わ、忘れて、た」
「博士、貴方という人は」
馬鹿である。頭はいい筈なのに時々呆れるぐらい馬鹿。
「いつもと変わりないエースの様子からバレーノが無理を強いた訳ではない事はわかった。だが、だからこそ約束を果たして貰うぞ?」
「約束?」
「そう。人とロボットの間に一方的ではない性的交流がなされた時、私専用のロボットを作ってくれると約束したんだ」
「博士?」
実に嬉しそうに微笑むアケロン様とは対照的に、博士の顔色は青を通り越して白い。
「そ、そんな事、覚えて……」
「きっとそういうだろうと思っていたから、弁護士立ち合いの下に書いた契約書がある」
「は〜〜か〜〜せ〜〜?」
「ひ、ひぃっ」
どうやら今日は長い一日になりそうだ。
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