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◆短編
人工知能のため息(ロボット)
笑い合う弟妹を見守りながら私はコッソリとため息をついた。
様々な色合いの綺麗な髪の毛、屈託無く笑う笑顔、ほっそりとした手足に、スリムなボディ。
どれも私には無い物で、私は自分の無骨な身体に内心ガッカリとしてしまう。
言葉に出さないのは皆が悲しい顔をするからだ。

私は博士が作り出した人工知能搭載の家事ロボット、その初号機。
広い視野を確保する為に横長の一直線に取られた眼部、表情どころか何処が顔かすら分からない頭部、重量物でも軽々と持ち上げられる無骨な腕部、安定性を保つ為に太く作られた脚部、丸みを帯びた腹部にはメタボリックという言葉が浮かぶ。

「エース兄さん!」

「ああ、ジャネット。今日はメンテナンスかい?」

「はい! 久しぶりに兄さんに会えて嬉しいです」

小さな妹の頭に機械の大きな手で慎重に撫でる。
彼女も機械ではあるのだが、人を模して作られているため華奢で壊れやすい。
愛らしい笑顔の彼女を壊さないように丁寧に腕を動かした。

博士の作ったロボットたちは皆、人工知能を搭載している。
我々をただ単なる機械ではなく、家族なのだから嫌な事は嫌、嬉しい事は嬉しいと伝えて欲しいと言う博士は、変な人だと思う。
けれど、とてもとても優しい人。

是非にと乞われて弟妹を養子に出す時も、毎回涙腺が壊れてしまうのではないかという位泣き、定期的にその様子を報告し、メンテナンスする事を義務付けていた。
貰われた先の誰もが良い人で、弟妹達はいつもメンテナンスに帰ってくる度に嬉しそうに新しい家族の話をしてくれる。

「ジャネット、メンテナンスするぞー」

「あ、はーい! じゃあ兄さん、あとでね」

「ああ、行っておいで」

タタッと走り出す妹に振る私の腕は、ギシギシと軋んだ音を立てる。
初期型の私を作った時、博士はまだ人型で作る事を思い浮かべてなかったらしく、私の姿はロボロボしい。

強さなら数いる兄弟の中でも随一だろう。
だが、私の人工知能はこの姿にため息をつく。

私はこんな姿だから貰い手がつかないのだ。



人間である博士の為に夕食の支度をしながら、今日は泊まって行くじゃネットとまだ稼動して間もない弟妹の為の食事も用意をする。
ロボットといっても人型の彼らに給油ノズルを押し込むのは見た目的に問題があるので、可愛らしいボトルに入れた栄養剤風のドリンクで給油してもらう。

私は腰部にある給油口からノズルを突っ込んで自力給油が出来るので、態々そんな手間のかかる事はしない。
背中に付けられたパネルを使い、太陽光からエネルギーを作る事も出来るので、なかなかにコストパフォーマンスの面でも優れている。
弟妹達の髪の毛にも応用出来ないものかと博士が四苦八苦していたが、成功したという話はトンと聞かない。
おそらく失敗を繰り返しているのだろう。

「兄さん、なにかお手伝いすることあるかしら?」

ひょっこりと顔を覗かせたジャネットは先程よりも肌の艶がいい。
メンテナンスする前は気付かなかったが、多少疲労があったのだろう。

「じゃあ新しい子達に食事を配ってくれるかい?」

「まかせて!」

液体状の食事はそれなりの重さもあるのだが、ジャネットは重さを感じさせず、ひょいと持ち上げた。
ひ弱に見えて心配してしまうが、彼女もロボットなのだと忘れかけていた自分に苦笑してしまう。

ひとつ仕事が片付いたので、あとは博士の分の食事を作ればおしまいだ。
味見は出来ないがいつも通りに調味料を入れたので大丈夫だろう。

お玉を摘み、スープ用の器にシチューを注ぐ。
ほかほかと湯気をたてるそれは機械の私が見ても美味しそうだった。



「ん、んーー! 今日もエースは料理上手だな」

熱々のシチューを頬ばった博士は嬉しそうに笑う。
シチューは博士の好物だ。
最近沢山のメンテナンスが入って忙しそうな博士にせめてもの労いだったのだが、喜んで貰えて私も嬉しい。

「これでメンテナンスも一段落ですか?」

「ああ。ジャネットに少しパーツ異常があったけど、たいした問題じゃないしこれでメンテナンスは一段落だ」

にこりと笑う博士の目元に皺が寄る。
ぼさぼさの髪の毛とよれよれの白衣さえ何とかすれば、カッコイイ部類に入る顔立ちなのだが、博士にとってそれは大事な事ではないらしく全く気にしない。
顔立ちに、というか姿形にコンプレックスのある私からすれば非常に勿体無いのだが、持っている者からすればたいした事ではないのだろう。

博士がこういう性格だから、私達が生まれた。
そう思えば感謝こそしても、羨むことではないはずだ。

カシャンと小さな音を立てて博士がスプーンを置いた。
シチューの時はいつもおかわりするので、今日もそうだろうと器に手を伸ばそうとしたが、まだ器にシチューが残っている。
どうかしたのだろうか?

「エース」

「はい、なんでしょう」

珍しく硬い声の博士に、私の人工知能が跳ねる。
もしかしてそれなりの対応年数を消化した初期型である私を処分するという話だろうか?

ありえない話ではない。
むしろいつその話が来てもおかしくは無かった。
今まで使ってもらえたのが奇跡だったのだ。

「お前を養子にしたいと言っている人がいる」

「は?」

思いがけない言葉に思考がついていかない。
それは私を貰ってくれるという奇特な人がいて、まだ私に動く理由をくれる人がいるという事だろうか?

「はあ」

「お前が嫌だったら断ってもいいんだぞ? 奴は他の型じゃ駄目だと言ってるからお前に話をしたが、お前が嫌なら絶対何があっても断るからな!」

奴、という事は知り合いなのだろうか?

「誰なんですか?」

「アケロンだよ」

博士が嫌そうな顔をして名前を口にする。
なるほど、やはりというか彼だったかと納得すらしてしまった。

アケロン様は博士の1番のパトロンであり、1番の理解者である。
どうやら幼馴染みであるらしい彼らは、幼い頃から人と一緒に暮らすロボットに憧れ、研究してきた。
実際にロボットを作る博士と、資金面で博士を支えてくれるアケロン様。

言うなれば、彼も私の父である。

「今更ですねぇ……」

「以前から打診はされてたんだけどね、あいつのエースを見る目が怪しいから門前払いにしてたんだよ!」

「アケロン様もロボット好きですからね、私のようなごつごつしたボディの物の方が好きなんでしょう」

わかりやすい機械の身体を好む者もいる。
護衛やボディガードという面では私のボディの方が有利な面もあるからだ。
勿論入り口で入場を断られる事も多いから、人型の方が好まれるのは事実だが。

「なんかエース、了解しそうな感じ?」

「ええ。別に断る理由はありませんし、こんな旧型でも望まれて使っていただけるならありがたい事です」

「セクハラされちゃうよ?!」

「この身体にどうやってするんですか」

硬質な身体に体当たりするように抱きつきながら子供のように愚図る博士の頭を撫でた。
冷たい身体に伝う液体は、博士の涙だろうか?

「エースは私と離れても平気なのか?」

「そりゃ博士は私が管理をしないと食事もお風呂もおざなりにしますから心配ではありますが……」

「そうだろう、そうだろう?!」

「でも後任の弟妹に任せていけば……」

「エースの変わりなんていないだろう!」

食事を作る時につけていたエプロンを掴み、博士が前後に揺さぶろうとする。
人間の力で動くような重量ではない私の身体は、前後に動くどころか揺さぶろうとした手がガンガンと硬質なボディに当たって音を立てた。

「博士は一体どうしたいんですか?」

顔を上げた博士の赤くなった鼻頭は泣いたせいなのか、ボディにこすりつけたせいなのかわからないがとにかく痛そうだ。
壊れものを触れる時のよう慎重に博士の顔を撫でた。

何故博士はこんな事を言うのだろう?
なんと答えたら正解なのだろう?

「駄目だ、エースは余所にやらないからな!」

「は、はあ……」

何故博士はこんなに怒っているのだろう?
私にはまだその答えがわからない。
いつかわかる日が来るのだろうか?



「それは兄さんが悪いわよ」

「そうなのか?」

私は工具を、ジャネットは食器を磨きながら、久しぶりに兄妹で会話する。
明るく朗らかな妹に駄目だしされて、兄としては少し情けない。

「ええ、そうよ。大体兄さんがずっとお父様の傍にいる理由を考えるべきだわ」

「それは私に貰い手が付かないから……」

「そんなわけ無いじゃない! 天才のお父様が作り出したはじめてのロボットよ? 博物館だって科学館だってそれこそ美術館でだって欲しいと思われてるはずよ」

「美術館って……、私のボディは旧型の無骨なデザインだよ」

自分の腹部を撫でると少しだけ機械油で黒く汚れた。
まあ、普段のメンテナンスで使う物とあまり変わりも無いので問題ないだろう。

「なに言ってるのよ! 兄さんはカッコいいもの!」

「あ、ああ、そう」

アケロン様が資金を出し、博士が作り、私が世話をする。
この流れで生み出された弟妹達はみな、私の事を慕ってくれた。
勿論嬉しい、嬉しいのだが……、

(美的センスがおかしい)

「そうだよな! エースのデザインはかっこいいよな!」

「お父様もそう思いますよね! やっぱり兄さんが1番素敵だもの!」

いつの間にか傍に来ていた博士に、ジャネットが嬉しそうに同調する。
この親にしてこの子ありというか、なんというか。

(ボディの作り変え頼んだら泣かれそうだなぁ)

彼らの悲しい顔が見たくなくて、私の人工知能は今日もため息をつくのだ。


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