◆短編
超合金の悩み事1
人工知能のため息 の続きになります
「嫌だね」
取り付くしまも無い冷たい声で博士は言う。
その気持ちがわからなくもない私は、内心で苦笑いした。
「どうぞ」
「あ、すみません。ありがとうございます!」
スーツ姿の若い男性に冷たいお茶を出すとぺこりと頭を下げる。
博士は早く追い出そうとしているようだが、ロボットである私にもキチンと応対してくれるいい人のようだ。
「大型のロボットなんて作って軍が何に使うつもりだ? ロボット達はみんな私の大事な子供なんだ、人殺しの道具になんてさせるつもりはない!」
「違います! 災害時に自分で考えて救助を行えるロボットが欲しいんです、絶対に戦争や争いになんて使いません!」
「信じられると思うのか?」
「信じて貰わなければ何かあった時に被害が拡大してしまいます、信じて貰えるまで通うだけです!」
瞳に熱持った青年は熱く博士に語る。
きっと彼は努力で今まで物事を何でもこなしてきたのだろう。
人の良さそうな……、悪い言い方をしてしまえば騙されやすそうな人柄のようだ。
「自分で考えて救助を行う……ね」
博士が吐き捨てるように言った。
私達には優しい人だがロボット達の事になると、途端に人が変わったように攻撃的になる。
兄弟達を守ろうとしてくれているのは判るのだが、攻撃的な博士は少し怖い。
「そうです! 救助するロボットが自分で考えられれば救助率は上がると思います。それも天才である貴方が作ったロボットなら尚更です」
「君は馬鹿なんだろうな」
「それは、貴方に比べれば……」
「違う、感情があるという事がどんな事なのか全くわかっていない」
博士が彼を真っ直ぐに見据えると、青年は怒られた子供のように背をピンと伸ばしコクンと喉を鳴らした。
「救助者を救えなかったら? どちらかを助けてどちらかは諦めなければならない事態になったら? 自分の判断のミスで誰かの命が失われたら? 感情を持てばそんな事態に一々傷つく」
「あ……」
「誰かがやらなければならない事なのは重々承知している、だけどそれを私の子供に押し付けようとするな。お前達には幾らでも代えの聞くロボットだろう、だけど私にとってはどの子も掛け替えのない子供だ」
「……」
博士の言葉に青年は顔の色を無くす。
彼はやはりいい人だ。
少し考えが浅い所はあるのだろうけれど、私たちロボットの事を思って落ち込んでくれている、自分の事のように私達の事を考えてくれている。
「今まで工事用の重機や建設用の機械なんかは軍の要望で作ってやったが、今回は絶対に受け入れない。元々私には軍のいう事を聞いてやらなければならない義理はないんだ」
青年から視線を逸らし、博士は窓の外をじっと見た。
窓の外ではまだ心の幼い兄弟が笑い合いながら遊んでいる。
博士は守りたいのだろう、兄弟達を。
だからこそ私は言わなければいけない。
「博士」
「ん、どうしたエース?」
「兄弟達の意見を聞かずに一方的に断るのもどうかと思います」
何を言われたのか理解出来なかったのか博士は一瞬目を丸くして、そして机をバアンと手を打ちつけながら立ちあがった。
「なっ、エース! お前は自分の弟や妹達が可愛くないのか?!」
博士は私のエプロンを掴み前後に振りたてる。
残念ながら私の重たいボディは動く気配すらなかったが、エプロンがビッと嫌な音がした。
ああ、少し破れてしまっただろうか?
私の大きな指では針に糸を通すのは中々に困難なのに……。
「可愛いです、どの子も心が成長するまでずっと私がお世話してきましたから」
「だったら!」
「だからこそ彼らが人の為に働きたがっている事を知っています。人の役にたちたいと思う彼らの気持ちを聞かずに、判断してしまうのはどうかと思います」
博士はまるで苦いものを飲んでしまった時の様な顔をした。
「私達は人間が大好きです。大好きな人間を不幸な事故から助けられるかもしれないのに諦めたら、兄弟達にもそれは不幸なんです」
「……エース」
本当は博士にも分かっている。
私達を生み出したのは博士なのだから。
「でも博士の心配も凄くわかります。……だから、兄弟の身体を2つに分ければいいんです」
「分ける?」
「はい。普段は人型のロボットで過ごして博士のメンテナンスにはその姿でくるんです、大型の身体では動き難いですからね。そしてなにかあれば大型のロボットに精神を移して救助をする」
「それは、……いや! 大型の方の機体メンテナンスが行き届かないだろう」
「それは人型の時に自分でさせればいいんです。私達は自分の身体だから弄れませんが、別のボディなら機体のメンテナンスも可能です」
「ぐ、ぬ……」
悔しげに表情を歪める博士を、青年はポカンとした表情で見つめていた。
事の展開についていけなかったのだろう。
「おいっ!」
「は、はいっ!」
「私の子供がど〜〜〜〜しても! やりたいと言ったら作ってやらん事もない」
「え、え、あの……」
「結果は兄弟次第ですが、可能性はまだ残っているという事です」
噛み砕いて説明すると理解出来たのか、青年はぱあっと表情を明るくする。
「ありがとうございます!」
思い切り下げた頭が、机にぶつかりゴンと部屋に響いた。
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