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ハルノヒザシ
2・(三好視点)
 あの日も俺は、図書館に寄って、食堂で飯を食べてから自室に戻ってきていた。
今みたいに、わざとそうしているのではなく、当然のこととして、何事も思わずに。
藤堂の奴のことはへらへらしているが衛士の取り巻きだということはわかっていたので、なるべく深くはかかわらないようにしていた。ただ、挨拶されたり、話しかけられたら、部屋に居るときはそれなりに返していたとは思う。
 本音を言えば、少しは嬉しかった。
 狭城に来たとはいえ、相変わらず人との接し方がわからない俺は、結局のところ一人のままだったから。クラスでは話すことはほとんど無かったとしても、部屋ではルームメイトとして接してくれる藤堂の声がありがたかった。
 そう例え。藤堂の奴が衛士にべったりで、週の半分は部屋に戻ってこなかったとしても。藤堂の奴がマゾヒストで、しょっちゅう衛士に傷つけられては、シーツやシャワールームを血で汚していたとしても。衛士が居るときの藤堂を俺は知らないし、藤堂の奴は部屋ではいつもあの軽い調子でへらへらしているもんだから、多分衛士と同じでどっか外れている奴だとはわかっていたけど、そんな俺には関係ないことは遠かった。ただ、なんとなく表面上だけ、部屋でだけ、普通に接することができるだけで、俺は嬉しかった。
「?」
その日も開けっ放しだったドアを開けて、玄関に入ると、藤堂の革靴とは別に、スニーカーが乱暴に脱ぎ散らかされているのに気づいた。
 なんか見たことあるスニーカーだなと思いながら、部屋に入り扉を閉めると、リビングの方から物音がした。うめき声のような音に、妙に思っていた瞬間。 絶叫。 俺は、慌ててリビングルームに飛び込んだ。血の匂い。
目の前に広がる光景に俺は、一瞬眩暈がした。

「ははっ。三好か」
サディスティックな笑みを浮かべる衛士の手には血の滴るバタフライナイフ。
「あ゛、あっ…、海ちゃん、もっとお……」
衛士の下で喘ぐ、藤堂の裸体には、幾筋も赤い線が走り、血が溢れていた。
血まみれなのに、恍惚に溶けた藤堂の表情に、男同士とかそんなもんを通り越したおぞましい異常な行為に、ぞっと俺の背筋を嫌悪感が駆け抜ける。あまりのことに足が動かなかった。
「な、に、してんだ。お前ら……」
「混ざるか?けっこうこいつ具合いいぜ。なあ。鋼。お前も三好君に虐めてほしいよな?虐めてほしいって言ってたもんな?」
「うんっ!!虐めてほしいっ!痛くしてほしいっ!!ああああ゛あ゛あ゛っ!!!!」
藤堂が最後まで言い切る前に、衛士が藤堂の掌にバタフライナイフを突き立てた。藤堂が絶叫し、悶える。衛士が、けらけら笑う。
「うけんだろ。こいつ。これがいいんだってよ。犬以下だな。喜びやがって。ほんとつまんねぇ」
おらっと、衛士が乱暴に髪の毛を掴んで、藤堂の顔を上げさせる。藤堂の綺麗な顔は、血と涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃだった。でも、笑う。唇が持ち上がって、血まみれの歯がのぞく。
「とう、どう……」
「とうや、くうん。……ねぇ……、僕たち、友達だよね。お願い、虐めてぇ、ぼくのこと」

その日、俺は「おかえり」を聞けなかった。
俺は、ただその一言に、「ただいま」を返せるだけで幸せだったのに。
俺がほしかったものをくれた相手が、どうして、お前だったんだろう。
俺は、藤堂の笑顔を見た瞬間、弾かれるように部屋を後にした。
血まみれじゃなければ、藤堂の笑顔はいつもと同じだった。
頭が、ガンガンと傷んだ。吐き気がした。叫びたくなった。何もかも嫌になった。
結局その日は、部屋に戻れなくて、一晩中、外をうろついて過ごした。
夜が明けたころ、疲れたはてた俺が、部屋に戻ると。
藤堂が血まみれのまま、一人、部屋で気絶していた。
しんとする部屋で、嗚咽が溢れそうなのを堪えて、俺は保険医を呼びに行った。
その日以来俺は、部屋に帰るのが嫌になった。
だから、あんなことが起こっても。
俺にはどうすることもできなった。
俺は、藤堂を見捨てたのだろうか。
俺が、悪かったのだろうか。
俺は、卑怯者なのだろうか。
俺は、臆病ものなのだろうか。
俺は、人に愛されることなどあってはならないのだろうか。

だって俺はあの日友達を裏切ったのだから。

今日も前田はお休みで。一人、部屋に戻ろうとすると。
頭がくらくらして。
なんだか、あの時の感情が戻ってきたようだった。
この頃、扉を開けるときに何か思うことなどなかったのに。
扉を開けるのを俺の手がを拒んでいるような気がした。


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