[携帯モード] [URL送信]

RAPTORS

 翌朝。
 鶸が目を覚まし、誰か居ると気付いて横を見ると、黒鷹の寝顔があった。
 ああそうだったと、やっと昨夜の事を思い出し、洞窟の割れ目から日の光を見た。
 もう、起きても良い頃だ。
 彼は干し草からはい出て、黒鷹を揺らし起こそうとした。
「起きろー。朝だぞー」
 一瞬の違和感は、物質が空気を切る音と共に散った。
「〜〜っ!!」
 違和感の正体はコレだった、そう考え付く余裕は無い。
 慌てて小刀を避けようとしたが、間に合いそうにない。
 斬られる――と思った時。
 ふいに小刀の動きが止まった。
「…おはよ」
 間の抜けた黒鷹の一言。
「おはよう!…じゃねぇよ!!」
 鶸がノリツッコミで怒鳴る。
「ふあぁ…隼もおはよ」
「隼?」
 欠伸混じりで言った黒鷹の視線を追えば。
「どうやら快適なお目覚めの様で何よりです。…ったく」
 洞穴の入口に隼が立っている。
「なんか新しい得物持って来たんだな」
「お前のお目覚めにピッタリかと思って」
「エモノ?」
 鶸はよくよく目を凝らす。
 黒鷹の小刀に、銀糸の様な物が巻き付いている。
「鶸動くなよ」
「なんで?」
「動けばみじん切りだ」
 鋼の糸を部屋中に張り巡らしている。
「…早く言え、そういう事は…」
 知らずに動いていたら、黒鷹に斬られるより酷い事になっていただろう。
 隼は指先で糸を動かして、小刀を捕らえていたそれを自分の手中に帰した。
「面白そうー。今度俺にやらせて」
 黒鷹が好奇心いっぱいに言う。
「事故って何斬るか分からねぇから駄目だ」
 ぴしゃりと断られる。
 隼は部屋に入りながら、鶸を見て言った。
「危ねぇ事しやがる」
「それって俺が言われる台詞かぁ!?」
 言ってる本人が一番危ない。
「素人が俺を起こすなって事」
 黒鷹がすまして言う。
「素人!?俺って素人なのか!?こんなに付き合い有るのに!?」
「なら、コイツ起こす時は腕失うって事くらい覚えとけ」
「五年も経てば忘れるって!」
 五年とはかくも長い物であったらしい。
「鶸様」
 出入口のカーテンの向こうから、女の声がした。
「春蘭か。入れよ」
 “しゅんらん”と呼ばれた女は、鶸の手下であるらしい。
 だが彼より歳は上に見え、無論数倍落ち着いていて賢そうだ。
「これは、親王様と隼様、大変失礼致しました」
 二人の姿を見つけ、彼女は畏まった。
「構いませんが…何かあったのですか?」
 相手につられて、隼も家臣口調になる。
「うわ、久々に聞いた。隼のご丁寧言葉」
 後ろの冷やかしには目もくれない。
 春蘭は言った。
「私達は貴方様の革命に参加する事を決めました。皆腕のたつ者故、多少はお役に立てると思います。――どうか、よろしくお願いします」
「…だ、そうですよ?王子」
 こんな時にはあくまで家臣となるらしい。自分に決定権は無いと言わんばかりの流し方。
 受けた黒鷹は難しい顔をしている。昨夜自分から頼みながら、実はまだ迷っているようだ。
「本気か?戦に出るんだぞ?」
 代わりに鶸が、春蘭に問う。
「覚悟は出来ております。祖国のお役に立てるならば、怖い物はありません」
「…そうか」
 鶸はどこと無くがっかりしている。黒鷹も了承せざるを得ない。
「分かった。共に闘おう。…仲間は何人だ?」
「二十人…十歳以下の子供が八人ですが」
「そうか。ありがとう。下がっていいぞ」
 春蘭は一礼して去っていった。
「早かったな」
 いつものモードで隼は言った。
「二十人か…」
 黒鷹は呟く。
 いくら味方が増えても、今の数では到底、天に敵う筈も無い。
 だが黒鷹の感じる責任の重さは、それで十分だった。
 人数分の命が、彼の息を詰まらせる。
「何人、生き残れるんだろう…」
 ぽつりと、口から滑り落ちた。
「何言ってんだよ…!」
 鶸が心外とばかりに言う。隼も同じだ。
「頭のお前がそんな弱気でどうする」
「でも…」
「いいか、これは革命だ。反乱じゃない。成功しなければ意味が無い。何が何でも、革命をするんだ」
「犠牲の事考えたのか!?」
 黒鷹は、そんなつもりは無かったのだが――つい声を荒げた。
 隼は溜息をつく。
「…そればっかりは、なるべく最善を尽くす…としか言えない」
 黒鷹も口を閉じる。問い詰めておきながら、答えはそれしかないのは解っている。
 引き返せないのは重々解っている。だが――
「どうすればいい…」
 誰に言うでもなく、口をついて出る。
 しばしの沈黙の後、隼は姿勢を正して言った。
「…直接の解決策にはならないかも知れないが…一つ案がある」
「何?」
 隼の言葉に黒鷹は顔を上げた。
 隼は一瞬躊躇い、しかしはっきりと言った。
「根と同盟を結ぼう」
 黒鷹と鶸は、思わず目を見開く。
「――根の国と…!?」
「地と根が結べば、天に対抗し得るかもしれない…。どうだろうか?」
「そりゃま、そうだろうけどよ」
 考える風を見せる黒鷹の横で、鶸は言った。
「同盟を結べば、そりゃ戦だって何とかなるだろうけど!でもそれまでが問題だろ?根が、同盟どころか、話を聞くとも思えない」
「だがそれで諦めている場合じゃない。――黒は?やはり無理と思うか?」
「いや――」
 考えながら、黒鷹は言った。
「兵の数を確保するなら、それしか無い。捕まって全員殺される事を思えば、同盟結ぶ為に何だってする。……でも」
「何だ?」
「お前はそれでいいのか?」
「――何故?」
 自覚はあるが隠そうとするのか、自分で知らぬふりをするのか。
「お前について来いとは言わない。だが必ず関わる事になる」
「…生まれ故郷の記憶は無いんでな、生憎」
「何があるか判らねぇぞ?根の人々からの迫害も有り得る。…記憶が無いなら尚更」
「イジメに付き合ってやれる程弱かねぇと思ってんだけどな。寧ろ、考えられるのはその逆だ」
「逆?」
「お前が危険な目に合うって事だよ、クロ。俺がこの国で遭ってきた事の様に」
 黒鷹は息を呑んで友を見詰めた。
 今まで、その事を多く語らなかった隼。
 だからつい、忘れそうになってしまう。
 二つの国の憎しみ合い。それを乗り越えて、隼が今ここに居る事を。
「それなら…さ。おあいこだろ?」
「は?」
「お前と俺。地と根。それぞれ危ない目に遭って、おあいこ」
 険しい顔で黒鷹を見る隼の横で、鶸が爆笑を始めた。
「そん時は俺も混ぜてくれよっ…て、それじゃニ対一で負けちまうな」
「だな」
「意味分かんねぇよ」
 笑う二人を前に馬鹿馬鹿しくなって、隼は吐き捨てた。
「俺は地の臣だ。使いに俺以上の適任は居ないだろ…俺は根に行く。そのつもりだ」
「止めはしない。だが俺も行く」
「それは――」
「お前一人を殺させる訳にはいかない。それに同盟なら、王が行かなければならないだろ」
「王、ね…」
 国は無いが、順番的には現在の王は黒鷹だ。
「なんか、似合わねぇ」
 からかった訳では無く、これが鶸の正直な感想。
「自分でもそう思うよ」
 薄く苦笑して黒鷹は言った。




[*前へ]

6/6ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!