RAPTORS
6
翌朝。
鶸が目を覚まし、誰か居ると気付いて横を見ると、黒鷹の寝顔があった。
ああそうだったと、やっと昨夜の事を思い出し、洞窟の割れ目から日の光を見た。
もう、起きても良い頃だ。
彼は干し草からはい出て、黒鷹を揺らし起こそうとした。
「起きろー。朝だぞー」
一瞬の違和感は、物質が空気を切る音と共に散った。
「〜〜っ!!」
違和感の正体はコレだった、そう考え付く余裕は無い。
慌てて小刀を避けようとしたが、間に合いそうにない。
斬られる――と思った時。
ふいに小刀の動きが止まった。
「…おはよ」
間の抜けた黒鷹の一言。
「おはよう!…じゃねぇよ!!」
鶸がノリツッコミで怒鳴る。
「ふあぁ…隼もおはよ」
「隼?」
欠伸混じりで言った黒鷹の視線を追えば。
「どうやら快適なお目覚めの様で何よりです。…ったく」
洞穴の入口に隼が立っている。
「なんか新しい得物持って来たんだな」
「お前のお目覚めにピッタリかと思って」
「エモノ?」
鶸はよくよく目を凝らす。
黒鷹の小刀に、銀糸の様な物が巻き付いている。
「鶸動くなよ」
「なんで?」
「動けばみじん切りだ」
鋼の糸を部屋中に張り巡らしている。
「…早く言え、そういう事は…」
知らずに動いていたら、黒鷹に斬られるより酷い事になっていただろう。
隼は指先で糸を動かして、小刀を捕らえていたそれを自分の手中に帰した。
「面白そうー。今度俺にやらせて」
黒鷹が好奇心いっぱいに言う。
「事故って何斬るか分からねぇから駄目だ」
ぴしゃりと断られる。
隼は部屋に入りながら、鶸を見て言った。
「危ねぇ事しやがる」
「それって俺が言われる台詞かぁ!?」
言ってる本人が一番危ない。
「素人が俺を起こすなって事」
黒鷹がすまして言う。
「素人!?俺って素人なのか!?こんなに付き合い有るのに!?」
「なら、コイツ起こす時は腕失うって事くらい覚えとけ」
「五年も経てば忘れるって!」
五年とはかくも長い物であったらしい。
「鶸様」
出入口のカーテンの向こうから、女の声がした。
「春蘭か。入れよ」
“しゅんらん”と呼ばれた女は、鶸の手下であるらしい。
だが彼より歳は上に見え、無論数倍落ち着いていて賢そうだ。
「これは、親王様と隼様、大変失礼致しました」
二人の姿を見つけ、彼女は畏まった。
「構いませんが…何かあったのですか?」
相手につられて、隼も家臣口調になる。
「うわ、久々に聞いた。隼のご丁寧言葉」
後ろの冷やかしには目もくれない。
春蘭は言った。
「私達は貴方様の革命に参加する事を決めました。皆腕のたつ者故、多少はお役に立てると思います。――どうか、よろしくお願いします」
「…だ、そうですよ?王子」
こんな時にはあくまで家臣となるらしい。自分に決定権は無いと言わんばかりの流し方。
受けた黒鷹は難しい顔をしている。昨夜自分から頼みながら、実はまだ迷っているようだ。
「本気か?戦に出るんだぞ?」
代わりに鶸が、春蘭に問う。
「覚悟は出来ております。祖国のお役に立てるならば、怖い物はありません」
「…そうか」
鶸はどこと無くがっかりしている。黒鷹も了承せざるを得ない。
「分かった。共に闘おう。…仲間は何人だ?」
「二十人…十歳以下の子供が八人ですが」
「そうか。ありがとう。下がっていいぞ」
春蘭は一礼して去っていった。
「早かったな」
いつものモードで隼は言った。
「二十人か…」
黒鷹は呟く。
いくら味方が増えても、今の数では到底、天に敵う筈も無い。
だが黒鷹の感じる責任の重さは、それで十分だった。
人数分の命が、彼の息を詰まらせる。
「何人、生き残れるんだろう…」
ぽつりと、口から滑り落ちた。
「何言ってんだよ…!」
鶸が心外とばかりに言う。隼も同じだ。
「頭のお前がそんな弱気でどうする」
「でも…」
「いいか、これは革命だ。反乱じゃない。成功しなければ意味が無い。何が何でも、革命をするんだ」
「犠牲の事考えたのか!?」
黒鷹は、そんなつもりは無かったのだが――つい声を荒げた。
隼は溜息をつく。
「…そればっかりは、なるべく最善を尽くす…としか言えない」
黒鷹も口を閉じる。問い詰めておきながら、答えはそれしかないのは解っている。
引き返せないのは重々解っている。だが――
「どうすればいい…」
誰に言うでもなく、口をついて出る。
しばしの沈黙の後、隼は姿勢を正して言った。
「…直接の解決策にはならないかも知れないが…一つ案がある」
「何?」
隼の言葉に黒鷹は顔を上げた。
隼は一瞬躊躇い、しかしはっきりと言った。
「根と同盟を結ぼう」
黒鷹と鶸は、思わず目を見開く。
「――根の国と…!?」
「地と根が結べば、天に対抗し得るかもしれない…。どうだろうか?」
「そりゃま、そうだろうけどよ」
考える風を見せる黒鷹の横で、鶸は言った。
「同盟を結べば、そりゃ戦だって何とかなるだろうけど!でもそれまでが問題だろ?根が、同盟どころか、話を聞くとも思えない」
「だがそれで諦めている場合じゃない。――黒は?やはり無理と思うか?」
「いや――」
考えながら、黒鷹は言った。
「兵の数を確保するなら、それしか無い。捕まって全員殺される事を思えば、同盟結ぶ為に何だってする。……でも」
「何だ?」
「お前はそれでいいのか?」
「――何故?」
自覚はあるが隠そうとするのか、自分で知らぬふりをするのか。
「お前について来いとは言わない。だが必ず関わる事になる」
「…生まれ故郷の記憶は無いんでな、生憎」
「何があるか判らねぇぞ?根の人々からの迫害も有り得る。…記憶が無いなら尚更」
「イジメに付き合ってやれる程弱かねぇと思ってんだけどな。寧ろ、考えられるのはその逆だ」
「逆?」
「お前が危険な目に合うって事だよ、クロ。俺がこの国で遭ってきた事の様に」
黒鷹は息を呑んで友を見詰めた。
今まで、その事を多く語らなかった隼。
だからつい、忘れそうになってしまう。
二つの国の憎しみ合い。それを乗り越えて、隼が今ここに居る事を。
「それなら…さ。おあいこだろ?」
「は?」
「お前と俺。地と根。それぞれ危ない目に遭って、おあいこ」
険しい顔で黒鷹を見る隼の横で、鶸が爆笑を始めた。
「そん時は俺も混ぜてくれよっ…て、それじゃニ対一で負けちまうな」
「だな」
「意味分かんねぇよ」
笑う二人を前に馬鹿馬鹿しくなって、隼は吐き捨てた。
「俺は地の臣だ。使いに俺以上の適任は居ないだろ…俺は根に行く。そのつもりだ」
「止めはしない。だが俺も行く」
「それは――」
「お前一人を殺させる訳にはいかない。それに同盟なら、王が行かなければならないだろ」
「王、ね…」
国は無いが、順番的には現在の王は黒鷹だ。
「なんか、似合わねぇ」
からかった訳では無く、これが鶸の正直な感想。
「自分でもそう思うよ」
薄く苦笑して黒鷹は言った。
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