RAPTORS
5
「へーっ、じゃあお前、天から亡命してきたってコト?珍し」
縷紅の紹介を聞いて、鶸はそう感想を言った。
言われた縷紅は微笑して頷く。
「あっ、じゃあ天のヒトって、雲食うってホント?」
「何言ってんだお前は」
目を輝かせて訊く鶸に、隼はどこまでも冷めている。
「天は雲の上にあるんで、誰も食べた事は無いと思いますよ」
微笑を崩さず、縷紅が答える。
「なんだー。じゃあさ、天の人間は空飛んで移動するってのは?」
「まぁ、嘘じゃないですけど…」
「ホント!?羽生えてんのか!?」
「いえ…飛行機を使うんです」
「なんだそのヒコーキって?」
今、彼らがいるのは、鶸達の盗賊のアジトだ。
もうすぐ日が暮れる為、今夜はここで過ごす事になった。
海水の侵食によって出来た洞窟である。
蝋燭の灯る、鶸曰く“族長の部屋”に五人は集っている。
「まぁそんな事はいいとして、本題だ」
鶸の好奇心に任せた会話を打ち切り、隼が言う。
「俺達は革命をするつもりだ」
「カクメーって何?」
「…アホ」
「天をブッ倒そうって話」
黒鷹の十文字以内の解答に、鶸は素直に理解していた。
「面白いじゃん!やろうぜ!」
「簡単だなぁオイ…」
「仲間になるか?」
「俺ら生まれた時からコンビだろぉ?今更そりゃねぇよ」
「決定。終了」
「単純だなぁオイ…」
隼、ぼやきっぱなし。
「それでさぁ、お前の仲間にも、一緒に戦ってくれる人いねぇかな…?」
黒鷹の質問に、鶸は聞き返す。
「俺の仲間って?」
「決まってんだろ、盗賊仲間」
不意に沈黙が訪れた。
「アイツらに…?」
「今は一人でも多く仲間が要る。このままじゃ勝ち目が無いんだ」
「そりゃそうだろうけど…!殆どがまだ子供だぞ!?」
「…分かってる」
「盗賊とはワケ違うだろ!?子供使わねぇといけないのか!?」
「死ぬ事が前提なんて分かりきってる」
鶸の叫びに、黒鷹はきっぱりと言ってのけた。
「なんで…」
黒鷹の一言に勢いを削がれた鶸は、口元で呟くように言った。
「お前がそんな事するんだ?」
「……」
「お前が一番嫌いな筈だろ…皆を死なせる様な事」
「嫌だよ」
それまで見据えられていた目が逸らされたが、相変わらずきっぱりと黒鷹は言った。
「でもやらないといけないんだ。多分皆死ぬだろうけど…それはこのままでも同じ。誰も現状維持を望んじゃいない、そうだろ?」
視線を受けた隼は無言で頷く。
「人が増えればそれだけ負ける確率も減る…。残っているのはどうせ女と子供だ」
「だからって…」
鶸はうなだれる。
「アイツらを犠牲には…」
「強制じゃない。お前らなら生き残っていけるだろう。戦なんかで死ななくていい」
いくらか口調を優しくして黒鷹は言ったが、鶸は彼を睨んだ。
「お前を見捨てて生き延びろって言うのかよ?」
「それもアリだ。お前が居なきゃ子供達は生きていけないだろ?」
「…どうすりゃいいんだよ…」
頭を掻きむしって悩む鶸。
「ま、お前が悩むより、皆の意見を聞いてみろ」
本心とは裏腹の、突き放した口調で隼が言った。
皆が断る事は出来ない…それを判っている上で。
「そんな簡単に出来る決断じゃねぇし。俺達は待つから、その分泊めさしてくれ。今後どうするかも決めたいし」
黒鷹は微笑んで言う。
「ああ。いくらでも泊まって行けよ…」
沈んだ声の鶸から承諾を貰い、とりあえず解散という事になった。
「相変わらず仲間思いな、お前」
三人が部屋から出、鶸の部屋には黒鷹が泊まる事になった。
「いいコトだろ。お陰で族長だぞ?」
「そうだな。慕われてるんだな」
「モテモテだ」
「それは違うだろ」
黒鷹は布団代わりの干し草に寝転がる。
「盗賊って楽しいか?」
鶸はいぶかしげに黒鷹を見た。
「何言ってんの、お前…」
「だよな」
一人納得して黒鷹は続けた。
「何やっても生きていかなきゃならねぇんだよな」
「…そうだな」
しみじみと、生きる為に悪事を働いた五年間を想い、ふと疑問が浮かんだ。
「お前、今まで何やってたんだ?」
黒鷹は感情も無く答える。
「天に捕まってた」
一瞬の沈黙、そして鶸は噴き出す。
「ダッセ!」
「お前そのリアクションは無ぇだろ」
怒りと呆れが混じった声で黒鷹は言う。
「…大変だったんだぞ、一応」
「悪い悪い。悪いけどちょっと以外だったから…にしても、ダセぇ〜…」
「どーせ態度の割には非力でドジですよーだ」
黒鷹は拗ねて見せる。
「ふて腐れんなって。冗談だよ」
そう明るく言って黒鷹の顔を見た鶸は、そのまま固まってしまった。
戸惑っている。
初めて目にした、黒鷹の涙目に。
「ご、ご、ごめん!そんな酷い事言った?俺…」
完全にうろたえて、確実に“気持ち悪い”と言われるであろう優しい口調になってしまったが。
原因はそんな事では無かった。
目をごしごし擦り、その手を顔に被せたまま、黒鷹は小さく謝った。
「自分でもワケ分かんねぇって思うけど」
そう前置きして。
「牢の中でさ、生きるのも死ぬのも諦めてた自分が…なんか虚しくって…。鶸は生きようとしてたのに…俺は…」
言葉にならないのを照れる様に笑った。
「お前が羨ましい。常に前向きなお前が」
「…言われてもなぁ…」
態度の取り方に困って、鶸はがりがりと頭を掻いた。
「俺は…今もダメだ。皆死ぬとしか考えてない…」
黒鷹の声はますます沈む。
「それが何より怖いし…そう考える自分が、そうしようとしている自分が、嫌だ」
「ああぁもう!!元気出せよー!!俺がシリアス責め弱いって知ってんだろぉ!!」
「俺はマジメに悩んでんだよ!」
「俺はお前のマジメに悩んでんだよ!!」
「……」
「とーにーかーくっ!誰も死にやしねぇよ。少なくとも俺は地獄の果てまでお前の相棒だ。一人で死ぬなんて思うな?」
「…逆に気持ち悪いな、それ」
「言うな」
二人共テンションが元に戻った所で、眠気に襲われた。
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