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impatient



昨日から、私は陽高様の部屋に入れてもらえない。

陽高様の命令らしく、執事の大澤さんがそれを止めるのだ。


「陽高様はまだ…?」

「心配されなくても大丈夫ですよ。ただのお風邪を召されているだけですから、すぐにお元気になられます。」


優しい笑顔でそう言われると、心配は少し拭われた。


しかし昼過ぎ、厨房の近くを通り掛かった際、シェフ達が話している声が聞こえた。


「陽高様、食べ物何も受け付けないなあ。」

「パティシエの如月さんもプリンなんかを用意したみたいですけど、全く手をつけなかったって言ってましたよ。」


…陽高様、まさか何も食べてないの?そんなに酷い風邪なんて聞いてない。

シェフ達は夕食に何を作るかを話し合っている。

その時聞こえた嘆きに、私はいち早く反応した。


「紗奈様が作ったものなら召し上がるのかねえ。」

「あの…っ」


長い帽子を被った中年の男性に声を掛けると、彼は酷く驚いて私を凝視した。

しかし一々そんなものに構ってられない。


「陽高様のお夕食、私に作らせてもらえませんか?」

「しかし紗奈様…。」


シェフは戸惑いを見せるが、すぐに頷いてくれた。


「承知しました。お手伝いいたしします。」

「ありがとうございます。」





ワゴンに小さな丼とマグカップを乗せ、零れないよう慎重に転がしながら陽高様の部屋に向かう。

ノックをしてから顔を覗かせると、陽高様はベッドから上半身を起こし、額のタオルを手で受け止めた。


「紗奈…?入るなと言ってあるだろう。」

「ごめんなさい…。」


一言だけ謝り、しかしガラガラとワゴンを押して室内に入ると、陽高様はふうと息を吐いた。

丼から漂う湯気を見て、察しがついたらしい。


「…聞いたのか。」

「いつから食べてないんですか?」

「昨日の昼かな。…格好悪い所を見せたな。紗奈が作ってくれたのか?」

「はい。…どうしても食べられませんか?」

「策士だな。紗奈が作ったものを俺が食わないわけないだろう。」


それを聞いてほっとした。

食欲がなくても、全く食べないのでは体によくないと思うから。


「その前に窓を開けてくれるか?」

「寒いんじゃ…。」

「たまには換気しないとな。」


それが私を気遣った発言だとすぐに気がついた。

私がこのまま出ていくはずもないから、少しでも移らないように対策してくれているのだろう。


大きな窓を開けてからベッドの傍に戻り、左手に丼と右手にレンゲを持ち、近くに置かれた椅子に座った。


「料理長に教わって、洋風のお粥を作ってみたんです。」

「へえ。…熱そうだな。」

「え?はい、まあ…。」


何を当たり前の事を言ってるんだろうと思ったけれど…違う、陽高様が言いたいのはそういう意味じゃない。

私は、一口分掬ったそれに、ふうふうと息を吹き掛け陽高様の口元に運んだ。


「あーん…」


そう言うと、陽高様は少し嬉しそうに口を開けた。

照れ臭いけど、なんだか陽高様が可愛くみえるから、いいか。

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