impatient 1 昨日から、私は陽高様の部屋に入れてもらえない。 陽高様の命令らしく、執事の大澤さんがそれを止めるのだ。 「陽高様はまだ…?」 「心配されなくても大丈夫ですよ。ただのお風邪を召されているだけですから、すぐにお元気になられます。」 優しい笑顔でそう言われると、心配は少し拭われた。 しかし昼過ぎ、厨房の近くを通り掛かった際、シェフ達が話している声が聞こえた。 「陽高様、食べ物何も受け付けないなあ。」 「パティシエの如月さんもプリンなんかを用意したみたいですけど、全く手をつけなかったって言ってましたよ。」 …陽高様、まさか何も食べてないの?そんなに酷い風邪なんて聞いてない。 シェフ達は夕食に何を作るかを話し合っている。 その時聞こえた嘆きに、私はいち早く反応した。 「紗奈様が作ったものなら召し上がるのかねえ。」 「あの…っ」 長い帽子を被った中年の男性に声を掛けると、彼は酷く驚いて私を凝視した。 しかし一々そんなものに構ってられない。 「陽高様のお夕食、私に作らせてもらえませんか?」 「しかし紗奈様…。」 シェフは戸惑いを見せるが、すぐに頷いてくれた。 「承知しました。お手伝いいたしします。」 「ありがとうございます。」 ワゴンに小さな丼とマグカップを乗せ、零れないよう慎重に転がしながら陽高様の部屋に向かう。 ノックをしてから顔を覗かせると、陽高様はベッドから上半身を起こし、額のタオルを手で受け止めた。 「紗奈…?入るなと言ってあるだろう。」 「ごめんなさい…。」 一言だけ謝り、しかしガラガラとワゴンを押して室内に入ると、陽高様はふうと息を吐いた。 丼から漂う湯気を見て、察しがついたらしい。 「…聞いたのか。」 「いつから食べてないんですか?」 「昨日の昼かな。…格好悪い所を見せたな。紗奈が作ってくれたのか?」 「はい。…どうしても食べられませんか?」 「策士だな。紗奈が作ったものを俺が食わないわけないだろう。」 それを聞いてほっとした。 食欲がなくても、全く食べないのでは体によくないと思うから。 「その前に窓を開けてくれるか?」 「寒いんじゃ…。」 「たまには換気しないとな。」 それが私を気遣った発言だとすぐに気がついた。 私がこのまま出ていくはずもないから、少しでも移らないように対策してくれているのだろう。 大きな窓を開けてからベッドの傍に戻り、左手に丼と右手にレンゲを持ち、近くに置かれた椅子に座った。 「料理長に教わって、洋風のお粥を作ってみたんです。」 「へえ。…熱そうだな。」 「え?はい、まあ…。」 何を当たり前の事を言ってるんだろうと思ったけれど…違う、陽高様が言いたいのはそういう意味じゃない。 私は、一口分掬ったそれに、ふうふうと息を吹き掛け陽高様の口元に運んだ。 「あーん…」 そう言うと、陽高様は少し嬉しそうに口を開けた。 照れ臭いけど、なんだか陽高様が可愛くみえるから、いいか。 [次へ#] [戻る] |