小説 3
くろがね王と黄金の王妃・17 (完結)
突然、初対面の王女に抱き付かれ、とっさに抱きとめたけど、どうしていいのか分からなくて焦った。
それに、何でオレ達が同じ顔なのか……その理由を知ってるのかも、訊きたかった。
「あ、の……」
やんわりと声を掛けるけど、ルリ姫の耳には入らないみたいで、オレにしがみ付くのもやめて貰えない。
困ったけど、女の子、しかも外国の王女様を強引に引き剥がしちゃうのもどうかと思って、オレはキョドキョドと周りを見た。
彼女が連れて来た侍女達は、皆オレと同じように動揺してて、おろおろするばかりで動けないみたいだ。
やっぱり、若い侍女だと経験不足だったりするのかな?
オレはそんな失礼なことを思いながら、キクエさん達に目くばせした。
キクエさん達は素早くオレ達に歩み寄り、「まあまあ、王女様」とか何とかなだめながら、上手にルリ姫を引き剥がした。
ふうう、と大きく息を吐いた時、ルリ姫の侍女の一人が、わっと泣き崩れた。
それを見て、初めて、侍女の中に一人だけ、キクエさん達と同じような大人の人がいるって気付いたんだ。
泣き崩れたのは……その人だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
何を誰に謝ってるのか、その人はいきなりそう言って、床に泣き伏してしまった。
よく顔は見えないけど、この人も何か、オレに関係あるんだろうか? オレと同じ……髪、だ。
勿論オレの侍女たちが、その人の方にもささっと近寄り、「あらあら」とか言ってなだめてる。
と、ルリ姫がガバッと顔を上げた。
「レン! ……王妃様! ナオエさんを責めないであげて。あなたを守る為だったの!」
ルリ姫の言ってることは、何の説明にもなってなくて、相変わらず訳が分からないままだったけど。
「ナオエ……?」
その名前には、何だろう、聞き覚えがあった。
遠い、昔――。
オレは立ち上がり、「ナオエ」と呼ばれた侍女の元に、ゆっくりと近付いた。
彼女をなだめてたオレの侍女が、少し離れてすっと控える。その気配に気づいたのか、ナオエさんが顔を上げた。
一瞬オレの顔をじっと見て、そしてまた目を伏せる。泣いてる。
見覚えがあるような気もする。
ただ、覚えているのは、笑顔だ……。
「どう、して泣いているの、か、訊いてもいいです、か?」
けど、ナオエさんはただ首を振って、平伏するだけだった。
オレは、今度はルリ姫を見た。
ルリ姫は、やっぱり王族だからだろうか。ちゃんとオレに視線を合わせ、しっかりと見返してきた。
「説明、して頂け、ます、か?」
そう、オレが尋ねると……ルリ姫はオレに視線を合わせたまま、強く一つうなずいた。
そして、ルリ姫は色んなことを話してくれた。
オレと彼女が、イトコだってこと。
オレの父親は、北隣の国の皇太子で……オレはその庶子、で。母親は侍女だった、そこにいる、ナオエさんだってこと。
でも、12年前に、やっぱり後継問題とかで内乱があって……オレは命を狙われて。だから、ナオエさんがオレを連れ出し、旅芸一座に預けたんだってこと。
それで……。
「どうし、て、今頃?」
オレが尋ねると、ルリ姫は「あなたの国の大臣が」と言った。
「あなたの素性を熱心に調べて、ナオエさんに行きついて、それで国の方に直接交渉したみたいよ」
我が王妃はそちらの国の王族のお血筋のようですが、それについて認知されるおつもりはありませんか、と……大臣は、北隣の国に内緒で出向いて、交渉してくれたんだ、とルリ姫は言った。
後ろ盾になるよう、頼んでくれたって。
「う、そだ……」
そんなこと言われたって、急には信じられなかった。
だってオレは、あの人に嫌われてると思ってた。
『王妃には強力な後ろ盾のある姫君がふさわしい』
いつもそう言って、オレを……。
オレ、を……?
「叔父の皇太子は、あなたを庶子だってお認めになったわ。あなたのわが国での王位継承権は、いきなりの2位ですって。我が国にとっても、この国の王妃が身内だってことは、すっごく有利な事なの。でもそれだけに、やっぱり反対勢力は出て来るわよね……」
思わせぶりなルリ姫の言葉に、花火の夜のことを思い出す。
オレの首を締めた男は……『今更戻って来られても困る』と、言った。あれは、じゃあ、あの男は、北隣の国の誰かだったのか?
12年前の知り合いの誰か?
12年前って言ったら、4歳だ。4歳の記憶って、そんなに残ってるもの、なの、か?
呆然としてた所に、王様が現れた。
「レン、水入らずで話せたか?」
突然の君主の登場に、ルリ姫側の人達は、ルリ姫も含めて、慌てたように礼をした。
「さすがに皇太子ともなれば、隣国を訪問するのにも色々大変だろうが、姫の侍女として、ご生母にだけは来て頂けた。妾妃としてのご身分も、お持ちじゃないそうだ」
王様は、オレの戸惑いも全部分かってるみたいな目で、オレに優しく笑いかけた。
驚かせようと思って、黙ってたって。
大臣と二人で。
ホントに驚いた。だからきっと、素直に手放しで喜べないんだ。戸惑いの方が、大きいから。
オレには家族なんていないって、ずっと思って生きて来た。
いなくても不思議じゃなかったし、いないものを欲しがって泣く年頃は、とっくに過ぎた。
でも……。
オレは、ぎくしゃくと首を回し、もう一度ナオエさんの方を見た。
もう泣きやんでいたが、まだうつむいて、肩をかすかに震わせている。
本当にこの人が母親なんだろうか? 泣いてる顔は、記憶にはない。
「あ、の。笑って貰えません、か?」
彼女の前に屈み込み、オレは、白くて細い手に触れた。
髪の色も、目の色も、肌の白さも、そして細身で小柄なのも……きっと、この人から貰ったものなんだろう。
「笑顔しか覚えていない、んです。だ、から、泣いていて、は、お母さんだと分から、ない」
そう言うと、彼女はびくんと顔を上げて……「レン」と小さくオレを呼んだ。
そして、見覚えのある顔で、笑った。
その後オレは、大臣に驚かされた御礼をした。
普通に礼を言ったら、また得意顔でニヤリと笑われる気がしたので、廊下で見かけた時に、駆け寄って飛びついて、頬にキスして「ありがとう」を言った。
大臣はすっごく驚いて、真っ赤な顔でしどろもどろに「心臓が止まるかと思いました」とかごにょごにょと言った。
「年寄りを大事にしない」とか「王妃たる者の品格が」とか、くどくどと何か言っていたけど、ずっと赤い顔のままだったから、全然嫌味に聞こえなかった。
だって、これくらいの意趣返しはやってイイと思うんだ。
オレの母親を侍女として連れて来る為に、ルリ姫を招待したのは分かるけど……その他の姫を後宮に招き入れたのは?
ルリ姫のこと、不自然に思わせないように、って理由だとしても、絶対それだけの理由じゃない、よね?
絶対……あわよくばご妾妃に、とか、思ってたに違いない、よね?
王様のことを王様としてヒイキしないように、大臣は、オレのことも王妃としてヒイキしない。
大臣はきっと、彼なりに国のこと、大事に考えてるんだって思う。
信じていい人なんだって、ようやく分かった。
母は……ナオエさんは、ルリ姫が帰国した後も、この国に残った。そして、離れてた分もオレの側にいたいと言って、オレの侍女の一人になった。
王様は勿論、王妃の生母として遇するって言ってくれたんだけど、どうしてもって頼まれて、キクエさん達も賛成したので、結局望み通りにさせてあげることにした。
やっぱり年が一緒ぐらいだからかな、ナオエさんはすぐに他の侍女達と仲良くなって、あっという間に溶け込んでしまった。
仕事中と言えばいつも仕事中なので、「お母さん」とも呼べないで、「ナオエさん」「王妃様」と呼び合ってる。
でも、呼び名なんてどうでもいい。オレに笑顔をくれるなら。
相変わらずオレは、王妃として完璧には自信持てなくて。踊ることと、ただ王様を信じることしかできなくて。まだまだ、勉強することもいっぱいいっぱいあるけれど……。
まだ会えないままの父の耳に、いい評判が届くような、いい王妃に……黄金の王妃になりたいと思う。
聡明で勇猛な、くろがねの王のすぐそばで。
(完)
※60万打御礼・くろがね王と王妃の祈りに続きます。
※moon様:フリリクのご参加、ありがとうございました。くろがね王の続編でしたが、いかがだったでしょうか? 背景をしつこく書き過ぎたでしょうか? すごく長い話になってしまいました。連載中にも、たびたびご意見が訊けて、質問にもいちいち答えて下さったので、悩まず、書きやすかったです。細かいところなど、またご要望があれば手直ししますのでおっしゃって下さい。
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