小説 3
くろがね王と黄金の王妃・16
宮殿に戻って来た時、貴族達の迎えの花道の中に、見慣れない人達が混じっているのには気付いてた。
上品な薄色の衣の人達が居並ぶ中で、目を引く青いドレスを身にまとっていた人もいたし、礼の作法も周りとは少し違ってた。
浮いてた……というよりは、やっぱり、目立ってた。
でも、その人達の方ばかり、じろじろ見る訳にもいかない、よね。
オレは胸騒ぎを感じながら、でも笑顔は崩さないで、ちらっとだけそっちに目を向けた。ちらっとだけだったから、青いドレスの女の子が、黒髪だったことくらいしか、分からない。
分からないけど……身分の高そうな人だとは分かった。
オレと王様を、満面の笑顔で出迎えた大臣は、オレに聞こえるような「小声」で、パーティーの話を王様にした。
「では、先日の打ち合わせ通り、明日の夜でよろしゅうございますか?」
大臣が、オレの方を見てニヤッと笑った。
そこで……初めて聞いたんだ。北隣の国の王女の、歓迎パーティーをするんだって。
ああ、じゃあやっぱり、さっきの女の子がそうなんだ。
北隣の国の王女様なんだ。
身分の高そうな人だと思った。だって、王妃であるオレが目を向けても……むしろ、興味深そうにこっちを見返して来たんだ。
勿論、一瞬ちらっとだったから、気のせいって言われたらそうなのかも知れないけど。
でも、生まれながらの王族って、何かきっと、違うと思う。
だって、王様は……王様みたいな人は……やっぱり、王になるべく育てられてこそ、だと、思う。オレがどんなに頑張っても、身に付けられない品格がある。
そして、その「品格」は……生まれながらの王女様も、きっと持ってるもの、なんだ。
うなじの辺りがチリチリするのを感じながら、オレは黙って、王様の少し後ろに立っていた。
王様と大臣は、笑いながらパーティーのことを話してる。前に一度戻った時に、少し話をしてたみたいだ。
つまりパーティーは……大臣が勝手に仕組んだことじゃなくて、王様も承認済みなんだ。
でも、オレに向かって報告された訳じゃない。あくまで大臣は、王様に向かって話してて……オレは、無作法にも漏れ聞きしてるような状態だ。何か尋ねたくても訊けないし、発言だってできない。
王様は、あの人を追い出すために帰ったんじゃなかったの?
オレの後宮に、他の女の人を入れないって。
居つく前に帰らせるって。
なのに、どうして、まだいるの?
気のせいかな、王様の口元も、笑みにほころんで見える。信じろって、この間も言われたばかりなのに……。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、王様がいきなり振り向いて、オレに話しかけて来た。
「レン、驚かせようと思って、内緒にしてたんだが」
ぼうっとしてたので、とっさに返事ができなかった。
「え……?」
バカみたいにぽかんと口を開けたオレを、王様も大臣も、おかしそうに見つめてる。
恥ずかしくて、頬がカッと熱くなった。
「北隣の国の王女が、後でお前に挨拶に来られるそうだ。旅の汗を流して、完璧に支度し、最高の状態でお迎えしろ。分かってると思うけど、失礼のねぇようにな」
王様はいつもの口調で優しく笑い、オレにちゅっとキスして、廊下を大臣と去って行った。
いつもの……王様だ。
何もやましい事なんて、感じてませんって顔だ。
他国の王女に帰って貰う約束なんて、初めから無かったみたいな口ぶりだ。
そういえば、王様は湖で。
1週間で帰れなくて、約束破ってゴメンとは謝ってくれたけど。
王女に帰って貰えなかったとか、出てって貰えなかったとか……それについては謝ってなかった、かも……?
廊下で立ち竦んでたオレを、キクエさんがそっと背中に触れて、歩き出すように促してくれた。
息子のハナイ君は、イズミ君と共に、怪我が治るまで西の城に残留だっていうのに、相変わらずオレのことを第一に、こうして気を配ってくれてる。
だったら……不安でも、ちゃんとしてなきゃ。
オレは、もう一度、王様達の去った廊下をちらっと見て、それから背筋を精一杯伸ばし、後宮の方へと足を進めた。
後宮の中は、何も変わっていないようで、でも何だか妙にざわざわしていた。
例の王女様の侍女は、若い子が多いんだろうか。若い女の子が多いと、やっぱりうるさいもんなんだろうか。
オレの周りは、チヨちゃん以外は皆、いい大人になっちゃってる侍女ばかりだから、賑やかにしてても騒がしくはならない。
でも、ホントは、同じ年かちょっと年上の侍女を揃えるのがフツウ、なんだ。そっちの方が華やかになる。
落ちつかなくもなりそうだけど……。
「王妃様」
穏やかに声を掛けられて、はっと我に返った。考え事に夢中になってたのに、自分でも気が付かなかった。
「お風呂の用意ができましたよ」
「さあさあ、馬車での移動、お疲れでしょう」
疲れてると言えば、同行してた皆だって疲れてるんだろうに。
広いお風呂につかりながらそう言うと、侍女達はあっさりと笑って首を振った。
「あら、いいえ」
「王妃様はお一人しかいらっしゃいませんけど、私達は10人もおりますもの」
「順番に休んでおりますから大丈夫ですわ、お気遣いありがとうございます」
侍女たちはにこやかにそう言って、いつものようにオレを、頭の先から足の先まで磨き上げ、バラの香油でマッサージしてくれた。
そして、上品な薄黄緑色の絹の衣をオレに着せ、きれいにお化粧もして、いつものように褒めてくれた。
「まあ、お美しい」
「いつもながらおキレイですわ」
「どうぞ自信をお持ちになって、しゃんとなさって下さいましね」
キクエさんが晴れやかに笑って、オレの腰のあたりを、親しげにトンと叩いた。
「それが、お仕えする私達の為でもあり、ひいては陛下のお為にもなるんですよ」
心の迷いを、見透かされてるみたいで、ドキンとした。
オレが王妃らしく、堂々と振舞うことが、ひいては王様の為になる……。それは、オレがこの城に来た日から、何度となく言い聞かされてる言葉だった。
オレを信じろ、って王様は言った。
オレを信じるように、大臣のことも、お前自身のことも信じてくれ、って。
王様がそう言うなら……オレは、信じるしかできない。
信じないという選択肢は、ない。
湯上りに、冷たいお茶を飲んでいるとき、先方からの先触れが来た。
「我が王女ルリ様が、王妃様にお目通りをお願い申し上げております」
オレは、緊張を誤魔化すように、もう一口お茶をゴクリと飲んで、そして承諾の返事をした。
やがて現れた、青いドレスの黒髪の王女は……。
「生きてた! ホントに! 本物のレンなのね!?」
そう叫んで、いきなりオレに抱き付いて来た。
王女と王妃なら、オレの方が一応身分は上って事になる、し。初対面でこんな真似、不敬とか非礼とかにも程があるって感じだけど――。
誰も、王女を止めなかった。
側にいたキクエさんも、ケイコさんも。多分、驚き過ぎて動けなかったと思う。
だって、王女は……ルリ姫は。
髪の色が違うだけで、オレにそっくりだったんだ!
(続く)
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