小説 3
くろがね王と王妃の祈り・前編 (後宮パロ・くろがね王の続編)
※この話は、くろがね王と月の舞姫、くろがね王と黄金の王妃の続編になります。
「レンレン、月の舞姫の祈り、って知ってる?」
ルリ姫の言葉に、オレは「祈り?」と首をかしげた。
舞姫に憧れて、ずっとそうなりたいって思ってたオレとしては、ちょっと興味をそそったけど。でも、その話は初耳だ。
というか……女の子って、伝説とか言い伝えとか、好きだ、よね。
王様に見初められて王妃にして貰うまでいた、旅芸一座の女の子たちも、よくそういう話をしてた気がする。
と言ってもオレはずっと仲間外れも同然だったから、ちゃんと話を聞いたことはなかったんだけど。
北隣の国、ミホシの王女でオレのイトコでもあるルリ姫は、12年ぶりの再会を果たした後、季節ごとに訪ねて来るようになった。
秋には「紅葉を見に行くわよ」とか。冬には「うちの国は雪がひどくて」とか。
先日も「春になったわねー」と言って、やって来た。2週間くらい滞在するつもりらしい。
普段、オレの住む後宮には、オレ以外に妃がいないからシーンとしてるんだけど。ルリ姫が大勢の侍女を連れて来ると、途端に賑やかになる。
お茶会だ、パーティだって引っ張り回されるし、自分の時間も取れなくなるしで、滞在中はずっとペースを乱されっぱなしだ。すごく疲れる。
でも、国の習慣とか政治とか噂話とか……色々教えてくれるのはありがたい、かも。
ミホシの王位継承権を認められたオレは、この国の王妃としての勉強だけじゃなく、ミホシの王子としての勉強もしなくちゃいけなくなっていた。
学ぶことはいっぱいあるけど、勉強ばかりじゃ滅入っちゃうし。気分転換って、大事だよ、ね。
ただ――「レンレン」って呼ぶのは、ちょっとやめて欲しいけど。
王妃になって以来、王様の前でしか踊ることってなかったんだけど、ルリ姫が来た時には、せがまれて踊りを披露する機会も増えた。
ただ、それも後宮の中限定で、楽師も女性しかダメだって。
「お前はもう舞姫じゃねぇ、オレの王妃だ」
王様はそう言って、オレが王様以外の人に踊りを見せるのを、すごくイヤがる。
「他の男の目には、絶対触れさせねぇ」
って。
でもそうやって独占欲を見せてくれるのは、ホント言うと嬉しい。
愛されてるって思う。
聡明で勇猛な「くろがね王」として、国の内外で称えられてるオレの王様、タカヤ様は、噂通り有能で力強く、賢明で凛々しい人だけど……オレをとことん甘やかす、優しい顔も持っていた。
今夜は王様の閣議が長引いてるそうなので、夕飯はルリ姫と2人で食べた。
食後のお茶を飲みながら、国で流行ってる歌や物語を聞かせてくれてて、それでその言い伝えの話になったんだ。
「月の加護の下、舞姫が千夜の踊りを捧げると、その祈りが届くんだって」
「へ、へぇー……」
ルリ姫の話に、オレは興味深く聞き入った。
月の加護、千夜、祈り――。
考えれば考える程、胸の奥がざわっとした。
王様に舞姫にして貰うまで、オレは月明りの下でたった一人、踊るしかなかった。
月だけがオレの観客で。だから、いつも月の為に踊ってた。
感謝と祈りを捧げてた。
当時のオレの願いはっていったら、勿論舞姫になることだ。
いつか美しい衣装を着て、赤いカーペットの上で、楽団や踊り子たちを従えて、大勢の観客の前で踊りたい、って。
いつか、オレの踊りを誰かに認めて貰いたい、って。
幼い頃から「みにくい」「どんくさい」ってののしられ、下働きばかりさせられてたオレだったけど――それでも、ずっと願ってた。祈ってた。
どうしよう、胸がざわざわする。
薄汚れたみすぼらしい旅芸一座の下働きだったオレが、今は一国の王妃で。他国の王子でもあって。こうして穏やかに暮らしてるのは、今でも夢物語に感じてた、けど。
でも、それが月の祈りのお蔭だったとしたら、なんだか全部信じられる気がした。
今のオレがあるのも、もしかしたら月のお蔭だったのかも知れない。
月が、オレの祈りを聞き届けて下さったのかも。
月の加護、とか、そんなおこがましいことを考えてた訳じゃない。ただ、一旦そう思ってしまうと、今すぐお礼を言いたくて仕方なかった。
お風呂の後、キクエさんに頼んで、踊り子の衣装を着せて貰った。
柔らかで美しい絹の衣装、両手両足に鈴を着けて。
お化粧はしなかった。なんだか必要ない気がした。
王様はまだ、会議から帰ってこない。一人だけの王様の寝室。バルコニーに面した大きな窓から、白くて丸い月が見える。
「ありがとう、ございました」
オレは鈴を鳴らさない足運びで窓辺に寄り、月に向かって手を合わせた。
じわっと胸が熱くなる。
にじんだ涙をグイッとぬぐい、1つ深呼吸して手を伸ばす。シャン、と澄んだ鈴の音が鳴った。
足を伸ばす。ターンする。そのたびにシャンシャンと鈴が鳴る。ステップを踏みながら、月に向かって手を伸ばす。
月だけがオレを見てる。
音楽も観客も、何もなくて。でも、少しも気を抜かない。指先、つま先まで神経を張り詰める。
美しく、優雅に。
ホントは一国の王妃として、国の豊穣とか平和とかを祈るべきなんだと思う。
でも今のオレはまだ、そんな大きな祈りを捧げるには未熟、で。だからせめて、みんなの笑顔を願おうと思う。
国のみんな、周りのみんな、ルリ姫やお母さん、キクエさんたち、そして敬愛する王様が――明日も笑顔で過ごせるように。
月が見守って下さるように。
千夜――。
オレは、月から目を逸らさずに、月のことだけを思って踊った。
踊ろうとした。だけど。
「こら、レン!」
いきなり王様の声がして、驚く間もなく、強引に後ろから抱き上げられた。
(続く)
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