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小説 3
アフターサービス・後編
「また会いたい、て、思ったの、オレだけです、か?」
 色素の薄い、大きな瞳がオレを見つめる。

「仕事で来たっつっただろ」
「作業、服じゃ、ない、のに?」
 くそ、こいつ、よく見てる。
「あー、お前みてーな高級スーツじゃなくて悪かったな」
「そんな、こと、言ってな、い」
 三橋がまた、袖口で顔をぬぐった。

「リムジン見て、恥ずかしくなったんだよ。よく平気だな、お前?」
 ああ、我ながらイヤな言い方だ。けど、三橋は怯まず、こう応えた。

「阿部君だって、昼間、乗ってた、でしょ」

「はあ? 何言ってんの?」
 昼間……オレが乗ったのは社用車のステーションワゴンだ。リムジンは、隣を通過しただけだろ。もしかして、あれも三橋だったか?
「オレはあんな目立つ車なんか、乗ったこともねーっつの」

「そ、じゃなくて、社用車! 阿部君、仕事行くとき、作業服、着て、社用車乗る、でしょ。オレも、スーツ、着て、社用車、乗る。乗ってない、と、乗り慣れない、から、毎日乗る。オレだって似合わないの、分かってる! けど、乗らなきゃ。仕事、なんだ!」

 社用車……。そう聞いて、ストン、と何かが腑に落ちた。
 うちの社用車は、白のステーションワゴン。ボディには水色のラインと、黒で「阿部メンテナンス」とか書かれてる。
 あれも結構、目立つ車だ。
 だって、目立つ為の車だもんな、社用車ってのは。
 じゃあ、こいつがリムジンに乗るのだって、ちゃんと意味があんのかな。取引先にハッタリきかすとか、信用させるとか?
 会社の安定ぶりをアピールするとか?

 リムジンとワゴン車、同じだなんて、オレには思えなかったけど。でも、三橋にとっては、一緒なのかな。同じ社用車って、分類されんのかな。
 仕事が違えば、社用車も違う。
 違って当たり前なんだ、って、こいつはそう思ってんのかな。
 

「昼間、見かけて。お仕事してるんだなぁ、て、格好いいなぁ、て、思って。ま、た会いたい、て……そしたら、駅で会えた、から。オレ、ホントに嬉しかったんだ」
 三橋が震える手を伸ばし、オレのスラックスに触れた。
「これっきりに、しないで、くれません、か?」


 オレを必死に求めてる目に、胸がふいに熱くなった。
 何か大事なものを忘れてるような、忘れてるって事を思い出したような、不思議な感覚。
 こいつを抱いた夜……どういうやり取りがあったのか、記憶はアルコールと共になくなっちまって、もうないんだけど。
 でも、今ふいに、キスしたくなっちまったのと、関係あったりすんのかな?

 オレは三橋の前にしゃがみ込み、涙でベトベトの顔に、そっと触れた。
「分かったよ。またメンテしに来る」
 放って置くと、漏水して困んだろうからな。

 そう言うと、三橋は少し首をかしげて、「変な、の」と笑った。




「隆也。オレは先、行ってるから。お前は書類全部持って来い」
 親父はそう言って、さっさと車を降りてった。
 オレは路駐した社用車の後ろに回り、ハッチを開け、後ろに積んである書類を取った。
 「給水管取替え工事のお知らせ」って紙と、「ご希望日時承り表」って紙、それぞれ30枚ずつを重ねて小脇に抱え、ハッチをバン、と閉める。
 と、後ろからリムジンが走って来たので、オレは素早く歩道に戻った。

 じっと見てると、リムジンはちょっと走って停車した。お、と思ったら、そのままバックで戻って来る!
 ぶつかる! っていう少し手前でリムジンは停止し、後部座席がパッと開いた。
「阿部君!」
 紺色のスーツに、上品な銀と青のネクタイを締めて、三橋がリムジンから飛び出して来た。
「おー」
 やっぱ、三橋だったか。じゃあ運転手はこの間の、ガタイのいい坊主頭か?

「お仕事、頑張ってね」
 三橋が、オレの作業服の裾を、そっと引っ張った。
「ああ、お前もな」
 ふわふわの茶色い髪に触れようとした時……誰かが、リムジンの方で「コラー!」と叫んだ。
 三橋がひぃっと悲鳴を上げ、文字通り飛び上がる。
「会議遅れんぞ! 早く乗れ!」
「はははは、はいーっ」
 運転席から坊主頭が叫び、三橋はぴゅうっとリムジンに戻った。

 それを見て、あれ? と思った。
 もしかして、三橋、あまりエラくない……?
 去っていくリムジンから、細い腕が一瞬突き出されて、バイバイした。

 ぼうっと見送ってると、親父が戻って来た。
「こら、隆也! 何やってんだ、早く来い!」
 ああ、オレも全然エラくねーよな。
「はいよ」

 オレは苦笑し、書類を抱えて親父のところに走って行った。
 今日も、仕事だ。

  (完)
2012畠誕・運転手の独り言 もどうぞ。

※ナオ様:フリリクのご参加、ありがとうございました。「阿部メンテナンスの日常、阿部視点」ですが、もっと軽い親子の掛け合いみたいなものをご希望だったのでしょうか。シリアスな話にしてしまい、申し訳ありません。しかも、この残念クオリティ。もしご希望があれば、阿部親子メインで短い続編とかも考えますので、おっしゃって下さい。

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