小説 3
魔法使いが海に行く・前編 (漆黒王子2年後・ミズタニ視点)
※このお話は、漆黒王子が街を行く の続編になります。
「海に行きたい!」
と叫んだら、無視された。
いや、いいけどね。慣れてるしね。
師匠はオレの言葉に、気付いてさえないし。
その師匠が後見を勤める王は、剣の素振りに忙しくて、とても喋るどころじゃない。
平和になった国の、平和な朝。
王城の屋上は、剣の稽古をする兵士達でいっぱいで、ある意味壮観だけど、ある意味残念。
大勢の半裸の男どもが、一斉に汗を流す光景なんて……むさ苦しい以外にない。
その中に混じって、この国の王様も、剣の稽古に励んでる。
剣の素振りは勿論、筋肉トレーニングや、肺活量を上げる訓練なんかも欠かさない。
2年前王位に就いてから、ずっとこんな感じだ。
王子だった頃も、一応訓練はやってたみたいだったけど……そんな熱心じゃなかったらしいね。
王は以前、魔法で20歳くらいの姿に変身した事があるんだけど、それがまた、理想的な体だったんだって。
それで、あの体を目指して、ずーっと努力してるみたい。
うん、オレもその姿は見てるから、王が頑張るのも分かるよ。
背が高くて、肩幅広くて、胸板厚くて、腕も太くてさ。堂々とした青年だったよね。
ミハシもあの時の大人の王に、一目惚れって感じだったもんね。
あ、ちなみにミハシってのは、今、オレの横のイスに座って、黙って王を見つめてる、オレの師匠ね。
18歳にして、大陸1番の魔法の使い手、白魔導師の称号を持ってる、超スゴ腕の魔法使い。
パッと見、とてもそうは思えないのが、大事なとこだ。全然偉ぶらないし。基本、優しいし。
でも、怒るとコワイ。
そこのところは、オレも、そしてアベ王も、身に染みてよく分かってる。
だから……この国で一番エライのは、多分ミハシだ。
王が素振りをやめて、オレ達の座るテラスまで来た。
それまで王を見つめてたミハシが、慌てて視線をよそに逸らす。
王は他の兵士と同じく、上半身裸だ。
うん、大分筋肉ついてきたね。別にうらやましくないけどね。
オレが無遠慮に見てても全然気にしないで、王はテーブルの上の水差しごと掴み、立ったまま豪快に水を飲んでる。
ちょっと顔を赤らめたまま、視線を逸らしてるミハシを見て、王がスゲー優しい顔をした。
けど、知ってる。
この優しい笑顔は、ミハシ限定。
ほら、オレを見る目は冷たいよ?
ぐいっと片腕で口元をぬぐって、王が言った。
「海だぁ? そんなモン、この国のどこにある? 行きたきゃ一人で行って来い。んで、もう帰ってくんな」
そんなヒドイことを言いながら、王はまた素振りに戻って行く。
相変わらずそんな感じ。
まあ確かにね、この国には海が無いよ。
この広ーい大陸の、真ん中よりにあるからね。海は遠い。
オレだって、海、見たこと無いし。
もしかしたら王だって、無いかもね。
……ミハシはどうなのかな?
そう思ってじっと見てると、ミハシがキョドキョド視線を動かし、オレと王とを交互に見た。
「う、ミズタニ君、は、海に行きたい、の?」
オレはすかさず即答した。
「行きたい! 行った事無いし! ミハシはあるの?」
すると、ミハシはあっさりとうなずいた。
「ある、よっ」
そして、ふひっと笑った。
何年かに一度、若手の魔法使いたちを集めて、無人島に放り込む、っていう修行イベントがあるんだって。
期間は1週間、持ち込むのは杖1本……何か、随分ステキそうなイベントだけど。
無人島、っていうからには、当然海の真ん中にあるよね。そこでミハシは、1週間、海ライフを満喫したって言ってた。
そりゃあミハシはさー、15歳で、もう白魔導師になってたし。島に行ったのが幾つの頃か知らないけど、相当魔法使えたんじゃない?
「今度は、ミズタニ君、も、参加、だね」
とか言われたけど、オレは大いに不安だよ。
正直に不安だって言ったら、ミハシがうひっと変な顔で笑った。
「絶対に、役立つ魔法、教える、よ。いい機会だ、から、海まで行って、きて」
こういう笑い方する時、ミハシはたまに黒いんだ。
うん、ちょっと引くけど、頼もしいよ。
というわけで、オレ、修行の一環として、海まで一人で行くことになった。
(続く)
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