Season企画小説
運転手の独り言・前編 (2012畠誕・TTT番外編・畠視点)
※この作品はトイレ・トラブル・トールガイ、アフターサービスの番外編になります。
誕生日だからって、休みが取れるって身分でもねぇ。
いつものように出勤して、いつものようにくそでけぇリムジンに乗り換え、いつものように副社長を迎えに行く。
そんで、ピンポーンとインターホンを鳴らして、「まだか!」と怒鳴る。
これが三星コーポレーション副社長側近としての、毎朝のオレの日課だ。
副社長に向かって随分な口のきき方だが、そうでもしねーといつまで経っても支度できねーヤツなんだから仕方ねぇ。
まあ中学からの腐れ縁だし、遠慮がねーってのもあるけど。そもそも、ヤツを甘やかさないだろうって、期待されての側近起用なんだろうから、むしろ職務に忠実な方だ。
せめて誕生日くらい、怒鳴らずにすむようにして貰いてーけど……あいにく、そんな風に気を遣って貰った事は1回もなかった。
この、世話の焼ける副社長、名前を三橋廉という。
以前は合い鍵で部屋の中にまで踏み込んだもんだけど、近頃はそういう訳にもいかねー。
たまに、男を連れ込んでるからだ。
「起きろ、コラー!」
と寝室に踏み込んで、そこで半裸の男と鉢合わせしちまった時の気まずさといったら……もうホント、勘弁して欲しい。
あ、ちなみに三橋は男だ。
で、恋人も男。
……深くは考えねーようにしてる。関わったら負けだ。
まあ、「キャー」とか叫んで、見たとか見てねーとか騒ぐような女じゃねぇだけマシかも知れねー。
でも「マシ」とか言ってる時点で、なんか色々ダメな気もする。
インターホンごしに「まだか」と怒鳴ってから10分後。
玄関の内鍵がカタンと開いて、中から副社長が顔を出した。
「おう、行くぞ」
と、いつものように言いかけて、不覚にも絶句する。
ヤツが、泣き腫らしたみてーなヒデー顔で現れたからだ。おいおい、誕生日だってのに朝からこれかよ。
素早く玄関に目を走らせる。
三橋以外の靴はねぇ。今日は恋人は泊まりじゃなかったみてーだな。
今日はっつーか……そういや最近見てねーかも。
ケンカでもしたか? それとも、とうとう別れたか?
気にはなったけど、そこまで面倒見切れねーし。つか、あんま関わりたくねーし。仕事さえしっかりやってくれりゃいーやと思って、取り敢えず見てねぇフリをする。
「お、はよ」
三橋が枯れた声で言った。
泣き疲れでもしたのか、ぐったりしてる。
本音言うと放置したかったけど、仮にも副社長って立場の人間を、こんな状態で出勤させる訳にもいかねー。
リムジンに乗せてから、添え付けのミニ冷蔵庫を開けて、お絞りに氷包んで渡して、「冷やしとけ」って命令する。
それから、のど飴渡して「舐めとけ」って、これも命令。
命令なのは、有無を言わせねー為だ。
「いいよ」とか「放っといて」とか、ぜってー言わせねぇ。どっちが側近だっつー話だけど、まあ仕方ねぇ。コイツにこういう態度取れる人間は少ねーかんな。
同年代でそうできんのは、オレともう1人、コイツの秘書やってる叶だけだ。
信号待ちなんかのわずかな時間を利用して、オレはその叶に、素早く短いメールを打った。
――三橋泣いたらしい、ヒデー顔。後はよろしく。
丸投げかもだけど、オレはそんな気の利く方じゃねーし。適材適所っつーか、こういうビミョーな問題は、あいつに任せておくに限る。
気まずい沈黙を乗せたまま社に着いた。
社屋の前にリムジンを停め、ぐるっと回り込んで後部座席のドアを開ける。
黙って頭を下げてれば、副社長は鷹揚に見えるようゆっくりと車を降り、迎えの叶にうなずいて見せる――ってのが普段の決まり事だけど。
おい、こら、勘弁してくれ。三橋は後部座席で丸くなって、オレが渡したお絞りの陰で、くすんくすんとか泣いてやがる!
はー、もう、誕生日ぐらい、穏やかな気持ちでいさせてくんねーかな?
「副社長、到着しました」
表向きの呼び名で、冷静ぶって声かけながら、誰にも見えねーような角度で、ぽんぽん叩いて正気を促す。
三橋はすんすんと鼻を鳴らし、小声で「オレ、オレ……」とか言ってべそをかいている。
もうー、勘弁してくれよ。従業員数千人のトップ近くにいるヤツがそんなんじゃ、色々不都合があるっつの。
しかも今日って、午後からなんか商談あるとか言ってなかったか?
「三橋、いいから取り敢えず降りろ。いつまでもそうしてられたら迷惑なんだよ!」
舌打ちと共にそう囁いてやると、「迷惑」って単語に三橋はビクンと反応して、そこでようやく顔を上げた。
勿論、迷惑うんぬんってのは方便だ。
こいつには、こうやって上からもの言ってやった方が効くみてーだからな。
「う、ご、ご、ご……」
ごめん、なんて単語すらまともに言えねーまま、三橋はのっそりと車を降りた。
すかさず叶が寄り添って、でっかいスケジュール帳を読み上げながら三橋を隠し、社屋の中に入っていく。
その姿が消えるまで、頭を下げて見送って――これで、朝の仕事は終わり。
はー、まったく。朝から疲れた。
三橋が放り出したお絞りを後部座席から回収し、運転席に戻って駐車場に移動する。
後は副社長のスケジュールに合わせ、車を中も外もピカピカに磨き上げて待機だ。
オレはこの、車を磨く作業が、運転手の仕事の中で1番好きだ。
車は素直だし、ワガママ言わねーし、磨いたら磨いた分きれいになるし、泣かねーし、ワガママ言わねーから、ホント可愛い。
もうずっと、車だけ磨いて過ごせればいいのに――。
と、思ったところで、叶からメールが来た。
オレはカーワックス片手にメールを読んで、思わず大声で言った。
「はあっ?」
しかし、こんなところでメールに文句言ったって、叶には伝わらねぇ。
メールにはこんなことが書かれてた。
――悪ぃけど、阿部のとこに行って、あいつの気持ちを訊いてきて。
その後に、取って付けたみてーな不自然さで「今から社内会議」なんて書かれてるってコトは、電話もメールもしてくんなってコトだ。
つまり、文句は後で聞くってコトだ。
「なんでオレが!?」
つったって、まあ仕方ねぇ。確かにこんなコト、他のヤツらには頼めねーよな。
あー、くそ。今日は誕生日だっつーのに。
あいつらホント、マジちょっと、気を遣うぐらいはしてくれよ。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!