小説 3
彼の気持ち、オレの気持ち・2
ベンチでの一件の時、1つ、分かったことがあった。
それは……篠岡さんも、阿部君のコトが好きだったんだ、ってこと。
だからきっと、あんな必死で「誤解だよ」って言ったんだよね。
じゃあ、阿部君は?
阿部君は何で……あんな剣幕で、オレを問い詰めたんだろう?
それも、オレ、分かっちゃった。
誤解したから怒ったんだよね。好きな人が、他の誰かと付き合ってるって、誤解したから怒ったんだよね。
つまり阿部君も……篠岡さんが好きなんだ。
だから、オレと付き合ってるって誤解して、焦って怒ったんだ。
『正直に言え!』
あの、真剣な目。思い出す度に胸が痛い。
好きな人のためには、あんな風に、真剣になれるもんなんだ。
……痛い。
いつもオレを見て、優しく優しく笑ってくれた阿部君。温かな手で、オレを撫でてくれた阿部君。
いつもなら、家に一人でいる時だって、優しい阿部君を思い出して幸せな気分になれたのに――。
「阿部君……」
胸が痛いよ。
思い出すのは、もう、オレを睨んだ顔ばかりだ。
苛立ったように、練習着をベンチに投げ捨てた姿。仕草。そして……胸ぐらを掴まれた、衝撃。
鋭い視線。
『正直に言え! 付き合ってんのか!?』
『ハッキリ言え!』
冷たい言葉。
そして、舌打ち。
あれからあのやり取りを、オレは何度も何度も思い出してた。
ぼうっと自転車をこいでる時。ご飯を食べてる時。お風呂に入ってる時……。
油断するとオレの脳は、傷の入ったDVDみたいに、何度も何度もそのシーンを、繰り返し繰り返し上映するんだ。
そしてその度に、ぐさっと胸を切り裂かれる。
喉が詰まって、泣きそうになる。
辛い。痛い。
思い出したくない。だけど。脳が勝手に……!
優しい阿部君は、もういなくなっちゃうのかな? それとも、オレが阿部君を、優しくなくさせてるのかな?
誤解は解けたハズなのに……それでも、まだわだかまるくらい、不愉快の方が大きかったのかな?
「誤解ならイイや」って、どうして言ってくれないのかな?
分からない。
分からない。
1人で考えても分からない。
分かるのは、ただ――オレはやっぱり阿部君が好きだってこと。そして、阿部君がオレにもう、優しい笑顔をくれそうにないことだった。
翌朝、真っ先に優しく声を掛けてくれたのは、水谷君だった。
グイッと肩を組んで、「元気出せ〜」って。
「失恋して辛いのは分かるけど、背中丸くなってるよ、三橋〜」
「う、お、失、恋……」
言われて初めて気が付いた。
そうか、オレ、失恋したのか、って。
告白も何もしてないけど……失恋することはあるんだ。そうか。
阿部君に好きな人がいたってことは、つまり失恋したってことで。だからこんなに辛いのか。そっか。
あれ、でも、何で水谷君は、オレが失恋したって分かったんだろう?
ええ、もしかして、オレの気持ち、バレてた?
「な、なっ、で、知っ……」
オレがドモリながら訊いたら、水谷君は「んー?」ってちょっと苦笑した。
「そりゃー分かるよー。オレだって、昨日のは痛かったしね〜」
そう言って水谷君は、よしよしって頭を撫でてくれた。
水谷君は優しい。
何も言わず、背中をバンって叩いてくれた田島君も。黙って側にいてくれた泉君も。皆優しい。
だから、泣き顔なんか見せられなくて、トイレで一人、こっそり泣いた。
元々、告白なんてするつもりはなかった。
両想いになりたいとか、望んでない。オレを見て、笑ってくれるだけでよかった。
よかったのに……。
失恋はやっぱり、辛かった。
辛かったけど、オレはどうしてもどうしても気になって、ふと2人になった時に、阿部君に訊いた。
「篠岡さんと、付き合う、の?」
そしたら阿部君は「はあ?」と怖い顔して、吐き捨てるように言った。
「んな訳ねーだろ!」
「え、な、何で?」
だって、両想いなんだよね? 篠岡さんは阿部君が好きで、阿部君も篠岡さんが……好き、なら……。
そう思ったけど。
「あのさ。付き合う付き合わねーって。お前、下んねーことばっか考えてんじゃねーよ!」
阿部君が、とがった声を出した。
ドキッとして、ギクッとした。
オレが肩を跳ねさせたのが分かったのか、阿部君は「はーん」と、見下したような目でオレを見て。
「ああ、悪ぃ。お前、失恋したばっかだっけ?」
と……そう言った。
グサッと来た。と同時に、カッと顔が熱くなる。
失恋……は、そりゃ、したけど。
したけど。
阿部君にだけは、そんな軽く言われたくなかった。
胸が痛い。
「野球しろよな」
阿部君が、冷たい声で言った。
「甲子園目指すのにさ、そんなよそ見していーと思ってんのかよ?」
甲子園――。
よそ見。
確かにそうだ。正論だ。阿部君は正しい。
男が男に、好きとか、笑って欲しいとか、触って欲しいとか……もともと考えるべきじゃなかった。
反論できない。
「んな事に気ぃ取られて、野球おろそかにする奴は、」
大嫌いだ、と、阿部君は言った。
(続く)
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