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Season企画小説
大人になる日・2
 3連休にも関わらず、裏グラでは後輩たちが練習してた。
 その様子を、フェンスの向こうから覗いてる人影が3人。それに気付いた時、同時に向こうもオレに気付いたみたい。
「三橋ーぃ!」
 ダークブラウンのコートを着た水谷君が、大きく手を振ってくれた。
 嬉しくなって思わず手を振り返し、駆け足を早くする。さっき飲んだアルコールのせいか、ちょっと足元がふらついたけど、それより喜びの方が上だった。
「水、谷、君、久し振り、だな」
 笑顔で駆け寄ると、「おいおい」って言われる。
「大丈夫、三橋ぃ? 今、コケそうじゃなかった? あっ、飲んでるの?」
 矢継ぎ早の質問に、答えきれなくてこくんとうなずく。
 飲んでるの、分かるのかな? ニオイかな? オレ、顔赤い?
「三橋んちって市内だよね? オレもアリーナにいたんだよー」
「へ、え」
 スーパーアリーナ。じゃあ、あの1万人の中に、水谷君もいたのかな?

 ぼうっと考えてると、水谷君の後ろから張りのある声がふいに聞こえた。
「三橋、酒飲んだのか?」
 聞き覚えのある声に、心臓がドキッと跳ね上がる。
 人影は3人だったの見てたのに、水谷君と話してて忘れてた。やっぱり、ちょっと酔ってるのかも知れない。
「阿部、君……」
 呆然とその人の名前を呟く。
 「オレもいるよー」って栄口君が手を振ってくれたけど、笑みが引いて行くのは避けられなかった。

 阿部君と言葉を交わすのは、卒業式以来初めてだ。オレも避けてたし、阿部君も多分、避けてたと思う。
 好きです、なんてバカな告白をしちゃったから、それ以来ずっと気まずくて――後輩の応援に駆けつけたり、同窓会に出たりした時も、とても近くには行けなかった。
 じわっと顔が熱くなる。
 涙目になりそうなのを誤魔化すように、ぱちぱちと数回まばたきする。
「の、飲み過ぎた、かな」
 片手で目を覆ってため息をつくと、「大丈夫かー」って水谷君が、手うちわで軽くあおいでくれた。
「三橋は誰と成人式行ったの?」
 あおがれながらの質問に、ズキッと胸が痛む。
 みんな、やっぱり友達と誘い合わせて行くのが普通だったの、かな? 巣山君や西広君とも水谷君は会ったみたい。
「巣山は、羽織袴が似合ってたよ〜」
 なんて報告に、オレはヒヤッとしながらうなずいた。

 阿部君は栄口君と一緒だったの、かな? スーパーアリーナ? それとも別? みんなやっぱり、誘い合って行くものなの、か?
 ひとりだったとは言い難くて黙ってると、「田島は?」って訊かれた。
「田島君、は、後から来る、って。た、田島君の家に集合、だって」
「へぇ田島んちかぁ、懐かしいなー。オレも一緒に行っていい?」
「いいな、オレもー」
 水谷君と栄口君に声を掛けられ、うんうんとうなずく。みんなと一緒なのは嬉しい。田島君ちでわっと騒いで、式の時の居心地の悪さを忘れたい。
 田島君も、反対しないだろうと思った。
「田島と飲んでたのか?」
 阿部君の声には、やっぱりドキッとするものがあったけど、全部飲み込んでうんとうなずく。
 あ、でも、一緒に飲んでた訳じゃない、かな。
 思い直して首を横に振ると、「どっちだよ!」って怒鳴られた。

 久々の怒鳴り声は、心臓に悪い。
 現役の頃、一緒にバッテリー組んでた間はずっと怖くなくなってたのに、久々だからかな? 雷に打たれたみたいにビクッとなった。
「あ……の……」
 説明しなくちゃ。そう思うのに言葉に詰まって、声が出ない。
 フラれた相手に久々に会うのに、情けないトコ見せたくない。けど、やっぱ酔ってるせいかな? 涙腺が緩くて、泣きたくないのに涙が出た。
 ちっ、と舌打ちする音を聞きながら、ぐいっと涙をぬぐう。
「阿部!」
 栄口君がフォローするみたいに怒ってくれたけど、こんなことくらいでヘコむオレの方が、悪いとしか思えなかった。
 水谷君に頭を撫でられて、その優しさにも胸が痛くなる。

 雰囲気、悪くしちゃダメだ。
 気まずい空気を肌で感じて、オレは1歩後ずさった。
「ご、めん、お、お、オレ、酔ったみたい、で。や、やっぱり帰る、ね」
 帰る、と口に出してしまうと、もう頭の中がそれでいっぱいになってしまう。
 帰る。もう帰りたい。
 スーツを着た写真、まだ撮ってないの思い出したけど、もうそれもどうでもよかった。
 田島君ちにも、寄れるような心境じゃない。
 ああ、でも、遊んで帰るって連絡しちゃったのに。こんなに早く家に帰ったら、お母さんたち心配するかな? けど、もう、ひとりで街をうろつきたくないんだけど。

「三橋ぃ……」
 水谷君に名前を呼ばれ、精一杯笑みを浮かべる。
「ご、めん。田島君、に、帰るって言っとい、て」
 にへっと笑いながら頼むと、水谷君も栄口君も、それ以上引き留めようとはしなかった。
 阿部君なんて、もっと引き留めるハズない。
 成人式なんか出なきゃよかった。西浦になんか来なきゃよかった。
 「うぇーい」「うぉーい」と、フェンスの向こうから後輩たちの声が聞こえる。ここにオレの居場所は、ない。
 早く大学の部活に出たい。
 大学の野球部に行けば、オレだってちゃんと友達もいるし、居場所だってあるんだよ?
 バッテリー組んでる捕手だって、阿部君と違って怒鳴らない。
 駆け出しながらそう思った時――。

「三橋、待て」
 予想外の声がして、誰かがオレの肩を掴んだ。

 振り向きたくなかったのに、うっかり振り向いちゃった。
 声で阿部君だって分かってたのに。気まずいの、もうどうにもならないのに。もう話すことなんて何もない、のに。
「送ってく」
 手首をぐっと掴まれて、抵抗も反論もできなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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