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Season企画小説
大人になる日・1 (2016成人式・阿←三)
 舞台上で歌う人気歌手。右も左も後ろの人もみんな、口を揃えて歌手と一緒に歌ってる。
 コンビニとかでよく聞いた覚えはあったけど、歌えるほどは詳しくなくて、オレはひとり、どうしようって身を縮めるしかなかった。
 1人くらいクチパクでも分かんないよね? クチパクすらできてないし、「イェイ!」って掛け声すら一緒にはできないけど、目立ちませんようにって神様に祈る。
 ちゃんと予習、しとけばよかった。
 行けば何とかなるだろうって、甘い考えだった。
 1万2千人が集まるスーパーアリーナ。受け付け順に案内され、あれよあれよと座らされた周辺には、当然ながら見知った顔が1人もない。
 ふわふわの白い襟巻き巻いた、華やかな振り袖の女子、緑や紫の羽織袴着た男子、ビシッとスーツを着込んだ男女。晴れ着姿の集団に紛れつつ、キョドキョドと周囲に目を配る。
 後もう少しで、式も終わりだ。せめて悪目立ちして、せっかくのみんなの成人式を台無しにしないよう、気を付けようと思った。

 大阪に進学した泉君は「行かねぇ」って言ってたし、四国出身の大学の同期も、同じく行かないって言ってたんだから、オレだってそうしてもホントはよかった。
 出席率も、8割ぐらいだって。
 つまり2千何百人かは欠席ってことだし、気にしなくてもいいのかも。
 なのに出席しようってなったのは、お母さんの話を聞いたからだ。行けなかった、って。
「あの時は納得したつもりだったけど、やっぱり後悔したのよー」
 当時、奨学金を貰って苦労しながら大学に通ってたお母さんには、晴れ着を買う余裕がなかったみたい。
 今ならレンタルも盛んだけど、昔はなかった、って。
「それにお母さんの時の成人の日は、月曜日じゃなかったからさー。翌日も仕事や学校だと思うと、1日潰すのも大変だったのよ」
 昔のことは、よく分かんない。
 オレにとって、成人の日はずっと無関係な祝日だったし、冬休み明けてすぐの連休ってイメージしかなかった。

 一生に一度だから、ってお母さんは言う。
「どうしてもイヤなら、無理することはないけどさ。せっかくおじいちゃんがスーツ買ってくれたんだから、せめて写真でも送ったら?」
 そう言われたら、「そう、だな」ってうなずくしかない。どうしてもイヤって訳じゃなかったし。
 成人式用にって、群馬のじーちゃんが買ってくれたスーツはデパートのオーダーメイドで、こういう特別な日でもないと、着る機会はなさそうだった。
 田島君は、お兄さんのお古の羽織袴で行くんだって。
「昼飯、一緒に食おうぜ」
 前にそう言ってたから、会場に来れば会えるだろうって、オレ、漠然と考えてた。1万人をなめてた。
 結局それらしい人影を見つけることもできなくて、数か所ある受付を1つ1つ見てく根性もなくて、流されるままひとりぼっちだ。

 田島君、来てるよね?
 照明が落とされ、ざわつく場内をぼうっと見回す。
 この後は、全員合唱でモバイルイルミネーションだって。ケータイの灯りをサイリウム代わりにして、左右に振りながら歌う、って。
 偉い人の挨拶も、地元出身の有名人の祝辞も、代表の誰かのスピーチも、何も頭に残ってない。
 「きゃーっ」「わーっ」って盛り上がる人の中、みんなに合わせて立ち上がる。
 他にも色々知ってる人はいるハズなのに、こんな中じゃ見付からない。
 合唱の曲も中途半端にしか知らない曲で、だけどサビだけは頭の中で歌えてよかった。

――今、どこ?――
 田島君からLineで連絡があったのは、合唱が終わって解散した直後だった。
――まだ座席――
 返事を書き込んで立ち上がる。
――Bゲートに集合な――
 待ち合わせ場所を指定されて、会えるんだって分かってホッとした。
 自分では平気でこなしてるつもりだったけど、やっぱり心細かったみたい。子供みたいに目の前が滲んだけど、バレないようにそっとこすった。
 フロアには、あちこちで立ち止まって談笑してる人がいたけど、オレは急いでゲートまで走った。
 オレなんかに声を掛けてくる人はいない。
 中学別に待ち合わせできる場所もあるみたいだけど、中学時代を群馬で過ごしたオレには縁がない。

「れーん!」
 待ち合わせのゲート前で、羽織袴姿の田島君が満面の笑顔で手を振った。
 明るくて面白くてスポーツ万能でノリのいい田島君は、スーパースターだ。一緒にいるとホッとする。
 昔から人気があったみたい。オレと合流してからも、色んな人からいっぱい声を掛けられてた。友達や知り合いがいっぱいいるの、スゴイなぁと思う。
 近くのカフェで、2人でお昼を食べてた時も、たくさんの人が割り込んで来て賑やかだった。
「一緒に二次会行こうぜー」
 って、オレまで一緒に誘ってくれた。
 偶然だけど、高校で同じクラスだった人とも、その二次会で再会した。

 知ってる顔があると、当たり前だけどホッとする。
 田島君はいつの間にか誰かに連行されてったけど、何となくみんなの話を聞いて、一緒にお酒飲んだりして楽しかった。
 高校に行ってみよう、って話を始めたのは、誰だっただろう? よく覚えてない。
「行こうぜ、行こうぜ。校門で写真撮ろう」
 誰かの言葉に、わあっとみんなが立ち上がる。
 西浦じゃなくて、もっと近くの高校の人だったかも知れない。よく分かんない。ただ、「行くだろ?」って言われて、うなずいた。
 スーパーアリーナから西浦までは、確か3kmくらいだったな、っていう記憶もあった。
 3kmっていったら、うちよりも近い。普段のロードワークの距離よりも短い。――そう考えちゃったのは、多分、酔ってたからなんだろう。

「高校、行って見る」
 そう言うと、田島君も「後から行く」って言ってくれた。
「オレんちに集合な」
 そう言われて、こくんとうなずく。
 行こう行こうって盛り上がってたメンバーとは、早々にはぐれちゃったけど、気にしなかった。
 オレは、ふらふらと懐かしい道を革靴で駆けて――。

 懐かしい高校の裏グラの前で、懐かしい人と再会した。

(続く)

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