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Season企画小説
大人になる日・3
 阿部君がポケットからジャリッとキーホルダーらしきものを出した直後、脇に停まってた車のライトがチカッと光った。
 えっ、と思う間もなく「行くぞ」って言われて、車の前まで連れて行かれる。阿部君の車なのかと悟ったのは、「乗れよ」って言われてからだった。
 一瞬頭に浮かんだのは、飲酒運転大丈夫かってことだ。
「あ、阿部君、お酒、大丈夫?」
 とっさに訊いちゃったのは、やっぱ酔ってるからなんだろう。
「はあ? 車なのに飲んでる訳ねーだろ」
 そう言われると確かにそうで、自分のバカさが恥ずかしい。
 しっかりしてるとこ見せたいって思うのに、口を開けば開く程墓穴を掘ってくみたいで、もうやだ、と思った。
「どうした? 乗れって」
 再度促されても、ドアに手を伸ばせない。
 うつむいたまま黙ってると――。

「三橋君!」

 フェンスの向こうからふいに名前を呼ばれて、ハッとした。
 振り向くと、練習着姿のモモカンが、こっちを見てにっこりと笑ってる。
「久し振り、元気だった?」
「うお、はい」
 慌ててフェンスに近寄り、頭を下げると、モモカンはちらっとオレの後ろ……阿部君の方に目をやった。
 阿部君や水谷君が何も言わないのは、もう先に挨拶してたからだろうか?
 ぼうっと考えてると、目の前でモモカンが腕組みをした。
「もう私はあなた方の監督じゃないから、これはただのお節介だけど。阿部君と、よーく話し合いなさい」

「あ……」
 阿部君、と。
 意味を測りかねて黙ってると、モモカンはちょっと苦笑した後口調を変えて、「おめでとう」って言ってくれた。
「成人式、おめでとう。もう大人だね」
 今日、朝から何度も聞かされた言葉が、胸に突き刺さる。
 大人って何だろう?
 堂々とお酒を飲めること? 車の運転? 親から「早く帰れ」って言われない? 1人でも平気で立てること?
 それとも、気まずさを態度に出さずにいられることかな?

 みんなと別れ、助手席に座ると、知らない車のニオイがした。
 免許、いつ取ったの? この車、自分の? ……部活、どう? 訊きたいことはいくつもあるのに、言葉になって出て来ない。
 どうやって話し合えばいいんだろう?
 何を話せば聞いてくれる?
 ゆっくり過ぎてく、かつての通学路の景色を車窓越しに眺めてると、同じことを考えてたのかな?
「ちょっと寄り道していーか?」
 運転席の阿部君が、ハンドルを握ったままで、ぽつりと言った。
「う、ん。オレも、まだ帰りたく、ない」
 素直に口に出してから、ハッと片手で口を押える。
「あ、の、お、親に『遅くなる』って言っちゃった後だった、から、その……」
 しどろもどろに説明しながら、運転席をうかがうと、阿部君は「ふはっ」と笑みを漏らした。

「相変わらずだな、元気そうでよかった」
「そ……」
 そう、かな? 出かかった疑問を飲み込んで、こくりとうなずく。
 大学のこととか部活のこと、今日の成人式の話……。訊かれるままぽつぽつと答え、オレからも1つ1つ質問を返す。
 阿部君とは大学が違うから、他校の話を聞くのは興味深いけど何か寂しい。
 もうバッテリーじゃないんだな。
 けど、こんな風に話をするのも2年近くぶりのことだったから、意外と普通に話せてることに、勝手だけどホッとした。
 オレがバカな告白なんかしなければ、もっと親しくできてたのかな?
 今言わないと一生言えないって、あの時は思ってたけど。世の中には、言わずに済ました方がいいこともいっぱいあるんだ。――失敗に終わった告白で、オレが得たのはそんな教訓1つだった。

「車、免許、いつ?」
 オレの切れ切れの質問にも、阿部君は快く答えてくれた。
「ああ、去年。もう若葉マークじゃねーんだぜ」
「へ、え」
 得意げな声にうなずきながら、必死に頭を回転させて、次の話題を考える。
「な、なんで?」
「なんで免許取ったかって?」
 阿部君に言葉を捕捉され、こくこくとうなずいた、次の瞬間。
「好きなヤツ、乗せるため」
 キッパリと言われた言葉に、ショックで心臓が止まるかと思った。

 呼吸の仕方を忘れたみたいに、空気が重く、薄くなる。はくはくと口を開けても酸素が入ってくれなくて、声を上げることもできなかった。
「若葉マーク取れたら、迎えに行こうと思ってた」
 優しげな声でそんなこと言われても、どうリアクションすればいいか分かんない。
 免許取って1年、色んな人を助手席に乗せて、ずっと練習してたんだって。
 おじさんやおばさん、弟の旬君、大学の友達、野球部の友達……。栄口君も、西浦まで乗せて来たんだって。
 それを聞いて、帰りはどうするんだろうって思ったけど、口に出せる状態じゃなかった。
 オレは、当たり前だけど練習台にも呼ばれなくて……ああ、でも、今こうして乗ってる訳だけど。それでも、慰めにはならなく、て。胸が痛んだ。
 目の前が滲む。

 2年前の卒業式の時、好きな人いないって言ってたのに。
『ワリー、今はそういうのに興味ねぇ』
 あの時の返事を思い出し、そうか、って思った。
 好きな人いないけど付き合えない、ってあの時はフラれたけど。好きな人ができたから、もう諦めろって、阿部君は言いたいんだろうか?
 待ってても脈はないぞ、って。親切にも教えてくれたのかな?
 酸素を求めてはふはふと動く口を、意志の力で無理矢理閉じる。大人になるんだと言い聞かす。
 どこかの街を一望できる高台に、阿部君が車を静かに停めた。ギギッ、とサイドブレーキの音がして、エンジンの音がふいにやむ。
 どんな人? と、笑みを作って訊こうとした、その時。

「お前のことだ、三橋」
 阿部君がそう言って、運転席から腕を伸ばした。

(続く)

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