Season企画小説
吸血鬼なオレとカボチャミイラ・前編 (2012ハロウィン)
ハロウィンが近付くと、魔界も人間界と同様、少しずつ騒がしくなってくる。
ハロウィンは死者の祭りだ。
この世とあの世との境界が曖昧になり、魔界と人間界の境界もまた、曖昧になる。
「トリック・オア・トリート」
そう言って、ランタン片手に夜道を練り歩くニンゲンのガキが、たまに魔界に迷い込んでしまう事も珍しくねぇ。
そいつらを放っとくと、ロクな事にならねーそうで、毎年くじ引きで数名、パトロールに駆り出される事になっている。
過去には、迷い込んだまま居着いちまうガキもいたらしいけど、まあそんなのは特殊な例だ。
ニンゲンのガキなんざ、さっさと追い返すに限る。
だからオレも今まで、このパトロール制には賛成だった。
くじ引きで当たりを引いちまった時は、さすがにメンドクセーと思ったけど、ニンゲンのガキは好物だし。
ちょっと世話してやるついでに、味見くらいさせて貰ってもバチは当たんねーだろう。
それに、ニンゲンがダメでも……ペアを組むのが可愛い魔女とかだったら、そいつの血を戴いてもイイ。
オレはそう思って、ハロウィンが来んのを楽しみにしてたんだ。
けど……。
「ガイコツか、ミイラか」
パートナーに選べるのは、そのどっちかだ、と直前に言われて耳を疑った。
「はあ?」
なんで? と、理由を訊いたオレに、パトロールのリーダーは呆れたような声を出した。
「なんでって。アベ君。キミ、嫌われてるからだよ」
ガイコツだから表情はワカンネーけど、ジェスチャーと声色だけで、面倒臭がられてんのは伝わった。
それにしても、嫌われてるって。面と向かってハッキリ言われると、地味にショックだ。
だって、オレは吸血鬼だぞ? 魔界でも人間界でも、スタイリッシュな魔物つったらほぼイコール吸血鬼だろ?
紳士的だし、臭くねーし、身だしなみには気も遣ってる。連れ歩いて恥ずかしいなんて、言いはしても言わせることはねぇ。
そりゃ、短気なとこはあるかも知んねーけど、そんなん魔物としては普通だろう。
つーか、人のイイ魔物って魔物じゃねーだろ。
「納得いかねーんスけど」
不機嫌を隠さねーでリーダーに言うと、ますます呆れたようにため息をつかれた。
「納得も何も。キミ、咬みつき癖がヒドイんでしょ? 隙あらば血を吸おうと狙ってるらしいじゃないか。しかも、吸った後で美味いとか不味いとか臭いとかドロドロだとか、批評するんだって? やめたげて! 傷付くから」
やめたげて、と言われても困るが、心当たりあるだけに反論できねぇ。
ぐっと黙り込んだオレに、リーダーは「だからね」と言い聞かせるように口を開いた。
「キミとペアになってもいいよ、って子、僕とミイラと2人だけだったから。で? どっちと組む?」
表情はワカンネーけど、やっぱ面倒臭がられてる。……ムカつく。
オレはため息をついて、ガリガリと頭をかいた。
ガイコツとミイラ……。確かに、どっちも血が通ってなさそうだ。どっちも咬み付こうって気になれねぇ。
でも、もしガイコツと組むとしたら、この調子でずっと説教食らいそうな気がする。それはイヤだ。
だったら、消去法でミイラか。
「あ、それと、迷子のニンゲンの子に咬み付くのも、禁止だからね!?」
リーダーにトドメとばかりにクギを刺され、オレは「あー」とやる気のねぇ返事をした。
そして――。
やって来たミイラを見て、オレはさらにやる気をなくした。
「は、じめまし、て。ミハシ、です」
ほぼ全身に包帯をぐるぐる巻いたそいつは、なぜか頭に、でかいジャック・オー・ランタンを被ってる。
カボチャがデカ過ぎて重いのか、ペコッと頭を下げた拍子に、前のめりに転びそうになってっし。意味ワカンネー。
「なんだ、それ?」
呆れて訊いたら、「じゃ。じゃっくおーらんたん、です」ってひらがなで言いやがった。見りゃ分かるっつの。
で、なんでそんなの被ってんのかって訊いたら、「は、ハロウィンだから」って。ますます意味ワカンネー。
しかも、ふらっふらしてるし。
「おいおい、大丈夫かよ? つーか、ミイラって火気厳禁じゃなかったか? カラッカラ乾燥肌だろ?」
そういうと、ミハシはキョドキョドとカボチャ頭を動かした。
「お、オレ、みずみずしい、から」
って。
みずみずしいミイラってミイラじゃねーだろ。ワケワカンネー。
こんな挙動不審ミイラより、まだあっちの説教ガイコツの方がマシだったかな?
けど、もう決まっちまったモンは仕方ねぇ。
「おー、行くぞ」
オレはますますやる気をなくして、人間界との境界パトロールに出発した。
しばらくすると、霧が出て来た。
ミハシの頭のカボチャランタンから、オレンジ色の灯りが漏れて、霧を柔らかく照らしてる。
境界線が曖昧だから霧が出んのか、それとも、この霧のせいで迷子が出んのか……。
ニンゲンのガキが迷いこむのは珍しくない、とはいえ、毎年必ずって訳でもねーらしい。
だから、パトロール中に遭遇する確率ってのはそう高くなくて、まあせいぜいくじ引きに当たるくらいなもんだって話だ。
けど……。
「あーっ、灯りだ! あそこ!」
霧の向こうからガキどもの声が響いて来て、オレは内心舌打ちをした。
さっそく迷子発見か? 今日はとことん「当たり」を引くんじゃねーだろうな?
斜め後ろでキョドってる、カボチャミイラをちらっと見る。
「あ、アベ君、ガブリはダメ、だ」
って。言われなくても控えるっつの。ガイコツに見張れとか言われてんのか?
自称「みずみずしいミイラ」は、オレの不機嫌さにビビってたみたいだったけど、オレは別に気にしなかった。魔物なんか、怖がられてなんぼだし。
血の気のねぇミイラなんかに用はねーし。
まあでも、意味ワカンネーと思ったランタンだったけど、迷子を見付けんのには役立つみてーだ。まもなく、さっきの声の主が駆け寄って来た。
「すみませーん!」
「ぼくら、道に迷ったみたいでー」
現れたのは、オレらの腰くらいの身長のガキ2人。1人は魔女みてーなとんがり帽子被ってて、1人は頭からすっぽりとシーツみてーな布を被ってる。
ガキ2人はオレら2人を見て、安心したようにニカッと笑った。
「仮装大会行くんですか? 会場まで連れてって貰えませんか?」
仮装じゃねーけどな、とか思いつつ、カボチャミイラに関しちゃ全く否定もできねーで、オレは「おー」と曖昧に言った。
ガキのお守りは面倒だけど、まあ、泣かれるよりは懐かれる方がマシだ。
「と、と、とりっく・おあ・とりーと」
ミハシがドモリながらひらがなで言った。
ガキらは一瞬顔を見合わせ、ニカッと満面の笑みを浮かべて、大声で答えた。
「トリック・オア・トリートー!」
「はい、お菓子です、よー」
リーダーに持たされてた、忘れ薬入りのクッキーを渡しながら、カボチャミイラがふひっと笑う。
ニンゲン好きなんかな? 魔物のくせに。まあ、どうでもいいけどな。
取り敢えず、ぐずぐずしてる訳にもいかねぇ。魔界と人間界とじゃ時間の流れが違うから、あっという間に時間が過ぎる。
できるだけ早く迷子を帰すってのも、オレらパトロールの仕事の内だ。
「ほら、もう行くぞ。足元暗いから気ぃ付けろよ?」
先頭に立って歩きながら、そう注意を促した途端――測ったように、1人が目の前でつまづいた。
頭からシーツ被ったガキが、そのシーツのすそを自分で踏んで、「わーっ」と叫ぶ。
それをとっさに抱き留めたミハシも、一緒にドスンと尻餅付いて、ランタンの明かりが大きく揺れた。
ガキが怪我しようがどうでもいーけど、泣かれんのはウゼーし。
「あーあ、気ぃ付けろつっただろ」
オレは、ガキの軽く頭を叩き、頭でっかちなカボチャミイラに手を貸して立たせてやった。
「あ、あ、あり、がと」
しどろもどろに礼を言うミハシに、「おー」と返事しながら、ふと下を見て、ドキッとした。
尻餅ついた時に引っ掛けたんか? 片足の包帯がほどけかけていて――そこから、ミイラには有り得ねぇ、みずみずしい肌が覗いてた。
(続く)
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