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Season企画小説
吸血鬼なオレとカボチャミイラ・後編
 人間界との境界線つっても、明確にラインが引かれてる訳じゃねぇ。
 やみくもに「あっちだ」とか言って行かせたら、本来の場所よりもスゲー離れたとこに出ちまう可能性もある。
 オレはガキの都合なんかどうでもいいと思うけど、ミハシはそういうとこ気にするみてーで、「もとの場所に、もとの場所に」ってうるさかった。
「ハロウィンパーティ、間に合うかなぁ?」
「ぼく、パンプキンプディング好き!」
 何も知らねーガキどもは、ミハシから貰ったクッキーをポリポリと頬張りながら、呑気な様子で喋ってる。

 悪ぃな、家に帰る頃には、ハロウィンはとっくに終わってんぜ……なんて、言ってやったりはしねー。
 境界線のあっちとこっちじゃ、時間の流れが違うかんな。こっちに1日もいりゃ、向こうでは何ヶ月も経っちまう。
 今頃、人間界じゃ神隠しだ何だって大騒ぎになってるかもな。
 まあ、魔法のクッキーの効果で、戻る頃には全部忘れてんだろうから、どこをどう歩いたかとか、誰と一緒だったとか、そんなこともきっと話せねぇまま。真相は闇の中って事になるんだろう。
 けど、オレはそんなガキどものコトよりも、カボチャの中身の方に興味があった。

 あんなデカいカボチャを被ってたら仕方ねーと思うけど、ミハシは包帯がほどけかかってることに気が付いてなさそうだ。
 ガキらはきゃっきゃと笑いながら、ミハシの後ろに回り込んでは、その包帯をそっと引っ張って緩めてる。
 とんだイタズラ小僧どもだが、オレは見て見ぬフリをした。
 だって――ミイラの中身が、普通に白い足だとか有り得ねぇ。けど、オレが無理矢理包帯を引き剥がす訳にもいかねーし。ここは、ガキどものせいってことで、少しずつほどけてくんのを待つ方がいいだろう。

「結構、歩く、ねー」
 何も知らねぇミハシは、カボチャの重さでふらっふら危なっかしく歩きながら、霧の道を進んで行く。
 10分くらい歩いただろうか。
 しばらくすると、黒く舗装された固い地面の道になった。
 カツン、カツン、と靴底が響く。
 スゲー背の高い家々が林のように並んでて、月よりも明るく夜空を照らしてる。
 でも、逆に星は見えねぇで、空の色は真っ黒だ。
 人間界だ、と、すぐに分かった。

「あっ、家だー!」
 魔女帽子被った方のガキが、そう言って嬉しそうにカボチャミイラの手を引いた。
 ぐいっと引っ張られ、頭の重いミハシがバランスを崩す。おまけに、ほどけかけてた包帯の端を、自分で踏ん付けたらしい。
「うおっ」
 間抜けな声に助け手を出す間もなく、ミハシが地面に突っ伏した。
「ふぎゃっ」
 みっともねぇ悲鳴と共に、バキッと鈍い音が響く。
「あーあー、おい、大丈夫かよ?」
 言いながら屈み込んだけど、どうも大丈夫そうじゃねぇ。カボチャが……割れてんのがハッキリ分かった。

「大丈夫?」
「ミイラのお兄ちゃん、大丈夫?」
 ガキどもはミハシを助け起こそうとしてたけど、ミハシはカボチャが割れたのに気付いたんだろうか、首を振って抵抗した。
 顔を見られたくねーんかな? なんで? ミイラじゃねーってバレるからか?

「あー、もういいから、行け」
オレはガキどもに、追い払うように手を振った。
「こっから家、近ぇーんだろ? オレらはいーから、もう帰れ」
 黒く固い地面の先には、いっぱいの街灯りが広がってる。ランタンみてーにゆらがねぇ、煌々とした明るい光。
 ……こっから先は、ニンゲンの住処だ。

 ガキ2人は「ありがとう」とか「またね」とか手を振りながら、自分らの家へと帰って行った。後ろ姿を見ると、やっぱちょっと達成感みてーなもんがあるか。
 手を振ってガキどもを見送りながら、足元のミイラに目を向ける。
「おい、ガキども行っちまったぞ」
 オレがそう言うと、倒れたままだったミハシの体が、びくんと動いた。
「う……」
 ミハシは痛そうに唸りながら、ゆっくりと身を起こした。割れたカボチャのかけらを、お面みてーに顔に押し付けてる。
 ガキどもの姿はもう見えねぇ。
 霧がまた濃くなって来た。境界線が――揺らぐ。人間界が遠ざかる。

「お前は帰らねーの?」

 オレは単刀直入に訊いて、じっとミハシの顔を見た。
 顔はまだ隠してるけど、薄茶色の柔らかそうな髪が、バッチリと見えている。
 やっぱ……こいつ、ミイラじゃねぇ。
「か、か、える、って?」
 ミハシが激しくドモリながら訊いた。それにオレは、キッパリと答えた。
「人間界だよ。お前、ニンゲンだろ?」

 ハロウィンの夜は、あちこちの境界線が曖昧になり、魔界に迷い込むニンゲンも珍しくはねぇ。
 大概は見付けてすぐに連れ帰すけど、ずっと以前には、そのままこっちに居ついちまうヤツもいたそうだ。
 こいつも、その1人なんじゃねーかって……これはただの勘だけど。
 ミハシはしばらくキョドった後、やがて諦めたようにオレを見た。
「オ、レはミイラ、だよ」
 そう言いながら、顔に当ててたカボチャをゆっくり降ろすと、気弱そうで儚げな、白い顔が現れる。
 でも、下がり眉の下、吊り上がり気味の大きな瞳には、決意の光が宿ってた。

「もう、あっちに帰っても仕方ない、んだ。家族も、知り合い、も、誰もいない、し」
 ふひっと笑うミハシとオレの周りを、濃い霧がゆっくりと包んでいく。人間界が遠ざかる。
 魔界と人間界とじゃ、時間の流れが違うから――そうか、もう随分長いこと経っちまっているんなら、帰る場所もねーってことか。
「そうか……」
 オレはもう、それ以上何も言わなかった。

 ジャック・オー・ランタンがなくなったお陰で、ようやくミハシも、包帯がほどけかけなのに気付いたらしい。
「うお、包帯」
 困ったように眉を下げ、包帯を巻きなおそうと今更ながらに四苦八苦してる。
 その不器用な手つきに、なんつーか、ははっと笑えた。
「貸してみろ」
 オレはそう言ってミハシの足元にしゃがみ込み、手早く包帯を巻きなおしてやった。

「あ、ありがとう、アベ君!」
 キラキラの笑顔で礼を言われ、さすがのオレもちょっと照れた。魔物がそんな素直でどうする。これだからニンゲンは……とか、心の中で言って見る。
 照れ隠しに視線を逸らすと、次に目に入ったのは、今までカボチャに隠されてた真っ白な首だ。
 ドキッと胸が鳴り、ゴクリとノドが鳴る。
 ……美味そうじゃねー?

 ミイラに食欲はわかねーけど、ニンゲンのガキは好物だ。
 ニンゲンに手ぇ出すなってガイコツには言われたけど、こいつは「自称」ミイラだし。
 つか、オレの咬み癖知ってて、そんでペア組んでいいって言ったんなら――1咬みや2咬みしてもイイってことだよな?
「なあ、ミハシ」
 オレは、カボチャの取れたみずみずしいミイラに笑いかけた。
「パトロール終わったら、オレんち来ねぇ? メシ食おうぜ」

 ただし、オレのメシはお前だけど……と、心の中だけで呟いて、オレはミハシの返事を聞いた。
「う、うん、行く!」
 ミハシも喜んでるみてーだし。楽しいハロウィンになりそうだった。

  (終)

2012阿部誕・吸血鬼なオレの誕生日 に続きます。

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あきゅろす。
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