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小説 1−10
鬼子ども・1 (鬼隠し続編・花井視点)
※この話は鬼隠し鬼暮らし鬼萌え の続編になります。






 あっという間の夏休みが終わり、ようやく涼しくなりはじめた9月のことだ。
 山のふもとの小さな分校に、転入生がやって来た。
 全校でたった9人しかいなかった教室に、新しく仲間入りした少年は、このような田舎では珍しい、ピカピカの黒いランドセルを背負っていた。
「三橋廉君です。みんな、仲良くするんだよ」
 女教師の言葉に、子供たちが元気に「はーい」と返事する。4年生の花井梓も、そのうちの1人だった。
 教師の紹介の後、数人にわっと取り囲まれて、その転入生はビクリと全身をこわばらせた。
 柔らかな薄茶色の髪に、日焼けを知らなそうな白い肌。白いブラウスと紺色の吊りズボンが、とてもよく似合っている。
 顔を引き吊らせ、視線を泳がせて、ふわふわの髪の毛をぶわりと逆立たせている様子は、怯えた小動物そのものだ。
 真新しいランドセルといい、仕立ての良さそうな服といい、都会から来たに違いないと思われたが、廉は意外にも、この村よりもっと山奥に住んでいるらしい。

「あの山の奥って、昔タンコーあったの知ってるか? オレんちのじーちゃん、そこで働いてたんだって」
 そう言ったのは、分校で1番元気のいい悠一郎。
「たっ、炭坑……、うん。うち、炭坑村の、もっと奥」
 廉の答えは、蚊の鳴くように小さかったが、悠一郎にはバッチリと聞こえたらしい。
「マジで!? すげー山奥じゃん! すげー!」
 大声で「すげーすげー」と歓声を上げ、廉の細い肩に腕を回した。
「そんな山奥なのか?」
「そーだよ、すげー山奥だぜ」
 悠一郎の言葉に、みんなが笑った。廉も笑った。
 現金なもので、自分たちより田舎に住んでいると知ると、途端に仲間意識がわく。都会者だと遠巻きにしていた子供たちも、いつの間にか廉を取り囲んだ。

 廉は今まで、学校に通ったことがなかったらしい。
 その割に漢字の読み書きもそこそこできたし、足し算引き算もできるようだ。
「隆也に、教えて貰った、から」
 そう言って、にへっと笑う廉は、照れくさそうで嬉しそうだ。
 隆也というのは、一緒に暮らしている保護者らしい。親でも兄弟でもないというから、難しい事情があるのだろう。
「山奥に住んでて、ランドセルなんてどこで買ったんだ?」
 誰かの率直な問いにも、廉は照れくさそうにぼそぼそと答えた。
「じ、じーちゃん、が、送って来た」
「へぇー、お前のじーちゃん、町に住んでんの?」
「う、うん。遠く」

 遠くの町にいる祖父ではなく、山奥に親でも兄弟でもない者と住むという廉。
 けれど、村の子供たちにとって、そのような事情は些末なことだ。大事なのは、仲間になれるか否か。友好的か、そうでないか。
 ずっと9人でやっていた教室に、いきなり紛れ込んだ廉は、どう取り繕っても異物には違いない。
 色白で、おどおどしていて、ドモリがちのキョドリがち。山奥に住んでいて、友達もいなかったのだと思えば、その異物感は梓にとって、納得のいくものだった。

 まだ弁当のいらない日だったので、学校はすぐに終わった。
「先生、さようなら」
 声を揃えて挨拶をした後、分校の仲間たちはそれぞれ荷物を持って、それぞれの家に帰っていく。
 梓も同様に、下駄箱から靴を取り出して――そこでぽつんと、廉が校舎の入り口に立ったままなのに気が付いた。
 真っ黒なランドセルを背負い、校庭の向こうをひとりで眺めている廉は、少し不安そうで寂しそうに見えた。
「帰んねーの?」
 梓が声を掛けると、廉はビクリと肩を跳ねさせ、ぞれからギクシャクとうなずいた。
「お、オレ、ひとりじゃ帰れ、ない」
 ぼそぼそと恥ずかしそうに言われて、「ふーん」と相槌を打つ。
 とんでもない山奥からの、初めての登校だ。ひとりで帰れないのは、無理もないのかも知れなかった。

 歩いて帰るのかと訊くと、こてんと首をかしげられた。
「誰か迎えが来んの?」
 その問いには、こくりと1つうなずかれる。
 一緒に住んでるという保護者だろう。山奥に住み、猟や畑仕事をして暮らしているというから、熊のようなヒゲもじゃの大男かも知れない。
 毛皮の上着を着て猟銃を担いでいるような、怪しげな格好を思い浮かべ、梓は少し怖いなと思った。
 なんとなく廉を残しては帰り辛く、梓は靴を履いて廉の横に立った。
「一緒に待っててやるよ」
 梓の言葉に、少し怯え気味にうなずく廉。
 そこに、「レーン!」と大声で呼びかけながら、悠一郎も加わった。
「お前ら、まだ帰んねーの?」
「お前こそ」
 梓の言葉に、「オレはいっぺん帰ったもん」と、悠一郎が得意げに笑う。悠一郎の家は分校のすぐ側で、それは勿論、梓も知っていることだった。

 廉の迎えを待っているのだと伝えると、遊んで待っていようと悠一郎が言い出した。
「影鬼するか?」
「じゃんけんしよーぜ」
 悠一郎の誘いに応じ、梓は肩掛けカバンを下駄箱の脇に置いた。廉のようなピカピカのランドセルではなく、母親のお手製の布カバンだ。
「ほら、お前も」
 廉のランドセルをちらりと見て、それを置くように促したとき――。

「あっ、隆也、だっ!」

 廉が弾んだ声を上げ、校庭をダッと駆け出した。
 おっとりしていて鈍くさそうに見えるのに、山暮らしで鍛えられたその足は、意外に早い。
「何だぁ?」
 悠一郎と共に目を向けると、廉の駆けて行く先に、真っ黒な男がいるのが見えた。黒い髪に黒い服の、まだ若い青年だ。
 梓の想像したような、毛皮の上着も着ていないし、ヒゲもじゃでもない。
 けれど一目見たとき、何だか恐ろしいような空気を感じて、梓はごくりと生唾を呑んだ。

(続く)

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