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小説 1−1〜5、7
鬼隠し・前編 (昔話パロ)
 廉はひとりだ。
 幼い頃に両親と死に別れ、祖父母の屋敷に引き取られて、何不自由なく暮らしてる。
 でも、ひとりだ。
 大人達は皆、いつも忙しそうにしていて、廉が話しかけても、冷たく手を払うだけだ。
「あっち行け、ほら、あっち」
「1人で遊べ」
「お前の相手してる暇、ないんだよ」

 屋敷には、同じくらいの子も何人かいたけれど、誰も廉と遊んでくれなかった。
 使用人の子は使用人の子と、主筋の子は主筋の子と遊ぶように……きっちり区別されていたからだ。
 それに主筋ではあっても、廉は駆け落ち婚の生まれとかで、本家のイトコ達とはまた、一線を引かれて扱われてた。
 だから、廉はひとりだった。
 ひとりで遊ぶ以外になかった。

 仕方なく廉は、祖父から与えられた豪華なおもちゃの、いっぱい入った箱を覗く。
 そこから廉が取り出すのは、舶来品の帆船の模型でも、大きなブリキのロボットでもなかった。
 廉の宝物は、古ぼけたボールだった。
 ここに引き取られる前、父親がなけなしの金で買ってくれたものだ。ホントは、小さなグローブも持っていたけど、それはもう小さすぎて、手にはまらなくなってしまった。
 祖父には、新しいグローブを2つも買ってもらったが、ぽんと簡単に与えられたそれは、何だかひどくよそよそしくて、なかなか使おうという気になれなかった。
 大体、何で2つなのか。
 ……友達も、いないのに。

 たったひとり、たったひとつのボールでどう遊ぶのかというと、的当てだ。
 祖父の屋敷の広い庭の、片隅にある小さな蔵の、漆喰の壁が廉の的だった。
 木炭で印を付けただけの、簡単な的だ。
 使用人にでも頼めば、もっとマシな物を作ってくれたのかも知れないが、そう頼む勇気は、持ち合わせていなかった。

 人と話すのは、苦手だ。
 幼い頃から、ドモリ癖はあった。言いたいことが次々に浮かぶのに、口のスピードが追い付かなくて、何から言えばいいのか分からなくなってしまうのだ。
 今は違う。言いたいことはたくさんあるけれど、誰も耳を傾けてくれない。
 喋れば、顔をしかめられるから、喋らない。
 無視されても傷つかないよう、空気のようにふるまう。――それが、廉の処世術だった。


 今日も廉は、ひとり庭の片隅で、粗末な的にボールを投げていた。
 パシン、と的に当たったボールが、廉の元に、てんてんと転がって戻る。
 パシン、てんてん。パシン、てんてん。
 規則正しく、繰り返される音。
 投げてる時、廉は、ただ投げている。つまり集中して、それ以外を意識の外に追い出している。
 だから、物陰に隠れて、自分をじっと見てる者がいることにも気付かなかった。

 ふと集中が途切れて……ボールを持つ指が滑った。
 あっと思った時には遅くて、わずかに的からそれたボールが、てんてんと斜めに転がって、やぶの中に消える。
「あっ……」
 微かに悲鳴を上げて、廉はやぶに駆け寄った。
 真新しい真っ白なボールなら、やぶの中でも輝くように浮き上がるかも知れないが、廉の宝物はそんな、真っ白なボールじゃなかった。

 仕立ての良い、上品な服が汚れるのも構わずに、廉は地面に四つん這いになって、必死でやぶに分け入った。
 立って遠くを見回し、座って草の根まで掻き分けて、ひたすらボールを探しに探した。
 けど、見付からなかった。
 どうしよう、勇気を出して、大人に手伝って貰うべきか。それとも、やはり自分で探すべきか――。

 どちらにしろ踏ん切りがつかなくて、廉はやぶの中に立ち尽くしたまま、向こうに見える母屋を見た。
 と――そこの外廊下に、祖父が現れた。
「誰だ! そこで何をしてる!? 出て来なさい!」
 祖父は、老いてもよく通る声で、厳しく言った。
 話しかけられ慣れてない廉は、同じように、叱られ慣れてもいない。厳しい叱咤にびくんと体を硬直させ、おずおずとやぶから顔を見せた。

「廉か。こっちへ来なさい。泥だらけじゃないか。……そんな所で何をしていた?」

 廉は、言われるままに駆け寄り、祖父の立つ廊下の側に立った。
「ぼ、ボー、ル、が、っ……」
「ボールを失くして探したのか?」
「は、いっ!」
 伝わった、分かってくれた、と喜びに輝いた廉の顔が、祖父の応えに一瞬でくもる。

「下らん。ボールなど、新しいのをいくらでも持ってるだろう。後で誰かに探させるから、部屋の中で遊びなさい」

「ち、が、あ、お、……」
 違うんだ。あれはお父さんが昔買ってくれた、大事なボールなんだ。他のじゃ代わりにならないんだ。あれは大事なボールなんだよ――。
 言いたいことはたくさんあるのに、口が思うように動かない。言葉が、すらすらと、出ない。
 けれど、もう祖父の方には聞く耳もなくて。
「いいから、中に入りなさい。こんなとこで遊んで、鬼に攫われても知らんぞ」
 そう言って去って行く背中を、見送るしかできなかった。


 廉は再びやぶに戻り、またボールを探し始めた。
 さっきは出て来なかった涙が、目の前をくもらせて邪魔をした。
 その内、ボールを探しているんだか、泣いているんだか分からなくなってしまった。
 ボールが無いから悲しいのか、理解されなくて悲しいのか、泣いてる理由も分からなかった。
 やぶの中にうずくまり、廉はそこで、ひとり泣いた。

 しばらくして――後ろのやぶが、ガサッと揺れた。
 はっと振り向くと、濃緑の椿の枝を揺らして、黒い男が立っていた。
「探してんの、これだろ?」
 男の手には、あの大事なボールが握られている。
「あ、ああっ、そ、そ、」
 廉は、単語にもならないような音を並べて、男の手からボールを受け取った。
「あ、あ、り、……」
 どもってしまって、礼さえもまともに言えなかったが、男は他の大人達のように、呆れたりイヤな顔したりしなかった。 
 ただ、大きな手のひらが降りて来て、廉の頭を優しく撫でた。

「良かったな」
 男はそう言って、にこりと笑った。笑ってるのに、なんとなく恐い感じがしたけど……廉は、慌ててその考えを打ち消した。
 だって、大事なボールを、見付けて渡してくれた人だ。怖いなんて、思っちゃダメだ。
 そっと上目遣いで見上げると、目が合った。
 垂れ目なのに、どこか眼光鋭くて……隙がないように見えるのは、その顔立ちが、整っているからだろうか。
 目も髪も、服までもが真っ黒な男だった。

「お前、いつもひとりで遊んでんの?」
 男は、少し屈んで廉に視線を合わせ、穏やかに言った。
「ひとり、寂しくねぇ?」
 寂しい、とは――即答できなかった。
 だって喉が詰まって、涙が出て、息もできないくらいだった。
「寂しいよな」
 分かるよ、と男はそう言って……廉に、大きな手を差し伸べた。

「一緒に外に遊びに行こう」

 こうして、廉は鬼に攫われた。

(続く)

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