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小説 1−9
鬼萌え・1 (鬼阿部×少年三橋・鬼隠しの続編)
※この話は鬼隠し鬼暮らし の続編になります。




 廉が鬼に連れられ、山に棲むようになってから、何度か目になる春が来た。
 雪が溶けて川の水を増し、山に緑が萌え始める。畑に生えたたくさんの芽は、暖かい日差しを浴びてあっと言う間に成長した。
 廉も成長した。
「シャツ、キツい」
 保護者であり、連れ合いでもある隆也に遠慮がちに訴えると、隆也はまじまじと半裸の廉を見て、ふっと笑った。
 整った顔は野性味があり、少々凄みのある笑みだったけれど、廉の目にはとても優しい笑顔に映る。
 隆也の正体は鬼であり、人外の強さと怖さを持つ存在ではあるものの、彼が誰よりも優しいことは、廉自身が知っていた。
「そーだな、ちっとデカくなったか」
 大きな手のひらで、隆也が廉の頭を撫でる。頭ががくがく揺れるほどの乱暴な撫で方ではあったけれど、廉は気持ちよさそうに目を細めた。
 大きくて力強い隆也の手。この、長い年月を生きてきた鬼の男の手のひらが、廉はとても好きだった。

 まだまだ幼さの残る自分の貧弱な体と、目の前の彼のたくましい体とを見比べる。
 強く大きな鬼は、ちっぽけな廉の憧れだ。
 大きくなるには、よく食べてよく寝ることだと言われるが、彼の隣に並び立てるようになるには、どのくらいご飯を食べればいいのだろう? 少なくとも、1年や2年では無理そうだ。
 一方の隆也はしばらく何やら考えた後、「着替えがいるな」と廉を見下ろした。
「新しい服、町に一緒に買いに行くか?」
「町、に?」
 隆也の言葉を、短くつたなく繰り返す。その提案は廉にとって、とても意外な言葉だった。
 じわっと顔が熱くなるのを感じながら、にっこり笑って「はい」とうなずく。
 廉のその喜びように、隆也の方も笑っていた。

 山の暮らしは、基本的には自給自足と物々交換で成り立っている。
 食事は畑で採れた野菜に、隆也が狩った鹿やイノシシ、川で釣った魚などで十分に足りている。米は近くの村で分けて貰うこともあるし、酒や砂糖が欲しければ、ふもとの町にも買いに行く。
 廉にはよく分からないことだが、隆也は金に困ってはいないようで、廉に色々な物を買い与えてくれた。
 服や靴は勿論、読み書きや計算を覚えるための本やノート、筆記具の類も揃っている。
 ただ町まで遠いのが難点で、これまで隆也が買い出しに行くとき、廉はずっと留守番だった。
 ふもとから真っ直ぐに上がって来れる近道は、深い谷で分断されたままである。そこにかつてかかっていたつり橋は、少し前に落とされて以来、修復される様子もない。
 鬼である隆也なら、ひと飛びに越えられるのだが、廉にはそれができなかった。
 つり橋を直すことくらい、恐らく隆也には簡単だろう。けれどそれをしないのは、かつて廉が、よそ者にさらわれそうになったからだ。
 隆也が警戒する気持ちも分かるので、廉も敢えて、橋の修復を願わなかった。

 たった2人の山の暮らしに、不便なところは何もない。
 水も食料も豊富だし、隆也が建てた立派な小屋もある。小屋の中には囲炉裏もあるし、囲炉裏の周りには、贅沢に動物の毛皮が敷かれている。
 夏には草で編んだ円座を使うが、これは冬の間に近くの村で作られた物らしい。川辺に生えるマコモで編むのだと聞いたので、近いうちに廉も自分で編んでみようと思っている。
 放し飼いではあるが、鶏も飼っている。毎日新鮮な卵が獲れるが、何より世話をするのが嬉しい。
 温泉はやや遠いが、鬼の足ならほんのわずかな時間で往復できるし、真冬でも湯冷めしたことはない。
 狭い小屋にベッドは1つしかなかったけれど、隆也の腕に抱かれ、温もりを感じながら眠ればいいので不都合はなかった。
 大事なひとと2人きりで、心穏やかに日々を送る。その静かで優しい今の暮らしは、かつて孤独を味わった廉にとって、かけがえのないものだった。

 町を訪れるのに先んじて、隆也は山で大きな牡鹿を2頭狩った。簡単に血抜きした後、荒縄で縛って軽々と肩に担ぎ上げる。
「鹿、どうする、の?」
「売るに決まってんだろ」
 無邪気に問う廉に、ニヤッと笑って答える隆也。
 もう片方の腕に廉を抱えて、「行くか」と言うや走り出す。
 あっという間に遠くなる家、草道を駆け、美しい緑の木立を抜けて、間もなく深い谷の前に来た。

 どこか野性味があるものの、男らしく整った隆也の顔が、みるみるうちに恐ろしく強い鬼に変わる。大きな体はもっともっと大きくなり、筋肉が盛り上がる。
 そこに現れたのは、漆黒の鬼。
 けれど、鬼に抱かれた廉の顔には畏怖も嫌悪も何もない。
「掴まってろよ」
 いつもより低く、恐ろしく響く彼の声に、素直にうなずいてしがみつく。幼い顔には、笑みすらあって。
 助走をつけ、鬼がひと飛びで谷を越えた瞬間――「きゃあ」と弾んだ笑い声が響いた。
「すごい、ねっ!」
 廉が朗らかに称賛を向けると、鬼は見る間に元の青年の姿に戻り、「そーか?」と言ってふふっと笑った。

(続く)

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