その他の短編小説 D しかしシンはそんな俺の腕をそっと掴み、 「あれを見てください」 そう促す。 仕方なくもう一度だけ象のほうへ視線を向けると、ふと奇妙なことに気がついた。 牙がない。 転んだか、象同士でケンカでもしたのだろうか。二本の牙が根元からきれいになくなっている。 「いったいどうして牙が?」 俺が尋ねると、シンは何とも言えない顔で首を振った。それから車に乗り込むと、顎で俺を差し招いた。 「行きましょう。たぶんこの近くにまだいるはずです」 シンの言葉の意味が分からず、俺はただ言われるままジープへと戻った。 シンの予測に反して、そこからだいぶ離れた場所にそれはあった。 さきほど見たのよりはだいぶ小ぶりの屍体が二つ、草原の中に折り重なるように並んでいる。やはり牙は二本とも根元からなくなっていた。 シンは二頭の子象に近寄ると、しげしげとその様子を眺めた。 「さっきの象より後に殺されたようですね。たぶん群れが襲われて逃げ遅れたんでしょう」 もしかしたらさっきの象は、この子象の親かもしれない。シンはそんなことを言った。 「ちょっと待ってくれ」 俺は慌てて言った。 「いったいどういうことなんだ?何で象の群れが襲われるんだよ?いったい何に?」 そんな俺とは反対に、シンは冷たいくらい落ち着いた態度。じっと俺の顔を見つめると、ゆっくりと口を開いた。 「人間です」 「え?」 「人間に殺されたのです」 そう言うシンの声は、相変わらずむかつくくらい落ち着いている。 「象牙を狙う密猟者に殺されるのです。この国では珍しいことではありません」 「――!」 俺は絶句した。 そんな俺にシンは更に言う。 「この国の象たちは今とても激減しています。密猟者によって毎日何頭もの象が殺されています。このままでは、この国に象がいなくなってしまう……」 こんなつまらないもののために。 そう言ってシンは象の牙、切り取られた傷口部分を指差した。 [前へ][次へ] [戻る] |