[携帯モード] [URL送信]

猫目堂
E
 「あっ――!」
 少女は驚いて身を乗り出した。
 打ち寄せた波に呑まれて、帽子を咥えたまま仔犬の体がころころと転がる。
 「早く!早く戻っておいで!!」
 少女の呼びかけに、仔犬も必死になって足を動かす。だが寄せて返す波の勢いに押されて、仔犬の足は空しく水をかいただけだった。
 あっと言う間に、仔犬も帽子も流されて行ってしまう。
 「いやっ!!」
 少女は悲鳴を上げた。
 仔犬を助けようと海に入ったが、波の力は思いがけず強くて、少女の不自由な足をもつれさせた。その間にも、仔犬と帽子はどんどん岸から遠ざかって行く。
 「いやだぁ!連れて行かないで!!」
 少女が悲痛な叫びを上げたときだった。

 突然、大きな黒い影が少女の脇をすり抜け、ものすごい勢いで海に向かって走っていった。そしてあっと言う間に仔犬に近づくと、その小さな体を波間から拾い上げた。

 少女はがくがくと膝を震わせた。
 先ほどまでの恐怖と、助かったという安堵感とがごちゃまぜになって、少女は声を上げて泣き出してしまった。
 「うっ…うっ…良かった……」
 そんな少女に、仔犬を抱きかかえた青年がゆっくりと近づいてくる。
 「はい」
 青年は笑いながら少女に仔犬を手渡す。
 仔犬はびしょ濡れになって震えているが、その口にはしっかりと少女の帽子が咥えられていた。
 少女はそれを見て、呆れたように笑った。涙をこぼしながら。
 「もう、あんたってば。あんなにもみくちゃにされたのに、それ離さなかったの?」
 「アン」
 ぶるぶると全身を震わせながら、それでも嬉しそうに仔犬は吠え、そして夢中でしっぽを振った。
 少女は仔犬をぎゅっと抱き締めると、自分の着ているカーディガンの中に抱え込んで、震える小さな体を温めてやった。
 それから、少女は青年に向き直ると、
 「ありがとうございました」
 そう言って丁寧に頭を下げた。
 青年の優しい茶色い瞳が、じっと少女を見つめる。そして少女の腕の中にいる小さな白い仔犬を。

[前へ][次へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!