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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十四章:嘶きの共鳴
 
 所変わって、モノケロス陣営。長期に渡る激しい戦いに疲弊し、士気は失せ、今や一派自体が崩壊してしまうのではないかと思われた。離散をかろうじて防いでいるのは〈フェニックス〉へと向ける敵意と憎悪、それだけであると言っても差し支えないほどだった。だがそれでも、指導者のモノケロスに対する忠誠心は保たれていた……全ては「打倒フェニックス」のために。
 「モノケロス様」
 彼の部下のドレディアが寝室に入って来た。先の戦闘でモノケロス自身も片足を失い、その代わりに与えられた言語に絶する激しい痛みに只管耐えているのだ。
 「あの……非常に申し上げにくいことにございますが」
 「構わん、言え」
 モノケロスの声は微かに震えている。
 「只今戻って参りました斥侯の報告によりますと、〈フェニックス一派〉が再び戦の準備をしている、ということです。ファイヤードレイクの砦との往来が頻繁になっていることから察するに、奴らが力を貸しているのではないかと」
 「火蜥蜴が?」
 いまいましい奴だな、と言って片足の指導者は呻き声を漏らした。あまり他の一派と接近しようとしない〈ファイヤードレイク一派〉が自分たちを滅ぼす手伝いをしていると考えるだけでも腹立たしかった。今まで何の繋がりを持った事のない彼らに、何の恨みを持たれているというのだろうか。
 「仕方あるまい。急ぎ〈ペガソス〉に同盟を求めろ……我々の仲だ、快諾してくれるだろう」
 「しかし……いえ、仰せの通りに」
 自分の苦しむ姿を見られたくはないという主の心情を察したドレディアはそれ以上何も言わずにモノケロスの寝室を出て行った。

 その頃ペガソスも、ファイヤードレイクの砦に潜入していた密偵たちからの報告を受けていた。どうという理由もないがファイヤードレイクのことが何故か気に喰わない。攻撃しようにもなかなか隙を見せてはくれない……にも拘らずその指導者が砦にいることは滅多にないのだという。とにかくペガソスは面白くない。
 しかも今回の報告によれば、十数年前に突然消息を絶ったペガソスの次男であるグレイジルに、容貌が酷似している男が〈ファイヤードレイク〉の陣中にいるということだ。
 ペガソスには《断罪》されたソリッツを含めて三人の息子がいる。長男がそのソリッツ、次男がグレイジル、末弟をガイナルといった。ソリッツが《断罪》されグレイジルが行方不明である今、後継者はガイナルに決定しているも同然だった……しかしペガソスはそれに大きな不安を感じている。
 果敢な長男と思慮深い次男、その二人の優秀な兄のおかげで、ガイナルに大きな役割や責任がまわってくるということは殆どなかった。端的に言えば経験が足りないのである。その上兄たちの成功や失敗を見てもガイナルはあくまでもそれらを賞賛し、あるいは兄たちには不要な慰めを試みるばかりであった。
 優しすぎるのだ。
 言い換えれば、人の上に立つ者としては無能、なのである。
 本来なら他人の成功や失敗からその原因や理由を学ぼうとすべきなのにガイナルはそうしようとはしなかった。兄が二人もいるのだから、と彼は自分の将来を楽観視していたのだ。
 ペガソスは心の奥で「グレイジルが帰って来てくれれば」と願っていた。音信を断ってはいるが彼が死んではいない事をペガソスは確信している。自分に劣らない力も兼ね備えているあの次男が死んだはずはない。
 そこへ気に入らない相手ファイヤードレイクの陣中に、グレイジルに似た男がいるという情報である。
 ペガソスが食いつかない訳もない。もしそれがグレイジル本人なら……考えるだけで腸が煮えくりかえるようだ。あのファイヤードレイクに息子が仕えている、そのようなことはあってはならないのだ。ペガソスは部下のユノーを睨みつけて言った。
 「……連れてこい」
 「はっ?」
 「気に食わん。その男がグレイジルなのかどうか悩んでいるのもくだらない。ファイヤードレイクに悟られないようにここへ連れてくるのだ。奴との関係など気にしなくて良い。俺は真実を知りたいだけだ」
 ペガソスはユノーの傍を歩いて通り過ぎて行った。指導者の部屋に一人残されたユノーは呆然と立ち尽くしている……もう一つの報告を、今すぐにすべきなのかどうか考えているのだ。
 それともう一つ、どうやってグレイジルをここに連れてくるのか。誰に任せるべきなのか?ソリッツを守るという自分の中での誓いに失敗している彼にとって、ペガソスの息子たちに関わることへの重圧以上のものはないのだ。彼は無意識のうちに右頬の火傷の痕に手を当てていた。この火傷はあれから百六十二年経った今でもしばしば疼いてはその時のことを思い出させる。
 それはソリッツが生まれた時、倒れてきた燃え盛る柱からその母を庇ったために負った火傷。
 今思えば、ソリッツ様が生まれたのも亡くなったのも、炎の中でのことだったな……
 まるでそれが大切なものであるかのように、ユノーの手は暫くその火傷の痕の上にあった。



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あきゅろす。
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