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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十五章:旗揚げ
 「『時は我々に味方している。新しき風の匂いは今にも開かんとする花の香りを運んでいる。代行者は老い、雲の流れは秩序を失っている。鮮やかな世界を望む者、応えよ』……何だこれは」
 フェンリルはその紙の端に火を点けた。檄文はじわじわと燃えては灰を落としてゆく。
 「何を焦っているのだか……」
 「こんなものに応じる奴がいるのか?」
 ファイヤードレイクは呆れたように溜息をついた。
 「其方が《断罪》したソリッツの親は加担するかもしれないがな。〈フェニックス〉は拒んだらしい。だがここまでお粗末だと哀れになるな」
 全くだ、とケイオスが苦笑したとき、扉を叩く音が聞こえてエリスターが入ってきた。彼は表向きではニーズヘッグの後継者ということになってはいるが、ニーズヘッグの本籍が〈ファーブニル〉にあると何年も前から知っていたフェンリルはエリスターを「正規」の捜査隊長に任じていたのだ。フェンリルはエリスターのいる方へ出て行く。
 「〈革新一派〉への呼応状況を報告致します」
 「……ということは我々以外はもう返事をしたということだな」
 はい、とエリスターは答えて持っている紙の束をフェンリルに手渡した。エリスターはどんな小さな報告だとしても毎回それを報告書にまとめてくる。その方が間違いがない、と彼は信じていたし、何より自分の報告に責任を持っていることの証明と意思表示でもあった。
 フェンリルはそれに素早く目を通した。
 「想像通りだな。彼らに応じたのは〈ペガソス〉と〈モノケロス〉、拒否したのは〈フェニックス〉と〈ジュンイン〉、〈ファイヤードレイク〉には通知なし」
 エリスターは壁にかけてある地図をちらっと見た。これも彼らの細かい調査によって作られたものである。地図は情勢把握にも非常に重要なものであるのだ。
 「では末将はこれで」
 「毎度の事ながらの正確な情報に感謝しているぞ」
 フェンリルの言葉にエリスターは一礼で応えて部屋を出た。フェンリルは彼の背中を見送ると報告書を奥にいるケイオスにも見せる。ケイオスはそれを少し躊躇ってから受け取って中を読んだ。
 「……一度帰った方が良さそうだな」
 剣を抱えて立ち上がった彼をフェンリルが見上げる。二人は暫く無言で互いを見ていた。その間一切の言葉はなかったが、まるで何らかの会話がなされているかのようだった。
 「では、フェニックス殿に頼むぞ」
 「承知した」
 フェンリルはファイヤードレイクがそのまま窓の方へ行き原型に戻って飛び去るのを見送った。

 〈ファイヤードレイク〉の砦ではランゲムが夜空を見上げていた。最近どうも星読みがうまく行かない。自分の能力の衰えかとも思ったがまだそんな歳ではない、と考え直して彼は今日もまた外に立っている。だが今日もまたさっぱり分からない。まあ星読みができなくとも「義兄」を援けることはできる、と半ば自嘲気味にランゲムは冷たい地面に横たわった。
 少しして、夜空を何か大きく黒い影か横切った。
 「おや」
 その影は自分の真上で何度も旋回しながら少しづつ近づいて来ているようだ。
 「フェニックス殿かな?」
 〈フェニックス〉からその部下のネイブがここにしばしば来ていたが、フェニックス自身が夜に来るとは何か急ぎの用事でもあるのだろうか?もう寝てしまった者も少なくない。もしかするとあまり役に立てないかもしれないな……
 頭上の影に月光が反射しているのが分かるほどにその影は地面に近づいてきていた。あるところまで降りてくると、その影が体勢を変えて凄まじい速さで降下してくるのが分かった。
 「いや、あれは……」
 少し離れたところに着地した翼を持つ影は紛れもなく龍のものだった。赤い鱗が月光に煌めいている。龍は翼をゆっくりと折り畳み、ランゲムを静かに見下ろしていた。
 (起きていらしたのですね)
 龍の姿は少しずつ崩れて人型をとった。
 「日のあるうちにここに着けると思っていたのですが」
 「ファイヤードレイク様、お帰りをお待ちしておりましたよ」
 ファイヤードレイクはランゲムに微笑みかけた。


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