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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十三章:現実との乖離

 フェニックスは自分の拠点に戻って慌ただしくしていた。それは無論ニーズヘッグ撃破の準備のためであったし、その偽造工作のためでもあった。渓谷に拠点のある不利の一つには、自分のように空からではなくとも山からそこを一望できてしまうということがあった。動きなど丸分かりである。そのような不利な状況下でも一派の名と力を保ちこの土地を継承させる、それが先代女帝キマイラから、いやその遥か昔から続いてきた指導者の使命でもあるのだ。
 彼らがあくまでもこの土地に拘るのには理由がある。
 砦の中には聖水、つまり穢れのないといわれる水があふれ出る場所がある。フェニックスは火性だからその湧水地には近づくことはできないが、何か催眠薬や傷薬などの薬品を作る際に、聖水を使って調剤することで効き目が良くなる、という謂れがある。フェニックスたちがその類のものを使わないにしても他の誰かがそれを使うようなことがあっては面倒だ。
 が、もう既にその伝承は長い時を経て磨耗しており今ではその存在さえ外部の者のほとんどには忘れ去られている。先代たちがここを守ってきた成果の一つだ。
 「アーバレス、急にどういった心変わりだ?」
 自分の仕事が一段落したところでネイブが話しかけてきた。「ケイオスを探しに行く」と突然いなくなってやっと戻ってきたかと思ったら、今度は「〈モノケロス一派〉を倒す」と言って準備を始めさせる。そんな戦友の考えが一向に理解できない。
 「まあ考えてもくれよ。実はファイヤードレイクが援助を約束してくれた。弱っているモノケロスを倒すには絶好の機会だ」
 「そんな話、俺は一度も聞いていないぞ」
 「今言ったじゃないか。ほらどいたどいた」
 「待てアーバレス!しかもお前は何を忙しくしているのだ、役割分担を聞いた限りではお前の仕事はない筈だろう」
 確かにな、と言って何かに気付いたようにフェニックスは立ち止まり苦笑した。
 「癖というものはなかなか無くならないものだ」
 「……そろそろ主としての自覚を持ってもらえると助かる」
 「やるべきことは沢山あるからな。ついつい手を出してしまう」
 呆れと諦めの入り混じったネイブの溜息が廊下に響いた。
 「ところで、この前の〈革新一派〉からの誘いはどうするつもりだ?一度話し合うにしたって時間がないのではないか」
 「では聞くが、お前はどう思っているのだ」
 フェニックスが急に足を止めたのにつられてネイブも立ち止まった。普段の彼ならこういう時「部屋に戻ってからにしよう」と言って話を一度切ったものだが、一派の将来を決めると言っても良いこの話題に際して廊下で立ち話とはどうしたことか、とネイブは思った。密偵を考えると自室は危険だ、ということなのか?
 「どうもこの勧誘は全ての指導者になされたものではないようだ。ファイヤードレイクは少なくともこの誘いを知らなかった。ここに来た〈グリフォン〉のフォティアという者の話を聞いていると、どうもお前が《ガゼル》に好意的でないことが勧誘の一因となっているらしかった……彼らは何らかの基準を作って勧誘を行っているようだ。だから今回の件、お前の意思に判断を預けてもいいと思っている」
 そうは言ったものの、フェニックスは本当に〈革新一派〉が勧誘に何らかの基準を設けているという確信を持てないでいた。もしそれがあるなら何故、〈ファイヤードレイク一派〉はその基準に満たなかったのか?仮説を立てるとすれば、その指導者が他でもない《ガゼル》のケイオスだという事実を〈革新一派〉が知っている、という前提の下ではじめて成り立つものしかなかった。
 しかしそれを知っているなら何故、〈革新一派〉はそれを公表しないのか?
 〈革新一派〉と名乗ってはいても、実質彼らは〈ファーブニル一派〉と〈グリフォン一派〉の同盟軍のようなものだ。彼らは《ガゼル》一人が口封じに脅したところで屈する集団ではない。ケイオスはどのような手段であの二人、或いはそのどちらかを口止めしたというのか?
 ネイブの答えを待っている間の僅かな時間、フェニックスはただそれだけを必死で考えていた、ファイヤードレイク……いやケイオスが問題に絡むとややこしくなる。信頼して援助を約束した相手にさえ意図的に難題を用意しているかのようだった。
 確か、ファーブニルには親子ほども年の離れた弟が、グリフォンにはまだ若い息子がいる筈だ。
 人質を取ったのか?
 「アーバレス」
 フェニックスが結論に辿り着くよりネイブが結論を出す方が早かった。
 「俺は〈革新一派〉を……というか〈運命の子〉が本物だとは信じられない」
 「どういうことだ?」
 その答えは流石のフェニックスも予想していなかった。
 「今まで名も知れなかったのに、百日かそこらで〈運命の子〉だと判断するのは気が早すぎるとしか思えない。今までの歴史を振り返れば〈運命の子〉は若い頃から高名だったというのは明らかだ。早く〈革新の時〉を迎えたいと焦る気持ちの一端が、重大で初歩的な間違いを犯している気がしてならない」
 「成程。一理あるな」
 言われてみればそうかもしれない、とフェニックスは思った。迂闊に動いて司祭を刺激しない方が良い。
 「お前に聞いて正解だったよ。近いうちに会議するが、俺もお前の話を聞いて勧誘は無視しなければならないことに気付いた。それで説得してみよう、ネイブ」
 フェニックスは傍らに頼もしい戦友がいることに感謝した。



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あきゅろす。
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