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こねた
いえすまん(元就)
秋人は元就に仕える男である。

秋人という男は恐ろしいほど元就に従順――毛利軍に所属する者は大抵そうであったがそれに輪をかけて――であり、いつも元就の言うことへの返事は間も置かないうちの「はい」しかありえなかった。
相談や戒めを必要としない元就にとっては思いのままに動く良い側近であり、周りからは唯一元就様の考えが分かるのではと噂されるほど、短い命令から細部までを汲み取る能力があった。
また元就への好意も抜きん出ていて、それは端から見てもピンク色の光線でも出ていそうなほどあきらかなものだった。


そうしていつしか元就の方もほだされて信頼してしまって、何の拍子にか恋愛感情まで抱いてしまって、他の者に盗られるのも癪だとか思ってしまったものだから、勢いで思いのたけを打ち明けて「我のものになれ」なんて告白してしまった。
すると秋人がやっぱり間髪入れずに「はい」と答えたので二人は恋仲になったはずだった。


だが秋人の態度は全然変わらなかった。
何かを仕掛けてくる様子どころか元就に絶対服従の姿勢も変わらず相変わらず「はい」しかいわない。

恋仲になって一月も経とうかというのに一向に打ち解ける様子がないのであった。

このような小さなことに不安なぞを覚えてしまった元就は、自身にも秋人にもたいそう腹を立て秋人を自室に呼び付けた。



「秋人」
「はい」

自室に入らせた彼の名を呼ぶと聞き飽きた「はい」という返事が返る。

「そなたは我のことが好きか」
「はい」

己への好意を確認してみてもやはり返ってくる同じ返事に、元就はいい加減ある可能性を否定できなくなっていた。
すなわち彼が元就には「はい」しか申さぬと心に決めているだけの可能性である。


本当は我のことなど好きではないのであろう

そう心の中でぼやいた元就は、おうむでももう少し多様な反応を示すだろうに、とやはり心の中で皮肉を付け加えてから、先程とは反対の質問を秋人にした。


「そなたは我のことが嫌いか」

これに「はい」と答えたところでいまさら秋人を手放すつもりはないが少し困ればいい、と思った元就だったが、彼の返事はすぐだった。

「はい」

ああ、秋人はこちらのことなどまるで何も想っていないのだ

困りもしない淀みない返事に、ひどく胸を突かれたようで元就は知らぬうちに胸を手で押さえた。

そして傷ついた元就はもう一刻も秋人と同じ空気なぞ吸いたくなくて、ここが自室なのに自分が部屋から出て行こうとした。


それを止めたのは秋人の声であった。


「もとなりさま」

ひどくいとおしげな声。
未だ胸を押さえる元就を見つめて嬉しそうに微笑みながら秋人は続ける。



「わたしはわたしの好意を疑うもとなりさまは嫌いです。不安にならなくていいですよ。わたしはずっとずっと、もとなりさまのもので、もとなりさまが大好きなんですからね」

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あきゅろす。
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