人をダメにするソファ(ぽちゃ男×ヤンキー) 僕は世に言う「ぽっちゃり系男子」だ。 あだ名はぽちゃお。そのまんまだね。 親から受け継いだ穏和に見える顔立ちのおかげで、周りからは良いデブに認定されている。 男子にはいじられキャラとして扱われているが、陰湿ないじめにはあっていない。 思春期でこの体型だから女子からモテたりはしないけど、癒し系キャラとして愛されてはいるようなのでとりあえず現状に不満はない、筈だった。 「カトー、いる?ってすぐわかるな、でけーから」 「浅羽君…」 教室の出入り口から声をかけられた僕は、(物理的にも)重い腰を上げのそのそと彼のもとへ向かった。 「よう、今から付き合えよ」 「…う、ん。わかった」 あぁ、まただ。 またこの時間がやってきた。 僕と浅羽君の出会いはつい最近。 たまたま先生に頼まれ事をされ、放課後に一人教室に残っていた時だった。 「なあ、山本ってもう帰った?」 声をかけられ振り向くと、いかにもヤンチャしてます的な風貌の生徒が立っていた。 つり目でキツそうな印象、だらしなく引っ掛けられたネクタイの色は僕と同じ緑だから同級生のようだ。 「あ、うん。もう誰もいないよ」 「まじかよー、あとで寄るっつったのに」 薄茶の髪をくしゃりとかきまぜながら舌打ちをしてから、その生徒はなぜか急に僕をじろじろと観察し始めた。 え、なんだろ。 別に僕、変なことしてないよな。 「な、なに?」 「…や、なんかお前抱えたら気持ち良さそうと思って」 「え?」 驚いて口をあんぐりしている僕を無視し、彼は手のひらで僕のお腹をふにゃりと押した。 「ちょ、」 「あ、やべー。最強じゃん。山本なんて目じゃないわ」 「はい?」 言うや否や目の前の男が僕に抱きついてきた。 「わ、わ、ちょっと!」 「うおー、ふかふか…」 僕が狼狽える様子を全く気にせず思うがままに身体を弄る。 この人なんなんだよ、初対面の人間にいきなり抱きつくとか、どう考えても普通じゃない! 「やめっ、やめてよー!」 「やめねーし。今日からお前を俺専用ソファに任命するから」 「ソファ?」 「そ、もしくは布団。とりあえず床に座れよ」 「い、嫌だよ」 「あ?」 「…」 …怖い。 僕は指示に従って床に正座した。 「ちげーよ。足投げ出して座るんだよ」 「えっと、こう?」 僕の体勢に満足したのか、彼は軽く頷き、そしてそのまま僕にもたれかかってきた。 は!? ソファって、そういうこと!? 「あの!…あのさあ?」 「…話しかけんな、今忙しいし」 「…」 一体どこが忙しいんだよーぉ!? 上から見下ろすと、彼は完全に寝に入っていた。 うそでしょう…。 …結局、僕はこの理解不能な状況に2時間近く付き合わされる羽目になったのであった。 そして僕が彼の名前を知ったのは翌日。 情報提供者は件の山本君だ。 山本君は昨日まで浅羽君のソファだったそうだ。 やめて欲しかったけどずっと怖くて言い出せず、けれどいよいよ我慢ならなくなって殺されるのを覚悟で逃げたらしい。 そこにタイミングよく僕という新たなソファを見つけたと。どうやらそういうことらしい。 山本君も僕ほどではないがぽにょぽにょしている。 ということは、浅羽君はデブ専のホモなのか…!? なんて思ったけど違うみたい。 浅羽君は本当に僕をソファもしくは布団として扱う。 だったら、女の子に頼めばいいじゃないかとも思ったが、 「女をソファにすると好きだとかヤりたいとか言い出すから面倒くせぇ」 だそうです。 まぁ、女子はこういうちょっと悪そうな男が好きっぽいしね…。 そんなわけで、彼にとっては快適ライフ、僕にとってはただただ不毛な地獄ライフが始まったわけである。 「あん?お前、もしかしてやせた?」 「…え、そうかな?自分じゃ自覚ないけど」 「なんか収まりが悪ぃ」 「…」 確かに、浅羽君と出会ってからストレスで少し食欲が落ちている気がする。 でも見た目的にはそんなに変わっていない筈なのに。 というか彼とは出会ってまだ数週間も経ってないというのに、僕の身体を知り尽くしてるとか。この人、本当に怖いんだけど…! 脅威を感じつつも、僕はおとなしく彼のソファとなり下がったままだ。 窓の外からは蝉の声がする。 「…あっちぃなぁ。もうすぐ夏休みか…」 「…うん、そうだね」 暑いなら僕に乗るのやめればいいじゃない、とは言えず、無難に返す。 「休みの間お前ん家行っていい?」 「え!?…っと。ちょっと、それは。ていうか、家にいるなら普通にソファで横になってればいいじゃない」 「ちっ。お前は自分の存在価値についての理解が甘い」 「そんな大げさな…」 「はー。まぁいいわ。てか夏バテとかすんなよ。痩せたら殺す」 「…」 理不尽すぎる。 恐ろしい脅迫を受けながらも、その後念願の夏休みを迎える事になった。 浅羽君から解放され僕は羽目を外して存分に夏を満喫した(主に食欲の方面で)。 …というか満喫しすぎてしまった。 暴飲暴食が原因による憩室炎(腸炎みたいなもの)という病気になった僕は一週間入院し、5日間絶食というまさかの地獄を味わった。 無事退院したあとも、しばらくは食事制限の日々。すっかり規則正しい食生活を送るようになった僕は、新学期が始まる頃には驚くほどスマートな体型になっていた。 …これはまずい、非常にまずい。 浅羽君に殺される。 「おはよう…」 びくびくしながら教室に入ると、みんな一瞬止まって「誰?」って顔をした。 「僕は加藤です…」 「は?まじでーーーー!?」 「てか何イケメンになってんの!!!!」 教室が阿鼻叫喚に包まれる。 ちょっとしたパニックになっていたが、僕は今それどころではない。 青い顔をしたまま自分の席に着くと、山本君と目が合った。 彼は口パクで「ご愁傷様です」と言った。 あぁ、やっぱりそう思う? …助けて! 「よぉ、カトー。てめぇちょっとツラ貸せよ」 「…はい」 審判の時はすぐに来た。 昼休みになっても僕は食欲が沸かず席から一歩も離れず彼が来るのを待っていた。 いつもの空き教室へと移動する。 「お前なんのつもり?そんな殺されたかった?」 部屋に入るやいなや浅羽君に胸倉を掴まれて凄まれた。 うぅ、キレてる。 めっちゃキレてる。 でも。 言わなきゃ。 これを機にもう浅羽君の言いなりにはならないぞ! 「ぼ、僕の身体は浅羽君のためにあるんじゃないよ。僕が太ろうが痩せようが、君になにか言われる筋合いなんてない…」 「うるせー。お前は俺のもんだし!勝手に身体改造してんじゃねーよ」 は、い? 「いつから僕は浅羽君のものになったの。ていうかそういうの、恋人同士でしか通用しないよ?」 僕がそういうと、彼は一瞬何か考えを巡らすように視線を彷徨わせ、その後こう言いました。 「よし、じゃあコイビトになろうぜ。これでいいだろ。さあ今すぐ太れ」 「…僕の意思は?」 「は、知らね」 全く君って人は…。 はあぁーーーと長い溜息をつく。 「あの、付き合ってらんないから、僕戻るね」 もう、殴られたっていいや。 とにかくもう、こんなジャイアンみたいな人とは関わらないようにしよう。 踵を返して教室を出ようとすると、後ろから腕を掴まれた。 振り向くと鬼の形相でこちらを睨む浅羽君と目が合う。 …うぅ。やっぱり怖い、かも。 「お前、まじむかつく。もう面倒だから既成事実ってやつでいくわ」 「は?」 キセージジツ? きょとんしている僕に彼はものすごい勢いで襲いかかってきた。 えっと、あの。性的な方。 …という訳で僕の童貞は浅羽君に奪われました。 もう、ほんと意味わかんない。 身体が繋がれば恋人同士になると思ってるのかな? この人本当にどっかおかしい。 こんな非常識な人、誰も理解できないし、手に負えない。 けれど、僕はどうしてか心底彼を嫌う事が出来ずにいる。 僕が、この人を矯正してあげなければいけないのかな、とすら思い始めているのだ。 くそう、結局彼の思惑通りな展開なんだろうか。 悔しい。 「あー、カトーの骨がいてぇ。居心地わりぃ」 「…じゃあどいてよ」 「うるせー。てめぇは黙って太ることだけ考えてろ」 「…」 その後も僕らは相変わらずな日々を送っている。 変わったのは僕の体型だけ。 今も人権すら与えられていない僕だけど。 でも、他のぽっちゃり男子には目もくれず、自分自身を投げだしてまでも僕を引きとめたいと思ったその気持ちには、ちょっとだけ応えてあげたいと思っているんだ。 彼が僕を人として扱ってくれるようになるその日まで。 頑張って彼をまともな人間にしてみせるよ。 end. [*前へ][次へ#] [戻る] |