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あの夏2(あの夏:湊視点)
夏は嫌いだ。
あの暑く湿った空気、
汗ばんだ肌に張り付くシャツの不快さ。

そして

ひどく苦しげな表情で俺を見つめる、あいつの顔を思い出さずにはいられないから。

柘植慎二。
高校に入って初めてできた親友だった。
誰よりも信頼し心を開いていた相手であり、それは慎二も同じだったと思う。

見た目が派手で交友関係の広い慎二と、クラスでもそんなに目立たない俺。
一見すると不釣合いに見える俺たちだったが、初めて会った時から波長が合い、一緒にいると居心地が良かった。

それなのに、一体どこで間違ったのか。

慎二が豹変したきっかけは、俺が女の子に告白されたことだった。

あの頃、俺は男同士でつるむのが楽しくて仕方なく、そこに女が入り込む余地はないと考えていた。
けれど、慎二は見るたびに違う女を連れていて、俺はいつの間にか一人取り残されることが増えていた。

多分、俺は寂しかったんだと思う。
その頃から市原がフォローでもするかのように俺の傍に佇む機会が増えていたが、そんな気遣いすら言いようのない孤独感を助長させるだけだった。

どれだけ俺は慎二に依存しているんだろうと自己嫌悪を感じ、これをきっかけに変わりたいというそんな思いから、彼女の告白を受け入れた。
俺は自分が楽になりたくて彼女の気持ちを利用したんだ。


「市原から聞いたんだけど、湊、女が出来たって」
「…あぁ、うん」

答えながら、そういえば慎二と二人きりで話すのはずいぶん久しぶりな気がする、と頭の片隅で考える。
移動教室で廊下を歩いていたら慎二に呼び止められ、この空き教室に入ったのだ。

「…なんで?」
「え、告られたから。別にいいかなって」
「お前、女に興味なさそうだったじゃん」
「まぁ、そうだけど」

なんで、俺は詰問されているんだろう。
慎二にだって彼女がいるのに。
ていうか、俺はそれが一番の理由なんだけど。

まさかそんなこと言えるわけもないので黙っていると、苛立った慎二が背後の壁を思い切り殴った。
びくりと肩を震わす俺を、目の前の男は苦々しげな表情で見つめている。

「お前、色恋沙汰に疎いから、だからずっと我慢してきたのに!ふざけんなよまじで」
「我慢ってなに?意味わかんないんだけど」

謂れのない因縁をつけられどうすればいいのかわからない。
困惑したまま相手を見つめていると、急に腕を掴まれそのまま引き寄せられた。

「ちょ、痛っ!」
「…もうキスとかした?てかそれ以上のこともしてたりすんの?」
「は?」

なんなんだ?
お前はなにをそんなに怒ってるんだよ。

「ちょっと…慎二なんなの?お前、さっきからおかしいよ?」

これじゃあ、まるで浮気を問い詰められている恋人みたいじゃん。

「…おかしくてもいい。誰かに盗られるくらいなら、」
「し…」

名前を呼ぼうとして遮られた。
慎二の唇が俺の口を無理やり塞いだから。

「、っふぅ…っ!」

息継ぎをさせないほどの激しいキスに慎二の背中を叩いて拒絶する。
しかし、そんな俺を無視したまま奴は俺の咥内を蹂躙し続けた。

「ぅ、げほっ、」

意識が軽く飛びそうになる寸前にようやく解放され、目一杯酸素を吸い込む俺を見た慎二はフン、と鼻で笑う。

「全然慣れてないね。そんなんじゃ、キスもまだだった?」
「…ぅるさいっ」

図星だった。
悔しくて顔を赤らめたまま睨みつけると、半笑いで、けれど今にも泣き出しそうな顔をした慎二が俺のシャツのボタンに手をかけていた。

「なっ!?」
「…もう限界。湊、ごめん」
「慎二!?」

このあとの事は思い出したくない。
とにかく怖くて痛くて苦しくて、慎二が何を思って俺にこんなことをするのか理解できなかった。
いや、本当はわかったけれど心がそれを拒否した。


だってあんなに嫌だと泣いて抵抗したのに。

俺のことが好きだからあんなことを?
…だったらそう言って欲しかった。
あの時、そう言って欲しかった。

あれ以来、慎二は俺と一切目を合わせないし、口もきかない。


俺は彼女と別れた。
一緒にいると、否応なしに慎二とのやりとりを思い出してしまうから。

その後進級した俺たちはクラスも分かれ、あいつの気持ちを測りかねたまま、ただ時間だけが過ぎている。


慎二はいつもどんな風に俺を呼んでいたっけ?
どんな眼差しで、俺を見ていた?
離れた分だけ薄れる記憶。
あいつのことなんか忘れたいはずなのに、…でも本当は一緒にいたい。
相反する気持ちを持て余し、そしてこの気持ちが友情ではない別のものだということを自覚した。

けれど気づくのが遅過ぎた。

もう、慎二は俺を視界に入れてはくれない。

もう、あの頃のように二人で笑い合う事は出来ない。


ただ、一緒にいたかっただけなのに。

「…慎二、好きだよ。俺、お前のことが好きだったんだ」


苦しい。

忘れたくない。


慎二にそばにいて欲しい。


もうすぐ夏がやってくる。
あの時感じた熱や匂いはずっと記憶されたまま。


ずっと、俺だけが取り残されたまま。



end.

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あきゅろす。
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