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図書室で会いましょう(後輩×先輩)

「天本先輩ってなんかマシュマロみたいですよねー。良く言われません?」
「…生まれて初めて言われたけど」
「えー、まじっすか」
「まじだ。あとここは図書室だって分かってるか?私語は慎むように」
「ハイ、すみません!」

俺は図書委員で、今日は本の貸出し受付の担当日だ。

目の前にいる男は後輩の松下という。

いつの頃からか知らぬ間に懐かれ、こうやって仕事をしている俺を構いにやってくるのだ。

全くなんなんだこいつは。先輩に向かってマシュマロみたいとは。完全に舐めてるな。

むすりと黙りこんだ俺に気付いた松下が慌ててフォローでもするかのように俺に笑いかけてくる。

「あの、今日も本借りたいんすけど、なんかオススメありますか?」
「…ああ、これとか。俺は好きだけど」

返却され平積みになっている本の中から一冊を取り出す。

「生徒からの評判もいいから割りと貸出し中になってることが多いんだ。読んでみるか?」

俺が問いかけると、松下は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「はい、天本先輩のチョイスだったら間違いないだろうし!」
「そうか」

そんな風に言われて悪い気はしない。

俺は軽く頷いてから貸出し表を松下に渡した。
名前を書いたのを確認し、本を渡す。

「…お前、見かけによらず字がきれいだよな」
「えー、それどういう意味?」
「誉め言葉だけど」
「うそだー」

小声ではあったものの、二人で軽口を言いあっていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。

「こら、図書委員が私語は良くないな」
「委員長!…すみません」

そうだ、さっき松下に注意したのは自分だというのに、まったく俺という奴は。

「あ、すみませんでした。俺がうるさく話しかけてしまったので天本先輩は悪くないです。…じゃあ俺、出ますね。失礼します」

俺を庇うように委員長に詫びを入れた松下が軽く会釈をしてすぐに退室していった。

閉じられたドアをしばらく見つめ、そして俺はもう一度委員長の方を振り向いた。

「委員長、申し訳ありませんでした。以後気をつけます」
「うん、天本が良くやってくれてることは分かってるから。そんなに恐縮しないでいいよ」
「…はい、ありがとうございます」

だめだな、気を引き締めよう。

俺はいつもの通り、自分の仕事に集中することにした。


「ん、そろそろ下校時間だね。天本、出ようか」

委員長が俺に声をかけてきた。
パソコン画面から目を離すと、窓から見える景色がうっすらと暗くなっている。
時間を確認するとまもなく下校時間だった。

「…ああ、もうこんな時間ですね…。はい、分かりました」

周りを見回すと、図書室を利用していた生徒たちはすでに退室していて誰もいない。
俺はすぐに帰り支度をして委員長が鍵を取り出すのを見つめた。
戸締まりも終わり、ようやく今日の仕事が完了する。
お疲れ様でしたとお互い声を掛け合い、委員長と一緒に昇降口へと向かう。


「ねえ、さっきのコとは仲が良いの?」

突然、委員長が松下のことを話題にあげた。

「…え!?…あ、あの…」
「いや、天本ってあんまり表情が変わらないクールなイメージだけれど、彼とはとても楽しそうにしていたからさ」

にこにこと微笑みを浮かべながら話してくる委員長に、俺は頬が熱くなるのを感じた。

確かにあいつの前だといつものペースでいられない自分がいた。
あんな風に分かりやすく後輩から慕われることなど今までなかったから、俺は憎まれ口を叩きつつも本当は嬉しかったんだと思う。


「…ねぇ天本、ナイトがお待ちかねのようだよ」

昇降口に着くと、委員長が俺の方に顔を寄せ、耳打ちする。

委員長の視線の先を追うと、下駄箱の前でしゃがみこんでいる松下が目に入った。

「委員長…、ナイトってなんですか」
「ふふ、じゃあまたね、お姫様」

俺に優しく微笑んだ委員長は、そのまま松下の前を通りすぎていった。

俺は黙ったまま松下のもとへと足を運び、そのまま何とはなしに二人で委員長が外に出るのを見送った。

「…もしかして、俺のこと待ってた?」
「そうですよ。先輩、あの人と仲良いの?」

…どこかで聞いた台詞だな。

「頼りになる委員会の先輩だ。別に仲は悪くない」
「ふうん…」

松下が不服そうに唇を尖らせている。
いつもは割りと大人びた振る舞いをするためか、年相応の表情を見せる後輩がなんとも可愛らしく感じる。

「なんでそんな顔をしている?」
「…だって二人であんな顔寄せてこそこそ話したりしてるから、むかついた」
「別に、あんなの大したこと…」
「俺には大したことだよ、すごく嫌!」

そう言うと、松下が俺の制服の袖を軽く摘まんできた。

「…ねぇ先輩気づいてた?俺が図書室に行くのは先輩が受付担当の日だけなんだけど」
「…そうなのか?」
「そうだよ。あとね、俺はもともと活字苦手なタイプ」
「は?じゃあなんで…」
「そんなの、先輩と繋がりたかったからに決まってるじゃん。俺と先輩が接触できる機会ってこれくらいしかないでしょう?」
「…それって」

俺のことを好きだという意味か?
目をぱちくりさせていると、松下が笑う。

「想像の通りだと思うよ。俺、先輩のその柔らかそうな頬にずっと触れたかったんだ」
「…マシュマロみたいな、か?」

図書室での会話を思いだし揶揄すると、「はは、そうそう」と笑って頷かれた。

松下の発言で先程から動悸がするし、どうすれば良いか分からず俺は松下の足下ばかりを見ていた。

「…先輩が好きなんだ。だから、触っても良い?」

好き。
俺のことが好きだって。
だから俺に触りたいんだと。

思いがけない同性からの告白であったが、嫌悪感は特にない。
というか、それって松下だから?

「…勝手にすれば」

そう返事をしたものの、俺は奴の顔を見ることができず、下を向いたままだ。
だってこういう時どんな顔すればいい?

ぶっきらぼうな俺の返事に、松下はうん、と短く返してきた。
そして優しい手のひらがゆっくりと俺の頬をなでていく。

…なんとも言えない気持ちが溢れでてきて、なぜかそれが苦しくて、俺はぎゅっと目をつぶった。

「せんぱーい、そんな顔されたらたまんないんだけど…」
「は?意味、わかんない」

顔を上げてみると、松下が嬉しそうに目を細めて俺を見ていた。

「ねぇ先輩は?俺のこと、好き?」
「…触れられても嫌な気持ちにならないくらいには、まあ…」
「なんだよー、はっきりしないけどまあいいや。いつかちゃんと聞かせてくださいね?」

まだ松下の両手は俺の頬に固定されたままだ。
よくよく考えると、こんな人通りの多い場所で何をしているんだ俺たちは。

「松下、誰か来るかも…。わかったから、とりあえず手を離せ」
「うん」

松下の返事に安心したところで、額に一瞬奴の唇が触れた。

「!?」
「さ、帰りましょ」

俺が抗議しようと口を開く前に、さっと身を翻し、一人でどんどん出口へて向かう松下に、俺は完全に翻弄されていた。

「くそう…」

自分の額を手で押さえてみた。
あいつの唇の感触がまだ残っていて、その部分がひどく熱く感じる。

後輩のくせに生意気だ。

奴に振り回されてばかりなのが悔しい。
だからあいつに対して感じている気持ちについての考察は、もうしばらく保留にしておくことにした。

「…ふん、俺のことを思って見悶えてろよ」
「ちょっと先輩聞こえてますよー!この小悪魔ー!」


うるさい、今ぐらい憎まれ口を叩かせろ。
どうせすぐにお前の思い通りになるんだからさ。


end.

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