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アイザキガカリ
20
 約束は約束だ。
 あの時はプリントを届けにいくというつもりで言ったのだが、まあ相崎がそう受け取らなかったのならしかたがない。
 母の用意してくれた昼食を食べ私服に着替えると俺は相崎の家へバスで向かうことにした。自転車でとも考えたのだが、置く場所にいつも困ることを思い出してやめた。
 バス停に着くとバスはちょうど行ったばかりで、時刻表を見るとあと20分ほど待たなければならなかった。
がんばれば歩いて行けない距離でもないのだが、じりじりと照り返しの強いアスファルトの上を歩くことを思うとうんざりする。
 すると、すぐ側で短くクラクションがならされた。驚いてそちらを向くと、青い外車がハザードランプを灯しながら停まるところだった。
 止まると同時にその車の窓は下がっていった。
「よお。カズキくん。久しぶり」
 そういいながら窓から顔を出したのは―――。
「あ、えっと佐々木…さん」
 合コンの帰り道にあった佐々木誠司だった。
「奇遇やなあ。運命かなあ?どこいくの?」
 この間とは違って微妙に関西弁を混じえて話すその男は昼の光の下で見ても派手だった。
 薄い色のサングラスをしており、それが彫りの深さを強調している。シャツも派手な柄でその袖口からのぞくごつい時計は金色に光っていた。
「あの、相崎の家に――」
「おうちでデート?かわいいことしてんなあ。いいよ。送ってあげる」
「男同士でデートって…。あの、悪いですし、いいです」
「いいからいいから。車に気をつけて助手席へどおぞー」
 そういうと佐々木は窓を閉めてしまい、俺はしかたなくお言葉に甘えることにした。
「あの眼鏡君は元気?」
 車が走り出してまもなく、佐々木が尋ねてきた。
「あ、裕介ですか。そうですね、元気です」
「ゆうすけくんって言うんだー。あの子、ちょっといい感じやな。だからはじめはあの子がそうなのかなと思ったんだけど」
 佐々木はどうやら裕介のことが気に入ったようだ。それはそうと、「そう」って?
「そうって…なんですか?」
「んー、和樹くんさー、貴史からなんにも言われてない?てゆーかあ、言われてなくても気づかない?」
「何をですか?」
 たずねると佐々木は俺をちらりと横目でみた。そしてニヤリと笑う。
「あいつねー、君に惚れちゃってるのよ。相当重症だよ。だってさ、あいつ学校なんか行ってんでしょ?」
 頷くと何がおかしいのか佐々木は含みのある笑顔を浮かべた。
 それはそうと「惚れている」?
 相崎が、俺に?ほんとうに?
「この間ねー、君みたいなタイプは早い者勝ちだよって教えてやったら、なんか考えこんでたからてっきりね。そっかー、何もしてないんだあ。あはは。こんなことばらしちゃって俺貴史に殺されるかもなあ」
 佐々木の口調はあまりに軽くて、俺はリアクションに困ってしまう。
「ふふん。感想聞いていい?」
「何のですか?」
「とぼけんの禁止でー。貴史に愛されてるって知った感想だよ」
「そんなの…本当かどうかもわかりませんし」
「本人からきいたんだよ?あいつもしかすると初恋なんじゃないのかなあ」
「…信じられません」
「そりゃそうかもねー。君ら、ぜーんぜん釣り合ってないしねー」
 悪意の感じられる言葉だったが、佐々木の口調はあまりにのんびりしていて、俺はその真意がつかめず目を瞬かせた。
 そんな俺に気づいたのか気づいてないのか、佐々木は言った。
「悪気はないんよ、ごめんな」
「いえ、まあ、自分でもそうかなと思うので」
 すると佐々木は短く息を呑んだ後、深いため息をついた。
「なんてーか、冷めてるなー、きみ。いじめ甲斐がないわ」
 自分でもさほど動揺がないのが不思議だった。
 佐々木から言われても現実味はまったく感じられず、その時は作り話を聞いているような感覚だった。
 
  
 相崎のマンションの前で降ろしてもらった。
 降りるときに佐々木は俺に名刺のような紙を渡された。
「それ俺の店。裏にな、地図載ってるからよかったら来てな。貴史とでもええけど、できればゆうすけくんと。ああ、そうだ」
 そういってその紙を俺からとりあげ、裏になにか走り書きをする。
「携帯の番号書いておくから、何かあったら電話して。何もなくても電話して」
 再び渡されて、佐々木はウィンクをひとつした。

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あきゅろす。
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