EternalKnight
<聖句〜謳い貫き、祈り誓う〜>
<SCENE087>
《混沌》が何かを紡いだ瞬間、その異変は起こった。
振り下ろすのよりも、尚早く、《混沌》の輪郭が崩れ落ち、泥の様に地面に零れ落ちる。
結果、当然振り落とした刃は《混沌》に中ることなく空を切る。
「――何……だと?」
そして、《混沌》だった漆黒の泥が、蠢き、新たな形を作り上げる。
それは……丸い、金色の柱。
――ドクンッ。
瞬間、心臓が大きく脈打ち、言いようの無い悪寒が背筋を駆け抜けた。
その悪寒に駆られて、地面を大きく蹴り放ち、飛翔の力で空中に飛び上がった。
(どうしたの、翼?)
何か……とんでもなく嫌な予感がしたんだ――
(嫌な……予感?)
分からないけど……何かが不味い気がする。
……先の一瞬程では無いモノの、今でも何か悪寒を感じる。
――そして、さらなる異変が起きる。
空中から見下ろしていた果てある荒野が、歪んだ。
否、それは歪んだ、と言うよりは蠢た、と言うべき変化。
「なんだよ……それ」(何……アレ)
あまりの光景に、一瞬……本当に一瞬の間、呆けてしまった。
――だが、その一瞬が致命的だった。
「なっ!?」
蠢いた地面が、紐のように伸びて一瞬にして空中に居た俺の左足首に絡みついた。
くそっ……なんだよ、コレ。
瞬間、黒い紐が左足をとんでもない力で引っ張りだした。
「くそッ! 何だよ、コレ」
飛翔の力を最大限まで高めて、黒い紐の張力に抗うが、張力の方が強く、そのままずるずると引かれて地面に近づいていく。
地面に近づいて、それを見て……驚愕した。
地面が、果てある荒野が、金の柱を除いて全てが黒一色に変貌し、脈動してる。
どうなってやがるんだ……コイツは?
(まさか、この世界の全部を……取り込もうとしてるの?)
それでも尚、黒い紐の様なモノに引っ張られ、地面に近づいていく。
(不味いわ、翼。《混沌》が私達を丸ごと取り込もうとしてるわよ!)
何……だと?
(翼、早く何とかしないと……《混沌》に呑み込まれるわ!)
何とかって言われても――
黒い紐の張力は強大で、抗う事が出来ない。
「くそっ……こんな所で、諦められるかよ……」
だけど、抗えない。
そのまま俺は地面に満ち溢れる黒い泥の中へ引きずり込まれた。

<Interlude-グレン->――昼
俺が動き出すのに反応したのか、《堕天》とやらが動き出す。
クラスSとSSの身体能力の差は些細なモノでしか無い。
能力の差も少なかれはあるが、クラスSSS以上を除き一階位程度の差では永遠者どうしでは大差は無い。
階位によって大きく変わるのは、保持できるエーテル量程度だろう。
故に、使用者の実力しだいでは、数階位差すら凌駕しうる。
こちらの目的は、翼が何とか支配権を取り戻せるように、時間を稼ぐ事のみ。
だったら、隙を突いて動きを止めるまでの事。
俺と《堕天》との距離が狭まっていく。
そして、衝突――
俺の振り下ろした相棒……銀の剣と、《堕天》の黒い剣が激突し、火花が散り、金属音が響く。
次いで、弾かれた銀剣に変わって俺は左手に握られた、紅の剣を振りぬく。
勿論、致命傷にする気など無い。目的はあくまで時間を稼ぐ事のみなのだ。
だがしかし、何を思ったか《堕天》はその刃を自ら左腕で受けた。
その瞬間、又も金属音が響きと火花が散った。
――左腕の硬質化か? ……いや、全身に可能なのか?
(違うな、それならわざわざ左手で受けに行く必要が無い)
……だよな。
って、言う事は硬質化は出来て両腕と言った所か。
さらに、先程衝突させた銀剣を薙ぐ様に振るう。
だが、その一撃も黒い刃に阻まれていた。
――やっぱ、身体能力に差はほとんど無いか……
だったら――
均衡していた刃を弾き、後方に跳躍する。
跳躍しながら、今だ先程の位置に居る《堕天》に視線を向け、その周囲に檻をイメージする。
そして俺は、着地と同時にその力の名を告げる。
「GlacierCasket」
詠唱と同時に、俺が視て定めた檻を象るようなラインが走る。
無論、それに気づいた《堕天》はそこから逃げるように出ようとするが――
「――遅い」
瞬間、ラインの内側が氷河で出来た棺のように凍りつき、《堕天》をその内に閉じ込めた。

<SCENE088>
沈む、沈んでいく。黒い、暗い闇の中へ。
(ここまでなの……)
ここまでやって……いや、違う。
ここまで色々な人に支えてもらって、こんな事で諦めて……たまるか!
漆黒の泥の中で第四の結印を結ぶ。否、泥というよりは、暗い空間。
だが、面として展開される防御陣では、全方位から迫る泥から身を守ることなど出来ない。
諦めて、すぐに旧神の紋章を展開を止める。
全身が何かの抵抗を受けているかのように妙に動きづらい。
そして、違和感――
自分の体が、自分の体でなくなっていくような感覚。
(――不味いわ、翼。《混沌》が私達と強制的に同化しようとしてるみたい)
クソ……不味い。何か、何か、何か――何か手は無いのかよ!
――飛翔。
飛行能力、今更この力で何が出来る?
――旧神の紋章。
さっきも使ったが駄目だ、これも状況を打開できる力じゃない。
――裁きの光。
コレも無駄だ。そもそも、全方位全てが敵である以上役に立つはずが無い。
――魔を断つ旧き神剣。
これでも無駄、どんな強力な剣であっても、剣である以上、この泥相手に今更何が出来る?
駄目だ、俺が、俺達が持ちうるどんな力でも――
――いや……待て。
まだ『アレ』があったじゃないか。

<Interlude-叶->
(――いや、待て。まだ『アレ』があったじゃないか)
翼、アレって一体……
(在っただろ? 理解できなかった力が?)
でも……アレは、結局理解できなかったじゃない。
(大丈夫、《聖賢》さんの知識を得て、《旧神》って名前に変わったんだろ? だったら、解るさ)
……わかったわ、やってみる。
意識を深く自分の奥底に沈める――
――■神■■。
あった、この知識だ……でも、やっぱりどんな力なのか理解できない。
……じゃあ、何故理解できないの?
翼も言ってくれたじゃない。
《聖賢》さんの知識を……全部じゃないにしても引き継いでいて、SSSクラスにまで上がっているのに。
――どうして、理解出来ないんだろう?
違う、そんな筈無い。理解できない理由なんて無い。
じゃあ何故理解できないの?
ただ、理解できないのは私自身が理解しようとしていないだけだから?
そうよ、読み取る為の知識はある筈なのよ。
ただ表面的な知識でのみ知ろうとして、知っている筈の知識をつかってそれを知ろうとしなかったから、解らなかった。
あぁ……だから、今の私なら、その事を理解した私なら、この力が何であるか理解できる筈。
そうだ、これは、この力の名は……『旧神聖典』

<SCENE089>
――そうか、理解できるようになったんだな。あの力が。
解る、叶の声は今だ聞こえないけれど、それが何であるのか、俺には理解できた。
つまり……叶も理解できたと言う事――
しかも……この力ならこの泥を振り払えるかもしれない。
(翼――私、解かったわ、この力の正体が)
あぁ、俺もお前が理解したから、知識が流れてきてた。
(そっか、なら説明する必要は無いわね?)
あぁ、いつでも行ける、この泥から脱出して《混沌》から俺の体を取り返す!
(うん……それじゃあ、いくよ、翼?)
応ともよ――
意識を集中させて、叶と心を重ねる。
そして、反撃の狼煙となる言霊を聖句乗せて、ただ紡ぐ。
「我等は誓う」
「(護る事を――)」
(我等は祈る)
「(平和な世界を――)」
「(我等は愛す)」
「俺は叶を――」(私は翼を――)
想いを言霊に乗せて、ただ聖句を紡ぐ。
それは誓い。
ただ、支えられて戦ってきた己自身に課せる聖なる誓い。
それは祈り。
ただ、守りたくて戦ってきた己自身が願う聖なる祈り。
体が、体が淡く、それでも確かに、発光し始める。
「(我等は謳う)」
「遠くまで響くように……」
(誓い――)
「祈り――」
「(愛し、謳い続ける!)」
ただ、誓いと祈りを果たす為。
ただ、愛した者と二人で言葉を重ね、聖句を謳う。
「(我等は貫く)」
(胸に抱いたモノを……)
「誓い――」
(祈り――)
「(愛し、貫き続ける!)」
ただ、誓いと祈りを果たす為。
ただ、愛した者と二人で心を重ね、想いを貫く。
周囲を、不思議な……見た事も無い様な文字がラインを描き周囲を駆け抜けていく。
――そして、その聖句の最終節が訪れる。
(そして、謳い貫き続ける為に)
「ここに旧き神の力を借りる」
「(いざ、ここに紐解かれよ――――《旧神聖典》)」
瞬間、周囲の暗黒を切り裂いて、輝く聖なる光があふれ出した。
泥を、漆黒の泥を払いのけて、光に包まれる。
背に浮く五枚のプレートが、光の文字になって崩れていく。
そして、光の文字は両手の手甲の周囲を周り、手甲の中に取り込まれていく。
さらに、見えてはいないが光の文字が背に円形を描きながらに浮かんでいるのが解った。
その無数の文字は高速で回転し、五芒星を描く巨大な魔方陣を描く。
そして、今ここに……俺達が持ちうる最強の力――
『旧神聖典』が解き放たれた。
飛翔の力で大きく飛び、空中で停止する。
全身に漲り、感じるのは内に秘められし圧倒的な力。
コレなら……絶対に負ける気がしない。
(当たり前よ……この力で負けるって事はそれこそ後が無いってことなんだから――)
それもそうだな……で、開放できたのいいけどさ、どうやってあの泥を片付けるんだ?
(簡単よ、あの目立つ金色の円柱を壊せばいいだけだもの)
――何でそう言い切れるんだよ?
(それも簡単、《混沌》と同じ器にいるんだから互いに情報を知り合う事ぐらい出来るわよ)
――じゃあ《混沌》も旧神聖典が使えるんじゃ無いのか?
(あぁ、それは無いわよ。元々この力は契約者と聖具の同調が絶対必須だし。それに今の《混沌》に物事を考える力なんて無いわ)
……なんだよ、それ?
瞬間、再び泥がこちらに向かって伸びてくる。
だが、そんなものに何度もつかまるほど間抜けじゃないし、今は前よりさらに強くなっているのだ。
――掴る道理が何処にある。
瞬時に第四の結印を結び、旧神の紋章を展開して泥を跳ね返した。
(で、続きだけど。《混沌》が使ってる力はAhtu、這いうねる混沌って力みたいなんだけど……この力、どうも使ったら回りのモノ全部取り込まないと止まらないみたいなのよ)
周囲との強制同化って事か?
って、事は触れるとまた掴るんじゃないのか?
(その点は大丈夫、あるでしょ? それをどうにかできる力が?)
あぁ……そうか。確かに、触れたら同化してしまうなら触れずに倒せる力を使えばいい。
――剣よ。
そう念じた瞬間、右手の元に魔を断つ旧き神剣が顕現し、それを掴む。
魔を断つ剣を握り締めながら、地面を這いうねる混沌……その中心の金の円柱を見据える。
右手に収まる剣を振り上げ、力を込め、紡ぐ。
「誓いの想いを謳いて」
(祈りの聖句、貫き)
言葉を紡ぐ度に、力が剣に集まっていくのが解る。
「(我等は愛し供に往く)」
重なる声に乗せて、力が、高まった力が……巨大な光の刃を生成していく。
「(其は輝く刃――)」
そしてここに、真の意味で魔を断つ剣は『魔を断つ旧き神剣』となる。
「(――DemonBaneッ!)」
そして俺は神々しい輝きを放つその刃……旧き神剣で、金の円柱を両断した――
瞬間、大地が《混沌》と同化していた大地が、元の果てある荒野の姿に戻っていく。
右手に収まる魔を断つ神剣はその刀身に纏った光を散らしながら、本体である剣そのモノと同時に消えていった。
そして、その光景を見つめながらも、何故か俺の意識は急速に薄れ始めていく。
――どう……して?
(大丈夫よ《混沌》を翼が倒したおかげで、内面世界で争う必要がなくなったの。だから、翼はいつもの世界に戻るだけよ)
そっか……勝ったんだな、俺達。
(えぇ……だから今は、ゆっくりと休んで……翼――)
あぁ、そうさせてもらう――
そこで、意識は途絶えた。

<Interlude-堕天->
周囲は凍りつき、動く事が出来ない。
明確には、何とか脱出しようとすれば、出れなくも無い。
だが、こちらとて時間を稼げるに越した事はない。
内面の闘争において、這いうねる混沌を開放した以上、直にその力が、この器を侵食し、この世界に侵食するであろう。
そしてなにより、内面からとは言え、力を解放したのが、SSSクラスの我自身である以上、今ここに来ている守護者どもにはどうする事も出来ない筈なのだ。
だが、おかしい。這いうねる混沌の力を解放したと言うのに……何故、我は今だこのような形態でいるのか?
内面世界全てを呑み込めば、次はこの器を呑み込み、この世界を呑み込む筈であろうのに――
まぁ、使っている間自我は消えるのだが、結局能力の後に残る人格が我自身である以上、何も問題は――
一瞬、思考が止まり、先程の速さに戻る。
何が……起■った?
思考の速度が停滞し始め、所々にブランクが起こる。
内■ん世界において……核で■る《混沌》が消滅した……のか?
■鹿な……ありえ■い。
這い■ねる混と■の力ま■解放■て……何故■ょ■滅させ■れる?
■■な事な■、■ってたま■か……■とめん、■れ■み■■ん……
わ■■しょ■滅す■■どあって■■ら■。
内め■■か■におい■の■■が、SSS■領■■■■る我■、■■な■■で■■■■■な■あ■■■が■■。
強制的に思考に入るノイズ……否ブランクのせいで思考が、まともに出来ない。
■■■の■? ■れ■?
■■■、消■■■■■、■え■■■■、■■た■■■■■■ク■■■■■■ナ■■■■■■い――
そこで、全てが途絶えた――

――to be continued.

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