はじまりの恋
告白/14
藤堂の気配に思わず目をつむってしまった瞬間。雰囲気を打ち破るように、勢い良く部屋の戸がガラリと音を立てて開いた。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった」
その声に慌てて目を開くと、驚きの表情を浮かべる片平が戸口に立っていた。
「うわっ」
そして片平の存在を頭が認識すると同時、僕は目の前の藤堂を力いっぱい両手で押しやった。藤堂の表情が不機嫌そうに歪む。
お約束な展開で、ほっとしているのはもちろん僕だけのようだ。
「わざと?」
いかにも不機嫌ですと言わんばかりの、黒い負のオーラを発し始めた藤堂がジトリと片平を見る。
「違うわよ、不可抗力。こんな面白い展開だって知ってたら三十分くらいは後に来てたけど」
藤堂の様子を物ともせず、片平は相変わらずの調子で肩をすくめた。口を曲げた片平に対しふぅん、と小さく呟き藤堂はいまだ機嫌悪そうに髪をかき上げる。
「あずみだからなぁ」
「やぁね、今回は全面的にバックアップしてるじゃない」
「どうだか」
後ろ手に戸を閉めながらこちらへ歩み寄る片平と、元の椅子に腰かけなおす藤堂。二人のやり取りになぜか僕は首を傾げる。なんとなく感じる違和感。
「あずみの場合は面白がってるだけだろ」
「面白くなきゃ手伝ってあげないわよ。ね、先生」
じっと二人を見ているとふいに片平がこちらへ視線を投げる。そして僕を見て何故か一瞬だけ驚いたように目を丸くし、その後にこりと笑った。
「先生ってホントに鈍いのね。優哉、頑張んないとなかなか大変よ」
「うるさい、余計なお世話だ」
「まぁ、良いけどね。じゃぁ余計なお世話ついでにこれあげる」
至極楽しそうに片平は口元に手を当てて笑い、ブレザーのポケットから取り出したものを藤堂に手渡す。
「先生に持ってきたんだけど、優哉も嫌いじゃないでしょ、こういうの」
片平に手渡された二枚の細長い紙に視線を落とし、藤堂は不思議そうに首を傾げた。
「写真展?」
「あ、それ」
藤堂の手から一枚抜き取り、僕はそれをまじまじと見る。
「先生、もしかして好きなんですかその人」
「ん、あんまり個展とかやらないから、やるといつも観に行くんだ」
それは学生時代から好きだった写真家の個展招待券だった。最近はすっかりご無沙汰で全然チェックしていなかった。そういえば前に片平たちと部活の時間にこの話をした気がする。覚えていたのか。
ふと視線を持ち上げ片平を見ると、いつの間にか戸の隙間で手を振り部屋を出て行くところだった。
「おい、片平!」
「お邪魔さま。それ来週末で終わりだから二人でどうぞ」
そう言って片目をつむると、片平は満足げな表情で去っていった。
「相変わらず台風娘だなあいつは」
「ホントですね」
重いため息をつき閉まった戸を見つめれば、急に疲れが押し寄せてきた。藤堂もまたそれに同意するように小さく息を吐いた。
「藤堂はこういうの興味あるか?」
「結構好きですよ」
藤堂の前で招待券を振って見せると、少し首を傾げてから藤堂は優しく笑う。
「ふぅん、そうか」
「で、終わりですか? なんだか急に落ち込んでますけど、どうしたんですか」
なんとなくモヤモヤしたまま話していたら、ズバリとそれを藤堂に指摘されてなんだか更にヘコむ気がした。
なんだこれは、このちょっとムカムカとこみ上げてくる胸のむかつきと、苛々と神経に障るような感じ。
「藤堂」
「なんですか?」
「なんでもない」
「先生? ホントにどうしたんですか」
「……なんでもない」
やっぱりムカッとする。
何故か藤堂を見ていると苛々が募る。そしてますます顔が険しくなっていく僕に、藤堂は本気で戸惑い、困ったように眉を寄せていた。
不可解なこの胸のむかつきの意味に僕が気づくのはもう少し先。
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