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はじまりの恋
接近/1
 駅の改札ではひっきりなしに人が出入りを繰り返している。目の前で流れていくそんな人波を眺めながら、僕はふと空を見上げる。青空に白い雲は少なくまさに快晴。本当にいい天気だ。

「洗濯でもしてくれば良かったかなぁ」

 空を見上げたまま、ぼんやりそんなことを考えて少しヘコむ。寂しい独身男のよくある空しい独り言だ。でも、いまの落ち着かない感じを紛らわすには色々考えないといけないわけで、腕時計に視線を落とすと、現在の時刻は十時二十五分。その時間に大きくため息が漏れる。

「気が早過ぎるだろ自分」

 そうだ、待ち合わせの時間は十一時のはずだ。それなのに、改札前の花壇の淵に腰掛けて、既に三十分が過ぎようとしている。

「いや、家にいても落ち着かないから仕方ない」

 小さく自分に言い訳をしながら、僕は両手で顔を覆いうな垂れた。
 今日は先日、片平に招待券を貰った写真展に行く予定だ。もちろん、そんなことで落ち着きをなくしているわけではなく。これからやってくる人物にだ。なぜだかこの間からどうにもモヤモヤすることが多くて、少し一緒にいるのが居心地悪い。かといって、別に嫌というわけではないので、邪険にもできない。

「あぁ、どうしよう」

 心の声が思わず口からついて出る。

「なにがどうしようなんですか?」

「え?」

 不意に頭上から降る声に気がつけば、目の前に僕を覆う人影が立っていた。そして慌ててそれを見上げ僕は目を丸くした。

「あれ、藤堂?」

「早いですね。いつからここにいたんですか」

 見上げた先では、藤堂が首を傾げ少し困ったような表情で僕を見下ろしている。そんな藤堂の姿にこちらも思わず首を傾げてしまった。

「お前こそ早いな。まだ三十分前だぞ」

「俺は朝弱いんで、早めに行動しないと厳しいんです」

 そう言って少し恥ずかしそうに苦笑いをする藤堂を思わず凝視してしまう。
 
「藤堂、お前朝弱いのか? 意外だ。なんかこう朝からしゃきしゃき動いてるイメージだった」

 隙のなさそうな、普段の様子からはあまり想像のつかない、意外過ぎる藤堂の一面に驚いていると、藤堂は乾いた笑い声を上げる。

「俺は先生が思ってるほど完璧じゃないですよ。毎朝あずみと弥彦が起こしに来るんで、平日は寝坊しないですけど」

「ふ、ふぅん。そうかお前たちは家が近いんだったな」

 まただ、またざわりとする。この違和感のようなむずむずした感じがたまらなく嫌なのだ。こんな調子で今日一日、ずっと一緒にいられるだろうか。なにが原因なのかさっぱりわからないので、対処のしようがない。

「そんなことより、先生。スーツも素敵ですけど、私服も良いですね」

「は?」

 突然の言葉に、一瞬なにを言われているかわからなかったが、改めて藤堂を見上げその意味に合点いった。
 休日なのだから当たり前だが、藤堂はいつもの制服姿ではなく。デニムにTシャツ、それにジャケットを軽く羽織っただけのラフないでたち。背も高く男前な藤堂は、まるでどこかの雑誌から抜け出たかのようでとても目を引く。

 天は二物も三物も与えすぎだと思う。

 大体、僕もジャケットがシャツに変わったくらいで、似たような格好しているはずなのだが、どうにも差を感じる。これはやはり着ている中身の問題なのか。
 

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あきゅろす。
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