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はじまりの恋
決別/2
 ガラスの向こうを見る鳥羽の視線につられ首を動かしたと同時か、コツコツと向こう側からガラスが叩かれた。ひらひらと手を振り、ゆるりと口端を上げた人物に俺もまた驚きをあらわにした。

「お前ら最近、噂になってるぞ」

 俺たちのいる席に来るなりそう言って、遠慮もなく隣の椅子に置いていた俺の鞄を背もたれにかけ、座ると、峰岸は手にしていたカップの端に口をつけながらテーブルに肩肘をつく。相変わらずのマイペースさに、俺と鳥羽は一瞬だけ顔を見合わせた。

「会長と噂になるよりマシですわ」

「なんだそれ、俺じゃ嫌なのかよ」

 ムッとした峰岸に、ふいと顔をそらして鳥羽は笑った。

「お前、面倒くさいからな」

 まだ俺たちに上級生がいた頃。峰岸と噂が立った鳥羽が、何度となく上から難癖つけられていたのを見かけたことがある。いまでこそ鳥羽にそんなことを言える奴らはいないが、本人の容姿や性格と相似て、峰岸の周りは派手な連中が多い。言葉にされなくとも、結局のところこいつは相手にするには面倒くさい男なのだ。

「本当、面倒くさいですわ」

「うるせぇよ」

 冗談めかして俺に乗じた鳥羽に、峰岸はもの言いたげに目を細めた。

「大体こいつだって俺と変わんねぇだろうが」

「俺とお前じゃ全然違う」

「違わねぇ」

「ふたりとも、子供みたいなところは大して変わりませんわ」

 俺と峰岸のくだらない言い争いに、鳥羽は肩を揺らし笑みを深くしていた。それにしても峰岸一人増えただけで、途端に場の空気が賑やかになる。そしてどことなくこちらを振り返る視線が増えた。いつもながら目に見えてわかる華やかさがある男だ。

「なに、帰んのか」

 教科書とノートを片付け始めた鳥羽に、峰岸は眉間にしわを寄せた。

「会長がいると目立ちすぎて嫌ですわ」

「おい、それじゃぁ、マジで俺がスゲェ邪魔した悪もんみてぇだろが」

「正しく言うと、貴方たちが揃うと悪目立ちしすぎですの」

 不機嫌を隠さずに口を曲げた峰岸に、鳥羽は笑って肩をすくめた。

「俺は悪くない」

 一年の頃からよく周りに言われていたが、目立つの俺のせいではない。峰岸が目立ちすぎるから、俺まで巻き込まれるのだ。

「あ? 俺だけになすりつけんなっつーの。ってか、お前ら二人でも充分目立ってるんだよ」

 ますます不貞腐れたように口を尖らせた峰岸は、カップを両手で掴み両肘をつくと、中身をわざとらしく音を立てて啜る。デカイ図体に似合わぬ子どもじみた態度に、鳥羽は小さく声を上げて笑った。

「ふふっ、私はこれで失礼しますわ。会長は彼に用があったのでしょ」

 椅子に置いていた鞄を肩にかけ、空になったグラスを手にすると、鳥羽はさっさと席を立ち俺たちに背を向けた。
 鳥羽がいなくなりしばらく沈黙が続く。隣の峰岸はカップの端をくわえ、真っ直ぐ前を見たままこちらを振り向こうとしない。無言のまま動かない峰岸にため息をついて、俺は目の前のノートを閉じ、教科書に重ねた。

「相変わらずなにもしてないんだろう」

「めんどくせぇ」

「たまには勉強しろ」

 ぼそりと呟いて目を細めた峰岸の頭を、ため息混じりに教科書とノートで軽く叩き、背もたれにかけられた鞄に手を伸ばした。しかしその手は急に後ろへ倒された身体に遮られた。

「邪魔だ」

「お前に殴られる覚悟はしてたんだけどな」

「俺に殴られたいのか」

「んなわけあるかよ。そういう趣味ねぇし」

「じゃぁ、殴る理由もないだろ、どけ」

 納得いかないようなムッとした表情を尻目に、無理やり背中を押すと、峰岸は渋々という態でまたテーブルに肘をついた。

「ちゅーして」

「は? 絞めるぞ」

 鞄に教科書やノートをしまっていた俺の手を掴み、こちらを振り向いた峰岸に思わず片頬が引きつった。けれどあからさまな態度で眉間にしわを寄せた俺に、峰岸は吹き出すようにして笑った。

「そっちの方がお前らしい」

 いつまでも肩を震わせ笑っている峰岸の手を振りほどき、俺は深いため息をついた。
 本当は殴られる理由も殴る理由もはじめからわかっていた。あの時、あの瞬間、鳥羽が来なければ、俺は間違いなく峰岸を殴り飛ばしていただろう。でもいまこいつを殴るのは違う気がした。誰が悪かったとか考えるなら、やはり俺が悪かったのだろうと思う。

「馬鹿だな、お前は」

 なんでまた見込みのないところに転がっていくんだろうか。

「好きなんだろ」

 挑発するかのように俺を見据えて、決して彼を離さなかった。感情的になっていた一時のことかもしれないが、あれがこいつの根っこにある本音だったんだろう。

「お前に、それを聞かれるとは思わなかったわ」

 少し眉尻を下げて、小さく笑うと峰岸は肩をすくめた。

「……好き、だな。ってか好きになんだろ、あの人の傍にいたら」

 一瞬だけ言葉をためらいながらも、俺の視線に諦めを見せ、峰岸はため息と一緒に本音を吐き出した。そしてほんの少し左右に泳いだ目を伏せ、動揺を誤魔化すように前髪をかき上げた。

「けどもう、接点なくなったしなぁ」

「それだけで諦めるような男だったか、お前」

 確かに創立祭も終わって急速に二人の接点はなくなるだろう。それでも、誰だって諦めるタイミングがなければ、そう簡単に相手を忘れられるものではない。俺も人のことを言えない相当諦めの悪い男だ。

「そういや俺、まだお前に振られてもないんだけど」

「そんなに何度も振られたいのか」

 にやりと口端を上げて笑ったその顔に目を細めれば、ふっと視線をそらし首を傾げて考える素振りをする。

「いや、やめとくわ。お前とは良い思い出にしとく」

「は? 思い出にしなくていい。潔く振られろ」

「やだ、やっぱお前のことも好きだわ」

 腹を抱えて笑いだした峰岸の声に、周りの無遠慮な視線がこちらを振り返った。
 いつもの調子に戻ったこいつのせいで、どっと疲れが押し寄せた。退けない身体を押しのけカフェを出ると、沿線の違う峰岸を俺はさっさと巻いてしまおうと改札を抜けた。後ろをのらりくらりとついて来ていた峰岸は、そんな俺の行動に肩をすくめてひらひらと手を振った。
 

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あきゅろす。
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