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企画
うれしそうに微笑む姿が(土方夫婦)
それはただ、偶然店の前を通りかかったから、というさして深い理由の無い買いものだった。
女、子供ならだいたい甘けりゃ何でも喜ぶだろうと、パッと見ただけで決めた苺のショートケーキ。
それが入った小さな箱を「土産だ」と言って渡した時の名前は、まるでクリスマスにはしゃぐ子供のような喜びようだった。

「うわぁ…ケーキ!」

目を輝かせ、美味しそうです、嬉しいです、ありがとうございます、を何度も繰り返し、ケーキをまるで光り輝く宝石を見るかのように眺めてはこみ上げる喜びを噛み締めている。
そんな妻を微笑ましく思いながら、土方は着替えの為に居間を出た。
数分後、堅い隊服からくつろげる着流し姿となって戻ってくると、名前はまださっきと同じ体勢でケーキを眺めていて、土方は苦笑いを浮かべつつ名前の斜め前へと腰を下ろす。

「おい、食わねーのか?」
「あ!ごめんなさい、すぐお皿とフォークお持ちしますね」
「名前への土産を俺が食ってどーすんだよ」
「十四郎さんは食べないのですか?半分にしてご一緒に…」
「お前にっつって買ったんだ。俺はいらねぇ」

ケーキはひとつしか買ってない。
さして大きくは無い普通サイズのものだから名前一人でもじゅうぶん食べきれるだろう。
名前は慎重にケーキの箱を閉めると「先にお茶いれてきますね」と普段見ないようないそいそとした足取りで台所へと向かっていった。
そんなに甘いモンが好きだったのか、と、見合いで結婚してからはや数ヶ月、初めて知った妻の嗜好に土方は緩く弧を描く口で煙草を銜え火をつける。

パタパタとお盆を持った名前が早足で戻ってきた。
そのお盆の上には土方の湯のみに入ったお茶と、紅茶の入った薄い陶器のティーカップと、ケーキを食べる為のお皿とフォークがあった。
どうぞ、と土方の前に湯のみを差し出すと、名前も座って宝箱をそっと開くような仕草で、ゆっくりとケーキの箱を開ける。
そんな名前の様子を土方は黙って見守っていた。

「いただきます十四郎さん」
「はいよ」

土方に向かって真っ直ぐに笑うものだから、少し気恥ずかしくなりやや目を逸らし気味に応える。
ちいさな欠片をフォークに乗せ、口に入れる。
口の中で広がる甘さに幸せそうに目を伏せた瞬間、名前の瞳から一筋の涙が頬を流れた。
そんな名前の姿に、土方は煙草を灰皿でもみ消し、あふれ出る涙を指ですくってやる。

「…十四郎さん、すごくおいしいです」
「そうか」
「子供の頃、乳母が私の誕生日に、自分のお給料でケーキを買ってきてくれたことがあったんです…その時のケーキと同じくらいおいしい」

名前の実家、苗字家は裕福な家で名前はそこの箱入り娘だった。
大きな家。何の不自由の無い暮らし。
しかし名前の誕生日を祝ってくれるような両親では無かったらしい。

名前は世間一般では当たり前の物事を、テレビや本などを通して知識としては知っているが、実際に経験するのは初めて、ということが多々あった。
ほんの些細なことにも目を輝かせ、純粋に喜ぶ妻を見ると、可愛いと思うと同時に、今までの名前が生きてきた境遇に虫唾が走るような気持ちになった。
彼女は何の選択肢も与えられず、自由を知らぬまま徹底的な花嫁修業の後、政略結婚の道具にされたのだ。

大事な娘ならば、大事な娘を真選組の幹部などに嫁がせようなどと普通の親なら思わない。
名前は親の、苗字家の駒でしかなかったのだろう。

親から指図された全てを受け入れることでしか生きる道を知らなかった名前。
こんなケーキひとつで涙ぐむくらい辛く寂しい思いをしてきたに違いない。
これらは名前が語ったわけではない。
言葉の断片、暮らし始めた時の名前の様子から土方が推測したものだ。
土方は名前を強く抱きしめ、安心させるように優しく言葉を紡ぐ。

「こんなケーキくらい、これからいくらでも買ってきてやっから…泣くな」

艶やかな髪を撫でてやると「はい」という涙声が聞こえた。
しかしすぐに泣き止むことができず土方の胸を涙で湿らせる。

「幸せすぎて涙が止まりません…」
「鼻が詰まっちまってケーキの味がわかんなくなるぞ」
「っ、それは困りますね」

ぐいぐいと涙を土方の胸に擦り付けてから、名前はそっと顔を上げた。
目も鼻の先もほんのり赤く染まっていたけれど、もう涙は止まっている。
にこっと健気に笑う姿に名前の芯の強さを見た土方は、それに僅かに面食らった後、同じくらいの笑顔を名前に返した。

「口開けろ」

名前の手からフォークを奪い、ケーキをざっくり大きく削り取って名前の口元へ運ぶ。
あーん、と素直に口を開ける妻にケーキを押し込んだ。
名前の口には入りきらなかったクリームがはみだし唇の端に白い色が乗る。
むぐむぐと、今度は瞳を潤ませることもなく、名前は口にクリームが付いていることなど気付かないまま心底幸せそうにケーキを咀嚼していた。
そんな姿が可愛くて土方がふっと表情を崩すと、ハッと自分が夫に間の抜けた顔を見せていることに気付き名前は慌てて口元を拭おうとする。
土方はそんな名前の手を掴み、べろりとクリームを舌で舐めとった。



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もぐ子様リクエスト、土方夫婦で内容はお任せ、でした!
この夫婦は他の話と比べ甘さ3割増しでいつも書いているのですが、この話は4割増しくらいの勢いです!
こ…こんな感じでどうでしょうかもぐ子様。どきどき。
嬉しいリクエストをどうもありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします♪
いがぐり

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あきゅろす。
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