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企画
護りたい(長編銀さん)

「出るな……名前」

ドンドンドンドン。チャイムではなく、玄関の扉を直接叩く音。
その乱暴な音にかき消されまいと、銀さんは絞り出すようにして弱弱しい声を精一杯出す。
お布団の上に横たわっている銀さんの怪我は相当深い。
私が支えなければ起き上がれないくらい、深手を負っている。

「今ならまだ逃げられる。名前、その窓から外に出ろ」
「……私は銀さんと一緒にいるよ。そんな怪我してる銀さんを一人にはできない」
「俺のことなんざいいから早くしろ! 殺されてェのか!」

銀さんの怒鳴るようなその言葉に、私はできるだけ何てことないように笑ってふるふると首を振る。

「銀さんと離れる方がもっと嫌だよ」
「……名前……頼むから」

銀さんは重症を負っているというのに、身体を起こそうと腕に体重をかける。私はそれに手を貸すことは出来ない。
歯を食いしばり、眉根を寄せた銀さんは、苦しそうで辛そうで、悲しそうな顔をしていた。

「ぐ……っ……!」

包帯でぐるぐる巻きになった上半身を起こそうと、銀さんがもがく。
けれど震えるだけで力が入らないようだ。
トイレや、食事のときは私や神楽ちゃん、新八くんが支えているのだけれど、
今は「ごめんね」と銀さんの頬に口付けて私は一人立ち上がる。
銀さんの手が私を引きとめようと宙を掴んだ。
その手を握りたい。でも、ぐっと堪える。

「名前、無理だ。俺の為ってんならまず逃げろ。逃げてくれ」
「新八くん達が帰ってくるまでは、私にあなたを護らせて」

おこがましいことを言ってごめんなさい。
こんな無力な私に、何も出来ないことくらい、よくわかってる。

「そんなこと頼んだ覚えはねェ!」
「愛してるよ、銀さん」

ここのところ、あちこちで世間を騒がせている犯罪集団がいた。
京から流れてきたというその集団が、この町を支配しようと突然無差別攻撃を仕掛けてきたのはつい数日前のこと。

銀さんは真選組と組み、その攻撃に徹底的に対抗した。
かぶき町をも巻き込んで、数日間、外にも出られないくらいの激しい戦いになった。
みんな怪我をした。けれどみんなは負けなかった。銀さんの背中に、皆が希望を見たからだ。
みんなの想い、団結した力はどんな強敵にも負けないものとなる。
あまりの強さに不死身だとも噂されていた犯罪集団の頭を昨日、銀さんが、相打ち寸前で倒してくれた。
銀さんは大怪我をしてしまったけれど、生きて戻ってきてくれた。
けれど頭の手下があちこちへ逃げたらしく、神楽ちゃんも新八くんも、
今動けるかぶき町の住人と真選組も、朝から休むことなく総出でその残党達を探している。

「名前! 行くんじゃねェ! 行くな………!」

その残党の内の一人が今、おそらく玄関の前に立っている。
わかるのだ。静かに立っているのに、おそろしい殺気が空気のようにこの場所までひんやり流れてきてる。
銀さんの足取りを追って万事屋までたどり着き、頭の敵を取とうと思っているに違いない。
怪我の深さも知っているのか、玄関の戸を強引に破ったりせず、
まるで殺すまでの時間を楽しむかのように、恐怖を与えるだけ与えてなぶり殺しにしてやとろうと考えているのか、
ドンドンドンと、一定の間隔で玄関を叩き続けていた。

「はーい」

私は平静を装い、声を震わせないよう慎重にのんきな声を出す。
ごめんね。ごめんなさい銀さん。
私はあなたを護る力なんてない。身体を支えることしかできないのだ、つれて逃げるなんてとてもできない。
できることは、せいぜい数分間の時間を稼ぐことくらいだ。
銀さんは私が生きることを望んでる。逃げろと叫んでる。
けれど、私が逃げたらすぐ銀さんが殺されてしまう。あの怪我だ。起き上がることさえできないくらいだから、戦うことなんて絶対に無理だろう。

私はね、銀さん。自分だけ逃げるなんてできないよ。
銀さんのいない世界を生きるなんて考えられない。
あなたも私もみんなも、一緒じゃなきゃいやなの。我儘だよね。
だから、少しの望みにかけたい。
もう少ししたら皆が帰ってきてくれるかもしれない。
この騒ぎに気づいた誰かが、助けにきてくれるかもしれない。
それまで、できるだけ長く私が銀さんを護るの。

一度だけ銀さんを見た。銀さんの悲痛な眼差しに、瞳が潤む。
どれだけ銀さんを苦しめることになるかなんてわかってる。
もし、私の傍から銀さんがいなくなったら、想像だけでも相当に、言葉でなんて言い表せないほど辛いのに、
きっと銀さんだってそうなのに、私はそれをわかってて、勝てもしない相手に立ち向かおうとしてるのだ。

「頼む……逃げてくれ……名前」

必死に身体を起こそうとする銀さんに、強がりでもない、諦めでもない、
私の心からの銀さんへの気持ちをこめて、笑った。

大好きだよ。私は、幸せものだよ銀さん。

これが最後かもしれないという気持ちも、これからのことに怯える気持ちも無かった。
ただ銀さんを愛してる、そう思ったら浮かんできたものだった。
私の笑顔に銀さんが目を見開くのを見てから、私は振り返らず和室を出て、玄関の廊下に出る。
手を伸ばし、そっと台所からフライパンを手に取った。
これで一昨日の晩、焼きそばを焼いてみんなで食べたっけ。
その時は銀さんも元気で、ちゃちゃっと片付けてくらァ、なんて笑ってたんだよね。
けれど昨日、新八くんと神楽ちゃんに支えられて戻ってきた銀さんは、今までにないくらい全身ずたずただった。
急いでお医者さんを呼び怪我を診てもらって、
骨に異常は無く切り傷と打撲だけだから入院するまでもないが、絶対安静にすること、そう言われて心からほっとしたのに。
残党が、ここにまでくるだなんて。

……私が頑張らないと。

「奥さん? ここあけてくれませんか」
「ごめんなさい。手が離せないんです」

フライパンを握る手に、更に力を入れる。

「ご主人に用があるんでね」
「主人は留守なんです。ここで私がお聞きして主人に伝えておきますよ」
「いるんだろ、わかってんだよ」
「そうなんですか。それで御用は?」
「いいから開けろ! 蹴破られてェか!」
「帰って下さい」

バリン、と玄関が壊されガラスが床に散る。
玄関に穴を開けた足、その靴は血と泥で汚れていた。
どくんどくんと心臓が大きな音を立てる。銀さん、銀さんだけは……!
血に濡れた刀を手に、気持ち悪い笑みを浮かべた男が入り込んでくる。
絶対に通さない。だって、ここはみんなの万事屋なんだから。

「へええ、フライパンなんか持ってどうした。料理でもすんのかい」
「ええ!」

腕を大きく使って、フライパンを野球のバットのように右から左へ、左から右へと振る。
しかし、フライパンは何度振っても相手にさっと避けられてしまう。
どうしよう、すぐにもう一度攻撃したかったけれど、勢いが止まらずすぐに構えることができない。
男が一歩踏み出してくる。その動きが妙にゆっくりとして見えた。
命の危険にさらされているせいなのかもしれない。
その時、やみくもに振り回したフライパンが靴箱の上の花瓶に当たった。
それは空中で粉々に砕け、玄関の扉の、無事な部分で小さな破片が跳ね返る。
陶器の欠片と水滴が、偶然にも丁度男の顔の位置に飛び散った。

「っっっっ!?」

こんなのろまな私にもわかる。今がチャンスだ!
私はフライパンを頭上へ持ち上げ、目に陶器の欠片が入ってないかうろたえている男の脳天へ、
思いっきり全力で、力の限り体重をかけて振り下ろす。
ごうん、と大きな鐘のような音と共に、白目を剥いた男は玄関の床にどさりと倒れていった。
どくんどくんと血液の流れる鼓動が頭に響く。手がじんじんと痺れていた。
フライパンが床に落ちてごんと音が鳴る。

「や……やったあ!」
「……っは、やんじゃねェか………名前」

その声に驚いて振り向くと、銀さんが木刀を杖代わりにして、よろけながらこちらへくる。
だめだよ銀さん、そんなに無理をして動かないで…!
包帯に、せっかく止まったばかりの血が滲んでいた。
銀さんが相当無理をして身体を動かしてきたのが、じわじわ包帯に滲む赤い色でわかる。

「銀さん、動いちゃ駄目なのに……!」

思わず銀さんに駆け寄り、その身体を抱きしめる。
銀さんが私の肩を抱き、息を呑む気配にハッと振り返る。

「このアマ……!」
「っ!?」

気絶した筈なのに、男が起き上がってゆらりと刀を構え、今まさにそれを振り下ろそうとしていた。
銀さんだけは、と、この身が少しでも盾になるように背中を向けて銀さんの身体に抱きつく。
すると、銀さんの冷静な言葉が耳に響いた。

「……こっから二人きりの甘いシーンに突入すんだよ。関係ねェザコは大人しく床に沈んでな」

そう言って、銀さんは杖にしていた木刀を、私がさっきフライパンを当てた部分に向かって振り下ろす。
一瞬銀さんの腕に筋肉が盛り上がったのが見えた。
力がいつものように入らなくても、この至近距離だ、
この男を倒すのに、いっときだけぐっと力を込めれば十分だったのだろう。
今度こそ完全に昏倒したらしく、口から泡を吹いて男は倒れた。
銀さんが、ふうと長く息を吐き、もう立ってらんねェ、と言ってどさりと床に腰を下ろす。
私はたまらず、膝から崩れ落ちるように銀さんに抱きついた。

「銀さん、よかった……よかった……っう……っく」
「名前、顔上げろ」

静かな声に、涙を拭いながら銀さんの胸の中から顔をあげる。
銀さんの真剣で、厳しい眼差しに息を止めた。

「……銀さん、ごめんなさい。私……勝手に……」
「ったく、言いてェこたァ山ほどあるけどよ……ま、とりあえずこれで許してやるよ」

ゴツン、と銀さんの額が私の額にぶつかった。
それはデコピンされるより痛くないくらいの頭突きだったけど、再び涙が零れるくらい、額から心にまでひどく重く響く。
一気に安堵に襲われ細かく震えだした私の唇に、銀さんはくすりと深く優しい微笑みを浮かべ、ゆっくりとキスをしてくれた。
そしてすぐさま、怪我人とは思えないくらいの強さで抱きしめられる。

「名前が無事でよかった」

包帯から血が滲み続ける銀さんの胸の中で小さく頷く。
銀さんも、と涙声で言うと、抱きしめる力がますます強くなった。



□長編銀さんで、銀さんが紅桜の時並の怪我をして帰ってきて、布団の上から動けない状態になってしまっているところに、
 攘夷志士程強くないけどなんか悪い奴が襲ってきて、ヒロインが銀さんを守ろうとフライパンで全員倒しちゃう
 (ヒロインはただやみくもに振り回しているだけの運のいい人だった)

サクラ様リクエストで書かせていただきました!
ここまで動けない銀さんを書くのははじめてなので、とても楽しかったです!
素敵なリクエスト、どうもありがとうございました♪

2015/12/01
いがぐり

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