silent child
8
*****
次のレッスン日がやってきた。
僕のポケットにはケイ先生の白いピック。
――今日こそは絶対言うんだ!
ポケットに突っ込んだ右手で、ぎゅっとソレを握り締めながら、僕は強く決心する。
気合を入れて、お店のドアを潜る。
今日はなぜだか、「いらっしゃいませ!」という元気なテツさんの声や、店員さんの声が聞こえてこない。
僕は不思議に思いながらも、お店の奥に進んだ。
レッスン室を覗いてみれば――、真っ暗だった。
そこまで来て、僕は漸く何かが起こっていることを悟った。
店内まで戻り、カウンターに行けば、店員さんが居た。僕の背中に担がれているギターケースを見て、店員さんの眉は八の字を描く。
(何……?)
僕にはちっとも意味が分からない。
「ケンタ……。」
僕の背中から、テツさんの声が聞こえた。なぜかいつもより、元気がない。
テツさんの眉もやっぱり八の字を描いていた。
「ケンタ、何でここに居るんだ?」
(何でって何で?レッスンだからだよ?)
僕にはやっぱり意味が分からない。
テツさんは、カウンターに立つ店員さんに顔を向ける。
「まさか……、ケンタに、連絡してないのか?」
「彼、新しく入ったばかりで、まだ名簿に載っていなかったみたいで……。」
(連絡って……何?)
気まずい空気が流れる。店内に流れる有線の明るい曲が、アンマッチに思えた。
テツさんはそっと僕の両肩を掴む。眉を八の字にしたまま。
「いいか……、ケンタ、落ち着いて聞け。」
テツさんは一拍置いて、顔をくしゃりと歪めながらこう言った。
「ケイ先生は……、亡くなったんだ。」
(何……? 亡くなるって……何?)
僕にはまだ理解出来なかった。
「信じられないかもしれないけど……。
亡くなったんだ。まだ若いのに……、脳梗塞を起こして……。夜眠ったまま……、そのまま……、起きなかったんだ……。」
(嘘だ! 嘘! 嘘!)
「もっと……、ギター弾きたかっただろうに……。もっと……、生きたかっただろうに……。」
(何で……? 何で……っ?)
「明日の夕方……、お葬式だから……。ケンタも……、行ってやって……?」
(遅かった……っ。遅すぎた……っ)
僕は……、悟った。
ケイ先生にはもう――、あの5文字を……、一生……、伝えることは……、出来ないんだって……。
僕はお店を出て、自転車に跨った。
今までで、一番のスピードを出して、自転車を漕ぎまくる。
ブーブーと車が通るここで……、僕の顔が見えないこのスピードで……。
「ありがとうっ。」
泣きながら、何度も呟いた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!