silent child 8 次のレッスン日がやってきた。 僕のポケットにはケイ先生の白いピック。 ――今日こそは絶対言うんだ! ポケットに突っ込んだ右手で、ぎゅっとソレを握り締めながら、僕は強く決心する。 気合を入れて、お店のドアを潜る。 今日はなぜだか、「いらっしゃいませ!」という元気なテツさんの声や、店員さんの声が聞こえてこない。 僕は不思議に思いながらも、お店の奥に進んだ。 レッスン室を覗いてみれば――、真っ暗だった。 そこまで来て、僕は漸く何かが起こっていることを悟った。 店内まで戻り、カウンターに行けば、店員さんが居た。僕の背中に担がれているギターケースを見て、店員さんの眉は八の字を描く。 (何……?) 僕にはちっとも意味が分からない。 「ケンタ……。」 僕の背中から、テツさんの声が聞こえた。なぜかいつもより、元気がない。 テツさんの眉もやっぱり八の字を描いていた。 「ケンタ、何でここに居るんだ?」 (何でって何で?レッスンだからだよ?) 僕にはやっぱり意味が分からない。 テツさんは、カウンターに立つ店員さんに顔を向ける。 「まさか……、ケンタに、連絡してないのか?」 「彼、新しく入ったばかりで、まだ名簿に載っていなかったみたいで……。」 (連絡って……何?) 気まずい空気が流れる。店内に流れる有線の明るい曲が、アンマッチに思えた。 テツさんはそっと僕の両肩を掴む。眉を八の字にしたまま。 「いいか……、ケンタ、落ち着いて聞け。」 テツさんは一拍置いて、顔をくしゃりと歪めながらこう言った。 「ケイ先生は……、亡くなったんだ。」 (何……? 亡くなるって……何?) 僕にはまだ理解出来なかった。 「信じられないかもしれないけど……。 亡くなったんだ。まだ若いのに……、脳梗塞を起こして……。夜眠ったまま……、そのまま……、起きなかったんだ……。」 (嘘だ! 嘘! 嘘!) 「もっと……、ギター弾きたかっただろうに……。もっと……、生きたかっただろうに……。」 (何で……? 何で……っ?) 「明日の夕方……、お葬式だから……。ケンタも……、行ってやって……?」 (遅かった……っ。遅すぎた……っ) 僕は……、悟った。 ケイ先生にはもう――、あの5文字を……、一生……、伝えることは……、出来ないんだって……。 僕はお店を出て、自転車に跨った。 今までで、一番のスピードを出して、自転車を漕ぎまくる。 ブーブーと車が通るここで……、僕の顔が見えないこのスピードで……。 「ありがとうっ。」 泣きながら、何度も呟いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |