予測不能な未来 29 そして、そのまま彼の横をすり抜けていく。天華の色気にあてられ、恍惚とした彼を置き去りにして……。 彼にしてみれば堪らない。 残された仄かな甘い香りに、生じてしまった浮かされる程の熱を、持て余しているのだから。 天華はよく、気ままな蝶のように振舞ってみせる。 人を魅了しておいて、簡単には捕らえさせてくれないのだ。しかし、たとえ何度ひらりとかわされても、その魅力ゆえに追いかけるのを止められない。 「はは、ヤバイな……ハマりすぎて、抜け出せなくなりそうだ」 後ろで呟く声が聞こえたが、天華はあえて振り返らなかった。そして止まることなく、勝手知ったる様子で部屋の奥へ進んでいく。 色情的な空気が払拭されほっと息を吐いた天華を、背を眺めているだけの彼は知らないだろう。 直ぐに追いついたバーナードは天華にソファーを勧めた後、茶を淹れるためにキッチンへと向かった。 残された天華は一人、ソファに座り、室内を観察していた。 大人びたシックな内装。 けして派手ではないが、家具一つ一つに存在感があり、凝ったデザインが施されている。 おそらく高級品ばかりだと思われる部屋に、初めのうちは居心地悪さを感じていたものの、最近では全く気にしないようになっていた。 それ程入り浸っているという事実に、天華は眩暈を感じていた。 (これでは、深入りしすぎだ) ――もっと上手く立ち回らなければ、泥沼にはまる。 天華は、気を入れ直すために膝をぎゅっと握った。 「待たせたな」 芳しい匂いと共に、彼が戻ってきた。 目の前のローテーブルに置かれたのは、この部屋にはアンマッチな中国茶器である。 茶盆を置き、どかりと横に腰掛けたバーナードは、足を組んで背もたれに寄りかかった。 「緑茶で良かったか?」 「あぁ、有難う」 熱い茶にゆっくりと口をつければ、コクのあるすっきりとした味わいが広がる。馴染みの味に、頭がすっきりとしていくのを感じた。 ここ――教優地の主流は、ミネラルウォーターと紅茶である。そんな環境の中、馴染んだ飲料を口に出来ることは非常に有り難い。 天華のためだけに、中国茶と茶器を取り寄せ、淹れ方まで独学でマスターしてしまったバーナード。そんな彼の、性格とは真逆の健気とも取れる部分を知ってしまえば、情をわかさずにはいられなかった。 「美味しいよ」 「そうか」 さり気無く口元に手をあて少し横を向いた彼は、きっと照れているのだろう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |