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flood of remembrance

ゆっくりと目を開けると、そこは以前のような静けさをすっかり取り戻していた部屋の中


異世界からやってきた、(少しばかり理不尽だけれど)優しさに溢れた人々と共に過ごしたあの日々
それがまるで夢だったかのように、ただ私一人だけが沈黙を保ったままの部屋にたたずんでいる


“みんな、もうどこにもいない”


その事実がひどく苦しくて、気が付くと私は部屋を飛び出していた




flood of remembrance




3人との出会いは突然だった

バイトからの帰り道
いつのまにか辿り着いた浜辺で、(巨大な貝と)異国の衣裳をまとった油田王風の男の人と空にふわふわと浮かぶ球体を見たときの衝撃は今でも鮮明に覚えている

リィーディとノル
今思えば2人に出会ったその瞬間から全てが始まった


契約、花嫁、マリコ2002、シェルオーラ……
どれもにわかには信じがたい話だったけれど、それは全て真実で
私は自分にかけられた契約を解くために、オーラを集めて非現実的な日常を幾度となく過ごした

そして、そんな日々の中、空から私の上に降ってきたのがリィーディの許婚であるルカ
最初のうちは全然話もしてくれなくて、打ち解けるまでは時間を要したたけれど、今ではもう私の大切な親友の一人なのだと、胸を張って答えられる




ほんの少しの時間だった


だけど3人と過ごしたあの日々は、確かに私へとたくさん大切なものを教え、残してくれた

毎日が賑やかで楽しくて
あの頃の私の周りにはいつだってたくさんの笑顔が溢れていたんだ



**


「はぁ…」


小さく洩れたため息
まるで重荷のように胸の奥へと降り積もってゆく煩わしさに、思わずため息がまた零れ落ちる



「(とりあえず、もう少し歩こうかな)」



勢いで飛び出してはみたものの、よくよく考えれば特にこれといって行き先があるわけでもない

何を目指す訳でも誰に会うためでもなく、足を踏み込んでゆくのは明さがありそして人気の多い賑やかな所


いつもなら苦手な人込みに紛れるように入り込んでは、一心に、ひたすらに、目的もなくただ私は歩き続ける
(そうしないと、あの日々のコトを思い出して悲しみに押し潰されてしまいそうだった)


もちろん、いつまでもこのままじゃいけないのはわかっている
みんなに心配なんてかけられないし、それに、1週間もたった今でもまだズルズルと哀しみを引きずっているだなんて、そんなのやっぱり馬鹿げている

そもそも一人暮らしを決めたのだって、誰にも迷惑をかけることなく強くなりたいと思ったから
今だってその気持ちは変わらないし、きっと、この先もその想いは変わらないだろう



それなのに、




「あ……」



いつかのリーディたちと一緒に見たDrデコポンの映画の宣伝ポスター
いつも鞄に隠したノルと一緒に買い物をした商店街の町並み
学校帰りにルカと2人で立ち寄った駅前のクレープ屋

視界に入るもの、どれもこれもに宿る3人のいた風景
歩けば歩くほどに、とめどなく溢れては零れ落ちる記憶の欠片
振り切ろうと拒否を示す思考に反して、想い出がゆっくり、そしてひとつひとつ私の中を満たしてゆく




(やめて、)



さっきまで優しかった賑やかな世界が、急に一人なのだという現実に一転
すれ違う笑い声も、降り注ぐ日差しも、その全てが私を追いやっていく



(いや、何も思い出したくなんてない)



いっそのことただ飾りのように綺麗なまま胸の奥へとしまっておけるような思い出ならよかったのに
そうしたら思い出が苦しいものだなんて知らずにすんだし、知る由もなかったんだ

歪む視界、目頭が熱い
足早になる歩調に合わせるかのように、気持ちもまた段々と急いてゆく


(鳴呼、こんなにも苦しいならいっそのこと思い出なんて…)






「依藤さん!!」



グラリ、傾く身体

聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、ふいに、腕ごと全て後ろへと引き込まれる

突然のことに慌てて意識を取り戻した私へと次に降り掛かったのは、怒気を含んだ男の人の声で



「どうしてあんなこと、危ないだろ?!」

「乃凪先輩……?」




どうして今、目の前に乃凪先輩がいて更には怒っているのかのか
状況がいまいち理解できずふと辺りを見渡してみればすぐ傍を走りゆくのは何台もの車
向かいの歩道にある歩行者用に設置されている信号も赤色、しっかりと止まれのマークを示している

もし、あのまま赤信号に変わったことに気付かずに進んでいれば、きっと私は今頃病院ゆきの車の中だったろう
一瞬、宙を舞う自らの姿を想像してヒヤリ、嫌な汗が背中を伝った




「……すいません、でした」

「あ、いや、俺の方こそいきなり怒鳴ったりしてごめん」




捕まれたままだった手が解放される
とにかく依藤さんが無事ならよかった、そう言って乃凪先輩が安堵のため息と共に頬笑んだその姿に、声色にきゅっと胸の奥が締めつけられる



(また、だ)


強くなるのだと志した矢先に迷惑を掛けてしまった自分がもう情けないやら悲しいやら、
何だかよくわからないままついには涙一粒までもが頬を伝いだす始末だ(急いで拭った為に見られることはなかったけれど)

このままここに居ても更に乃凪先輩への迷惑を増やすだけだと、頭の中、警鐘が鳴り響く
(出来るだけ素早く自然にこの場から逃げ出そう)


顔には笑みを貼りつけて、声色もやや明るさを意識したならば準備は万端
助けてくださって有難うございますさようなら、と詰まる事無く言葉を紡いで会釈をした後そのまま人波に乗ってこの場を去る
隙を与えない我ながらぬかりない完璧な作戦だと、


そう思っていたのに




「……行こう、依藤さん」

「えっ、やっ、乃凪先輩…?!」




有難うございますの“あ”の字を告げるまもなく、急に私の腕を引いて歩きだす
先輩らしからぬ強引な行動に戸惑いを隠せないまま
手の引かれるままに再び人込みの中を掻き分けて歩くこととなった





***



「はい、到着」



いったいどれくらいの時間歩いただろうか
無言のまま私の手を引き続けていた乃凪先輩の足取りが急に立ち止まる

ひたすら付いて歩くだけだった私も共に立ち止まり辺りをグルリと見渡せば、ふと、鼻をくすぐったのは磯の香り
すぐ傍で一定のリズムを保ったまま寄せてはまた返る緩やかな碧

久しぶりに見る海は、以前に足を運んだときと変わらぬままの姿で、静かに私を迎え入れた

髪を撫で上げた海辺から吹き上げる心地の良い風に一瞬ほだされそうになりながらも、もやもやとした疑問符は今だに心の中に浮かんだままな訳で




「どうして、」

「ん?」

「先輩、どうしていきなりここへ私を連れてきたんですか?」

「え、あ、いや、それは…」

「それに、制服着てるってことは風紀の活動があるんじゃないんですか?」

「あー…、うん。まぁ…」

「大変じゃないですか!先輩、早く行かないと…」

「依藤さん、」




ふわり、頬に優しく手を添えられる
唐突に与えられたぬくもりの意味がわからず、ただただ身体が熱を帯びてゆくばかりで

戸惑いに揺れる瞳
ゆっくりと見上げれば、目の前にある真剣な眼差しとカチリと視線が重なり合った




「あの、せんぱい…?」

「“淋しい”」

「え…?」

「そう思ったらなら、いつだって素直に言っていいから」

「なに、を…」

「黄朽葉たち、国に帰ったんだろ」

「っ!!」




ほんの一言だった
それなのにまるで蛇口を捻ったかのように封じ込めようとしていた想いが、一気に全身へと駆け巡る



口にして認めるのが怖かった
認めてしまえば、今の全てを失うような気がして、今までずっと気持ちに蓋をしてきた(それが絆を守る唯一の方法だと、そう思っていたんだ)




「……先輩、私、リーディもルカもノルも、みんな大好きだったんです」

「あぁ」

「だから心配かけたくなくて、ずっと笑おうって、そう決めたんです」

「あぁ」

「淋しいだなんて言って、皆を困らせたくな…かっ、た…から」

「もう、一人で無理なんてしなくてもいい。俺はいつだってここにいるから」

「せん…ぱ…っ」





優しい言葉が引き金となり想いが雫となって頬を伝う

今まで言葉に出来ずに溜め込んできた感情が一気に外へと流れ出てゆくよう
堪え切れず目の前のカッターシャツに縋りつく


その間、何を言うわけでもなく、ただ静かに背中を擦ってくれた温かい手のひら

そのぬくもりがひどく優しくて、切なくて、私はただ夢中になって小さな子供のようにひたすら泣き続けたのだった




(もう思い出を見失ったりなんてしない)

(いつだって私は一人なんかじゃなかったんだ)


END

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