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君が為、
「ねぇ、」
「何だよ、恋」
「理由、どうしても教えてくれないの?」
「だから、そんなもの別にねーって言ってるだろ」
「……雅哉の強情っぱり!」
「っ?!ばか、お前もっと優しくしろよ…!」
荒々しくガーゼをあてがわれた口の端が悲鳴をあげる
染みてゆく消毒液と凄い形相で俺を睨み付ける瞳と、
俺にはその両方がどうしようもなくむず痒く思えてならなかった
何を言うでもなく、ただ黙々と続けられる傷への手当て
目に見えてわかる、恋の俺に対する不満と怒りにひたすらに責め立てられる
(そんなにも腹が立つならば俺なんて放っておけばいいのに、)
心の中で付く悪態とは裏腹、結局、先程からの俺もまた何を言うでもなくただひたすらに黙りを決め込んだままで
もちろんこれ以上話をややこしいことにしたくなかったのもあったが、それ以上にせっかくのこの距離を崩すのは何だかもったいないような気がして、何も言わなかったんだ(否、言えなかったのかもしれない)
「(睫毛なげーな……)」
普段からは考えられないほど近くにあるの俺と恋、2人の距離
伏せられたアメジスト色の瞳が綺麗だとか、心配そうに揺れる描く睫毛が長いだとか、さらさらと流れる髪は予想以上に柔らかそうだとか
いつもとは違う恋の一面
小さな発見にぼんやりと見とれていると、ふいに、伏せられたいたはずの瞳とカチリと視線が重なった
「恋…?」
「理由は私のことなんでしょう」
「何言ってんだよ、そんなわけ…」
「嘘言わないで。あんたが理由なく喧嘩なんて、そんなのありえないことぐらい知ってるんだから」
最後の仕上げと言わんばかりに勢い良くペシッと絆創膏を頬にはられる
痛いと抗議しようとしたその刹那、ふわり、優しい香りと細っこい腕が俺の身体を包み込んだ
「い、いきなりどうしたんだよ…?」
「……ごめんね、雅哉」
背中の後ろで震えている両手
普段の強気な態度からは想像できないほどの弱々しい声
泣いているのだろうか
目の前で小さく肩を揺らすこの少女がこのまま消えてしまいそうな気がして、急に失う恐怖が胸いっぱいに押し寄せる
(らしくない顔するなよ、恋)
確かに俺は最初、共学なんて、と否定的な意見を持っていた
そして学園が共学への道を歩みはじめている今でもまだ学園内にはあの頃の俺と同じ考えを持つヤツが何人もいることは事実で、それを完全に否定するこてなんて俺にはできない
だけど、恋と2人くだらないことで言い合いをして、それでも並んで笑いあう日々の中で得た心地の良い時間
それを失うだなんて俺には考えられないし、またそんなことは考えたくもない
(もう泣くな)
恋には少し強気なぐらいがちょうどいいんだよ、
心の中でそう呟くけれどアメジストから溢れるのは涙の粒ばかり
募りゆく焦燥感と苛立ちを振り払いたくて、気が付けば俺の腕は恋の身体を力一杯引き寄せていた
「っ、雅哉…?」
「お前はもっと胸張ってていいんだよ」
「でも、」
「何があっても俺が守るから。もう誰にもお前のこと悪くは言わせねぇ」
「……やっぱり喧嘩の理由は私なんじゃない」
「あ。」
(言うつもりはなかったのに)
自ら口を割るだなんて、我ながら情けない
何だかバツが悪くなって無言のまま華奢な肩に頭を預けてうなだれる
あぁ次は何て言おうかと必死で言葉を考えている俺の腕の中、
さっきまでの弱々しさなど微塵も感じられないほどに、恋が楽しげに声をたてて笑った
「……何笑ってんだよ」
「いや、雅哉って意外に可愛いとこあるなと思って」
「はぁ、可愛い…?!」
何だよそれ、誉めてるのかそれとも貶してるのかどっちなんだよ
少なくとも男に対して可愛いは誉めにはならないぞ、と一喝入れてやろうかと口を開きかける
しかし、俺の決意はいつものように笑う恋の顔を見るや否や、すぐにもガラガラと音をたてて崩れ落ちてしまった(怒るのがなんだか馬鹿らしく思えたんだよ)
「ねぇ、雅哉」
「何だよ、恋」
「ありがとう、ね」
「ばぁか、俺が好きで守ってるだけだよ」
「……馬鹿はどっちよ」
「っ、おい、痛いだろ!?」
不意打ちにつつかれた傷口が再びひりひりと痛みだす
もう許さねぇ今度こそ怒ってやる!と意気込んだ俺の言葉がまたもや打ち消されることになろうとは、今この時の俺は知る由もなかった
君が為、
(頬に感じた一瞬のぬくもり)
(ほだされると共に守りたい想いがいっそう胸を支配したんだ)
END
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